03:束の間の一息
「お嬢! 終わったのか!」
「親方」
天照に最後の仕上げを施してから私は外に出た。すると部屋の前でずっと待っていたのか、親方がすぐさま駆け寄ってくる。
親方の他にも何人かいて、その中にはヘンリー先生も混じっていた。
「カテナお嬢様、無事に終わったようで何よりです」
「えぇ、なんとか」
腰に下げた天照に触れながら私は微笑む。けれど皆、心配そうに私の顔を凝視してきた。
「お嬢、隈が酷いぞ」
「あと着替えもした方が良い」
「お腹空いてないか? スープでも用意してやろうか?」
「大丈夫そうなら風呂入ってこい」
「わ、わぁ……わ、わかったから、大丈夫だからそんな詰め寄らないで……」
正直、疲労感で身体は重い。けれど、それと引き換えに満足感はあった。
でも、先に親方たちの言う通り休んだ方が良いだろう。汗も汚れも酷くなってるだろうし、まずはお風呂に入って着替えて、それから一眠りしてから食事かな。
そんな事を思いながら、私は研究室の一角に用意されている風呂場へと向かうのだった。
* * *
「うん、これで万全ね!」
お風呂に入って、ぐっすり寝てからしっかりと食事を頂いた。作業中はビスケットとか干し肉といった保存食、それと水を飲んでいただけだったので、ちゃんとした食事はとてもありがたかった。
食べやすいようにか、細かく刻まれた野菜や肉が煮込まれたスープはとても美味しかった。食欲も出てきたので少し食べ過ぎな程、頂いてしまった。
睡眠もしっかりとって腹も満たされた。体調が万全に整ったのを実感して、私は満足げに息を零す。
そして私の食事が終わるまで待ってくれていたのがヘンリー先生だった。ヘンリー先生は私の食事が終わったのを確認すると、食後のお茶を出してくれた。
「ありがとうございます、先生」
「いえ。それで無事に神器の打ち直しは出来たのですか?」
「えぇ、それはなんとか」
私は腰に下げていた天照に触れて返事をする。ヘンリー先生は天照を凝視していたけれど、不意に苦笑を浮かべて肩の力を抜いた。
「確かに……なんというか以前よりも威圧感というか、そういうのが増した気がしますね」
「そうですか?」
「えぇ。まるで貴方以外を拒むような空気を纏っていますよ」
そういうものだろうか、と思いながら私は天照を一撫でしてから手を離した。
「神器の打ち直しが無事に終わったのは喜ばしいのですが……カテナお嬢様、少し面倒なことになっていまして」
「面倒なこと?」
「学院と王城で、少し。学院はリルヒルテ様たちが率先して抑えてくれているのですが、王城の案件の方が少し厄介で」
「一体何事です?」
「学院の方はカテナお嬢様に繋ぎを取ろうと催促が酷くなっているみたいですね。リルヒルテ様たちを窓口として弾いているのですが、中には工房に押しかけようとした人もいたので……」
「あぁ……成る程。学院で私の力は見せてしまいましたからね」
「そちらはザックス様も対処に回ってくれたようなので、今すぐ困るといった話ではないのですが……」
「王城の方では何が起きたんです?」
「……ラトナラジュ王国から、カテナお嬢様の召喚要請が来ています」
「は?」
ヘンリー先生から伝えられた言葉に私は目を点にしてしまった。
「召喚要請って……」
「アシュガル王子の死亡、そのアシュガル王子を手にかけたシエラさんの逃亡。この二人と関わりがあったのがカテナお嬢様です。ましてや直前に決闘までしていますからね。事情聴取のために召喚したいというのがあちらの言い分です。ただ、あちらでもこの召喚に関しては意見が割れているようでして……」
「意見が割れてる?」
「カテナお嬢様を召喚しようとしているのはアシュガル王子の母親に当たる妃とラトナラジュ国王の共謀のようで、それに反対している勢力もいるとの事です。当初はラトナラジュ国王は裁判にかけるためにカテナお嬢様を引き渡せと言おうとしていたという話です」
「はぁ……成る程?」
随分と勝手なことを言ってくれるな、と思ってしまう。アシュガルが死んだのは自業自得だし、シエラがそこまで思い詰めることになったのはラトナラジュ王国の王室に問題があったからだと言い返してやりたい。
「なので間を取って事情聴取をしたい、だから召喚要請ということです。それでもイリディアム陛下はそのような要請には応じられない、と言っているのですが……かの国とは血の縁も多く、縁のある貴族の意見もあって完全に撥ね除けられていない状況です」
「つまり私を差し出せと?」
「いえ、そこまでは。ただラトナラジュ王国に住まう親族と縁も切りづらいといった状況です。そこで、なんとかラトナラジュ国王を諫められないかと模索しているそうなのです。つまりはラトナラジュ国王と意見を割っているのはグランアゲート王国と血縁関係にある王族や貴族関係者ですね。ただ、アシュガル王子の母親である妃様がなかなか苛烈な御方らしくて……」
「……こっちがその要請を突っぱねると、ラトナラジュ王国にいる親類に害が及ぶかもしれないと?」
「今、かの国の王室事情は陰惨ですからね……」
リルヒルテ様やベリアス殿下がかつて語っていたラトナラジュ王国の話を思い出して、思わず渋い顔を浮かべてしまう。
きっとラトナラジュ国王を諫めているのは改革派と呼ばれる勢力なのだろうと思う。だとするなら、あまり表に出ると今後のラトナラジュ王国の再建に影響を及ぼしかねない。
「……なるほど、状況はわかりました。ヘンリー先生、私はすぐに王城へと上がります」
「すぐにですか?」
「ラトナラジュ王国が呼び出したいのは私なのでしょう? なら私が行けば済む話です」
「なっ……! ま、待ってくださいカテナお嬢様! それはあまりにも危険なのでは?」
「危険だとは思いますけど、万が一このまま拗れてしまう方が面倒になります。まだ私が呼び出されて、あっちに出向くだけなら話は穏便に進みます。それに……」
「……それに?」
「私がラトナラジュ王国に行ったと知ればシエラが追いかけてくる可能性があります。それに先にシエラがラトナラジュ王国に向かって騒ぎを起こす可能性もなくはありません。私はシエラを助けにいかないといけないんです。それならラトナラジュ王国に向かった方が話が早いです」
「……カテナお嬢様、貴方という人は……」
ヘンリー先生は額を押さえて、深々と溜息を吐いた。それから呆れたような表情を浮かべて私を見つめた。
「……果断な所は本当にシルエラ様にそっくりですよ」
「お母様のことは尊敬していますから」
「一度決めたら言っても聞かない所もそっくりです」
ヘンリー先生は苦笑を浮かべてそう言った。それに私は笑みを返す。
私が頑張れば纏まる話なら私がやれば良い。それにラトナラジュ王国の王族には言いたいことは山ほどある。
(シエラ……貴方は今、何をしてるの?)
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