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06:虚栄の王都

 時は過ぎて、私がラトナラジュ王国の召喚要請に応じてかの国へと出発した。

 イリディアム陛下の名代としてベリアス殿下、その護衛にラッセル様を始めとした数名。その人たちと一緒に国境を越えてラトナラジュ王国への入国を果たす。


 こうしてグランアゲート王国の外に出るのは初めてだ。グランアゲート王国の景色は実り豊かな自然が多く、前世のように四季の変化を楽しむことが出来る。

 そんなグランアゲート王国を見慣れていたからなのか、足を踏み入れたラトナラジュ王国の景色は思わず酷いと思ってしまった。


 荒れ地がどこまでも広がり、風が強い時には砂埃が舞う。立ち寄った街の建物は薄汚れたものばかりで活気が薄い。

 しかもラトナラジュ王国の中心に行くにつれて貧富の差が顕著になっていく。どうやら王都から離れれば離れる程、貧しくなっているようだった。


 土地は痩せ、富は権力者に集中し、民の生活には還元されていない。その光景を目の当たりにして私の機嫌は次第に悪化していった。

 それはベリアス殿下も同じだったのか、お互いの不機嫌さを感じ取って苦笑を浮かべ合うようになってしまったのは複雑な心境だった。


「まさか、ここまで酷いとはな」

「まったくです……」


 そして、ようやく辿り着いたラトナラジュの王都、アズィーム。

 最初に辺境の貧しい村落を見てきたからなのか、余計に目立つ華々しい都。人の活気に満ちていて、他の国から商品を運んできた商人たちが商品を売り込もうと声を上げている。

 他に目を引いたといえば男女の距離だ。多くの人が男女で一緒に歩いていることが多く、腕や身体を密着させているのをよく見かけた。


 更に言うのであれば、露出の多い女性が男性に声をかけて近くの店や路地裏に消えていく姿も見かけてしまった。

 なんというか、グランアゲート王国と比べると随分自由な気風だと感じてしまう。ただ、それは華やかな都だからこその姿だとも思えてしまう。


「……なんというか、まさに異国って感じ」

「否定はしない。……俺には居心地が悪い国だ」

「居心地が悪い?」

「欲に目をギラつかせた女は好かん」

「あぁ、そういう……」


 ベリアス殿下とそんな感想を言い合っていると、ラトナラジュ王国の王城へと辿り着いた。

 一言で言うなら絢爛豪華すぎて悪趣味。金や宝石などで過剰に飾られた城は目が眩んでしまいそうだった。

 成金過ぎてどうにも私とは趣味が合いそうにない。ベリアス殿下も眉を顰めていた。ラッセル様や護衛の皆さんは不動の表情だけど、逆に不動だからこそ内心を勝手に想像してしまう。


「……この城の宝石や金を剥がすだけで、貧しさに餓える民に施しを与えられるのではないか?」

「ベリアス殿下」


 小声で呟きながら舌打ちするベリアス殿下をラッセル様が咎めるように名前を呼ぶ。

 そんな一幕もありながら、私たちは王城の一室へと通された。ラッセル様を除いて護衛たちは別室へと通され、休むと言う話だ。

 一方で、私たちは会いたいと望む人がいるということで王城内の応接間に向かった。そこで待っていたのは一組の男女。


 男は私たちより少し年がいった青年で、ラトナラジュ王国では多い小麦色の肌に銀灰色の髪、柔和な空気を感じさせるような穏やかな顔付きをしている。

 その傍らにいるのは健康的な肌色の女性だ。グランアゲート王国でもラトナラジュ王国でも見かけないような印象を感じる。髪の色は深緑色。吊り目でどこか気の強そうな女性だ。


「ベリアス殿下、ご無沙汰だな」

「久しいな、ハーディン殿下。ナハラ殿も、ご健勝のようで何よりだ」

「そういう君は随分と生意気さが抜けたな、ベリアス殿下」


 青年がハーディン、女性がナハラ、と。殿下とつけてるから、このハーディンって人は王子なのかな。ベリアス殿下は随分と親しげだけど。


「……それでベリアス殿下、その少女がカテナ・アイアンウィル嬢か?」

「あぁ」

「そうか……彼女が」


 ハーディン殿下が私に視線を向けると、私をじっくりと見てくる。自然と背筋が伸ばしているとハーディン殿下が表情を和らげた。


「畏まらなくて構わない、アイアンウィル嬢。私はハーディン・ラトナラジュ、ラトナラジュ王国第一王子だ。こちらは妻のナハラだ」


 ハーディン殿下が紹介すると、ナハラ様が控え目に黙礼をした。私も釣られるように軽く頭を下げておく。

 私が顔を上げるとハーディン様は表情を引き締めて、逆に頭を下げた。


「まず謝罪させて頂きたい。アイアンウィル嬢、アシュガルの被害を受けた上に、我が国の事情に巻き込むように足を運ばせてしまった。大変申し訳ないと思っている」

「えっ、ちょっ」

「夫と共に私からも謝罪させて頂く。申し訳なかった」

「ナハラ様まで!?」


 王族の夫婦揃って頭を下げられると胃がギュッと握られたように痛む。私、何故か王族に頭を下げられること多いな、と遠い目をしそうになってしまう。

 なんとかハーディン殿下とナハラ様に頭を上げてもらい、ようやく席について一息出来た。


「事情はこちらでも色々と調べて把握しているが……私たちも国内では身軽に動ける訳ではなくてな。どうしても後手の対応になってしまうことを許して欲しい」

「は、はぁ……」

「カテナ、ハーディン殿下は前に言った改革派の筆頭だ」


 声を潜めてベリアス殿下が私に教えてくれた。成る程、この人がベリアス殿下が言っていたラトナラジュ王国の改革派か。


「第一王子が改革派の筆頭なんですね……」

「この国で生まれた序列などあってないようなものだがね。力を示した者が王になるのがラトナラジュ王国の国王というものだ」

「では、現国王も?」

「……力とは何も腕っ節や魔法の腕前だけではない。謀略や権力もその一つさ。だから序列はあってないようなものだが、意味がない訳ではないのさ」


 つまり権力闘争って訳か。何とも言えない思いが込み上げて来て、渋い顔を浮かべてしまう。

 そんな私の表情を見てしまったからか、ハーディン殿下が神妙な表情を浮かべてから言った。


「我が国の王族は生きようとする欲ばかり大きくなってしまった。元々、この国は魔族の領域と隣接していない為、他国の姫や貴人を預かり、その最後の砦として栄えていた国だ。被害を直接受けない代わりに魔法の研究に長け、他国に有能な魔法使いを向かわせることが出来た。その縁から更に血の縁を結んでラトナラジュ王国は栄えてきた。だが、その初志も失われて久しい」

「だからハーディン殿下は改革をすべきだと考えたんですか?」

「もうこの国は限界だ。ここで王族が方針を切り替えねば衰退を抑えきれないと私は考えている」

「……聞いておいてなんですけど、それを言っちゃっても良いんですか?」

「父上は私が改革を望んでいることを知っている。だからといって賛同してくれる訳でもないがな。父上にとって後の世代のことなど興味もないのだよ。ただ使える駒かどうか、それだけだ。私も改革したいならばしてみせれば良いと適当に役職を与えられたものだ」

「……よくそれで国王を名乗れたものですね」


 思わず低い声が出てしまった。自分さえ良ければ良いと言っているようにしか聞こえない。隣ではベリアス殿下が無表情で腕を組んでいる。

 後ろで控えているラッセル様も何も言葉を発せず、沈黙の間が出来てしまう。その沈黙を破ったのはハーディン殿下だ。


「父上を国王の座から引きずり下ろそうにも、父上も周囲を利益を共にする者たちを囲んで固めているからな。改革を志す同志はいるが、他の王族に難癖をつけられれば庇うのは難しい」

「そんなに厄介なんですか?」

「今のラトナラジュ王国は父上がいるから均衡を保っているのだ。勿論、その状況が良いという訳ではないのだが。今、父上が玉座から退けば今まで以上の権力闘争の嵐が巻き起こるだろう。中には国を捨てる者がいないとは言えない。そうなれば彼等はどこに行くと思う?」

「……他の国ですか?」

「あぁ、そうだ。だがグランアゲート王国であれば簡単にラトナラジュ王国の王族や貴族を受け入れられないだろう。仮に国から逃れられたとしても立場を失った者たちがその生活に耐えられるとは思えない。そうした者たちが何をしでかすかと思えば、迂闊に崩壊もさせられない」


 つまり今のラトナラジュ王国は導火線に火がついた爆弾のような状況だ。そしてなんとか火の勢いを弱めようとしている、と。

 王によって国は腐敗し、しかし王を下せば権力闘争によって国が荒れる未来が見えている。その余波は他の国にも波及する恐れがある。だから迂闊に事を進めることも出来ない。


「民が餓え、心が荒めば悪事に身を染める者も生まれるだろう。そうなっては人類は魔族の他に人すらも相手にしなければならなくなる。そうなってはラトナラジュ王国の民というだけで迫害を受ける可能性もある。民に責任がある訳ではないのにな」

「……だからといって今のラトナラジュ王国に救いの手を差し伸べるのは難しい。共倒れするぐらいならば、俺ならば非情な決断を下すしかないだろう」


 静かな声でベリアス殿下はそう言った。それを重々しくハーディン殿下は受け止めているようだった。


「あぁ、ベリアス殿下はそれでいい。君はあくまでグランアゲート王国の王族なのだから。この国の問題は私たちでなんとかしなければならない。……だからこそ、君たちを巻き込んでしまった事を本当に申し訳なく思っている」

「私を召喚しろって言ったのはアシュガル殿下の母親って聞いていますが……」

「あぁ、そうだ。アシュガルを失ったアシュガルの母親は下手すれば後宮から放逐されかねない。だから手段を選ぶ余裕も失ったのだろう、アシュガルを失った補填として君に目をつけた、という訳だ」

「……つまり、私をどうしたいんです?」

「……その、君を父上の側室として嫁がせたという功績を得る算段なのだろう。どうしてそれが上手くいくと思っているのか、理解に苦しむが……」

「だが、アイアンウィル嬢の実家は平民上がりの貴族だと聞いている。いくら腕が立とうとも、それだけ聞けば権力に物を言わせれば簡単に言うことを聞かせると思っても不思議ではない」


 今まで静かにしていたナハラ様が足を組み、お茶を口につけながらそう言った。

 改めて人から言われると舐められた話だよね。そう思っているとナハラ様が薄らと笑みを浮かべながら問いを投げかけてきた。


「それでカテナ嬢。君に聞きたいのだが……君の剣、それ神器ではないか? 君が神子だという噂も聞いたのだが、やはり真実なのか?」

 

 

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