05:友であるということ
イリディアム陛下と今後の話し合いをした結果、ラトナラジュ王国との一件が片付くまでは学院に通っている場合ではないということで自主的に休むことになった。
まだ私と繋ぎを取りたい生徒が山ほどいるという話だし、そちらには兄様やリルヒルテたちに引き続き対応してもらおう、という話になった。
他にも細々とした話をした後、私は寮にも戻る訳にもいかずに研究室へと身を置くことになった。
その後日、学院が放課後になった頃でリルヒルテとレノアが私を訪ねてきた。
「カテナさん、ラトナラジュ王国の召喚要請に応じるという話は本当ですか!?」
「う、うん。その、リルヒルテ、凄く近いです……」
「……そうですか。本当にかの国に赴くつもりなのですね」
リルヒルテが私に掴みかからん勢いで問い詰めてきたけれど、返答すると意気消沈したように肩を落としてしまった。
「私がアシュガル殿下の対応を間違ったために……本当に申し訳ありません」
「リルヒルテが責任を感じるようなことじゃないと思うけど……」
「ですが……」
「どの道、何らかの形でラトナラジュ王国とは関わらなければならなかったかもしれないし、対応が足りてなかったと言えば私も同罪だよ。だからリルヒルテがそこまで責任を感じる必要はないよ」
リルヒルテの肩を叩いて、気を落とさないように伝える。だけどリルヒルテの表情は曇ったままだ。
アシュガルに付きまとわれていたリルヒルテだって被害者なんだから、そんな気にしなくても良いのに。
「……流石に今回、私たちが同行するというのは無理だと言われました」
「ベリアス殿下はともかく、リルヒルテやレノアはただの学生だし。そんな無理をしなくていいよ」
「……悔しいです。私に力あれば同行出来ていたでしょうし、シエラさんを助けるための力になりたかった……」
リルヒルテが表情を歪めながら小さく呟く。一歩後ろで控えていたレノアも同じような表情を浮かべている。
そんなリルヒルテの言葉を聞いて、私はちょっと何とも言えない表情を浮かべてしまう。リルヒルテの肩に手を置いて、彼女の目を真っ直ぐ見つめる。
「リルヒルテ、少し焦りすぎだと思うよ」
「焦りすぎ……ですか?」
「私に言われても納得出来ないかもしれないけど、リルヒルテが何も出来ていない訳じゃないよ。はっきり言えば、確かに私はリルヒルテよりもずっと強いし、神子として選ばれるだけの才能がある。そこは覆らない」
「……はい」
「でも、私は自分に才能がない分野も苦手な分野もある。リルヒルテみたいに社交が出来る訳でもないし、家だってしがない平民上がりの男爵家。権力に関わる問題が起きれば私に出来ることは少ない。それをリルヒルテが助けてくれたじゃない?」
「それは……そうですが」
私がこう言っても、案の定リルヒルテは沈んだ表情から戻ることはない。
「気持ちがわかる、なんて言ったら失礼かもしれないけど……敢えてわかると言わせて。リルヒルテが私の強さに憧れていることもわかってる。けど、だからといって自分を見失わないで」
「見失う……」
「生まれも育ちも違うんだ、私たちは。確かに比べ合いになったら優劣をつける必要があって、私が神子である以上はリルヒルテより価値があると言われるのかもしれない。でも、それは総合的にであって、必要な場面で必要な立ち回りが出来ることの方が私はずっと大事だと思う」
リルヒルテはようやく沈んだ表情を少しだけ和らげて、私と真っ直ぐ目を合わせてくれた。
「私じゃどう足掻いたって学院の噂をどうにかしたり、高位貴族から強く乞われたら断るのは難しい。それが原因で諍いの原因になるかもしれない。私が力を振るえば、それで解決出来るのかもしれないけど、その先は私にはどうしようも出来ない。だからリルヒルテには本当に助けられてる」
「……でも、それは私がガードナー侯爵家の娘だからで」
「それだったら私だってヴィズリル様の神子だからだよ。それも含めて私たちがそれぞれ持ってる力だ。その力を正しく扱うことが力を持つ者として私たちが目指すべき振る舞いなんじゃない?」
誰よりも強い力を持つからこそ誇り高く、人よりも優れた存在だからこそ憧れられるように。自分の持つ力を誤った使い方をせず、適切な使い方を心がける。
「差はどうしたってある。私たちは同じ人間じゃないから。だから自分の持つ力を、自分自身を見失ったら駄目なんだ。ほら、リルヒルテは間合いのわからない武器を振り回したいと思う?」
「……いえ」
「私たちの生まれも、授かった力もそういうものなんだと思う。自分の力を活かす場所が絶対どこかにあるよ。それにリルヒルテの夢はなに?」
「私の夢……」
「王女殿下たちの護衛騎士になることでしょう? 私を守ることが貴方にとって必ず成し遂げなきゃいけないことじゃない筈だよ。私は貴方に助けられているけど、貴方に守られたいとは思ってないよ」
「カテナさん……」
私じゃ相手が難しい貴族の相手や、貴族の繋がりを通して知れる情報とか教えてくれるのはリルヒルテだった。
もしかしたら、今まで身分の壁があると思ってたからリルヒルテも私を守らなきゃいけないと思わせてしまったのかもしれない。
例えそうだとしたら、私は今ここで彼女とちゃんと向き合わないといけない。
「――だから私を守ろうとしないで、リルヒルテ」
思ったことを真っ直ぐリルヒルテに伝える。
するとリルヒルテは目を見開いて驚き、そのまま固まってしまった。どれだけ固まっていたのか、不意に脱力するようにリルヒルテが肩を落とした。
それでも言葉を忘れたように黙りこくってしまったリルヒルテに対して、私は言葉を続ける。
「リルヒルテには凄くお世話になってる。いっぱい助けて貰ってるし、こうして心配してくれて嬉しい。でも守ろうとするのは、なんか違う。私はリルヒルテに守って欲しいんじゃない。肩を並べていたいと思う」
「……カテナさん」
「私は私の出来ることで、リルヒルテはリルヒルテの出来ることで。それでお互いに助け合っていけば良い。……今まで私がはっきりさせて来なかったから、きっとその所為もあると思う。その点については謝る。ごめんね」
私が謝罪を口にするとリルヒルテの目からぽろりと涙が落ちた。思わずギョッとしてしまうと、リルヒルテも自分が涙を流したことに気付いたようだ。
そっと指で涙を拭って、リルヒルテは困ったように笑みを浮かべる。
「……いえ、こちらこそごめんなさい。私、今、凄く心が楽になって、私……」
「リルヒルテ……」
「……やっぱりどこか距離があったのかもしれませんね。だから、今、私……」
言葉にしようとして、それでも上手くいかずにしゃくりを上げているリルヒルテ。そんなリルヒルテを支えるようにレノアが近づき、私が手を置いてない方の肩へ手を添えた。
レノアに支えられながらリルヒルテは呼吸を整えようとしている。その間にも涙が落ちていき、口を塞ぐように手を添えている。
「……ごめん。私、リルヒルテに甘えてたね」
「いいえ、わかっています。私だってワガママだったんです……私と貴方には身分の差があって、そう簡単に心を開いて貰えるなんて思ってません。弁えるべき所は弁えるべきだと、それもわかっていたんです」
でも、と。リルヒルテの言葉が震えて途切れてしまう。喘ぐように息継ぎをしながらリルヒルテが言う。
「……それでも貴方と心から向き合えるお友達でいたかった……!」
「友達だよ。友達だから……迷惑をかけるのが怖かった。でも、そうやって一歩退いてたからリルヒルテを迷わせてしまった。でも、それは私の望みじゃない。私だってリルヒルテと対等な友達でいたいって思ってる」
「……はい……はい……!」
「だからリルヒルテ、もう一度言うね。私を守ってくれなくていいよ。お互いに出来ることで助け合おう」
「……はい……!」
「学院ではリルヒルテにはいっぱい迷惑をかけると思うけど、助けてくれるなら嬉しい」
「助けます……それが、貴方のために私が出来ることなら」
リルヒルテは自分の足でしっかりと立って、涙を拭って満面の笑みを浮かべた。
私もその表情を見て笑みを浮かべ返す。
「必ずシエラを助けて戻って来る。そしたらまた皆で一緒に過ごせるように力を貸して欲しい」
「はい」
「レノアも手伝ってくれる?」
「はい、勿論です。それがリルヒルテ様の願いであり、カテナ様が願うことならば」
「ありがとう。じゃあ、私が戻ってくる場所は二人に任せるよ」
私の言葉にリルヒルテとレノアが頷いてくれた。この二人と出会えたことは私にとって紛れもなく幸運だった。
だからこそ友であり続けたいと思う。そして、ここにはシエラもいて欲しいと思うんだ。
必ず連れて帰る。そして皆でまた学院で過ごすんだ。私はその決意を改めて胸に刻んだ。
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