02:その刀の銘は
途中から思考と呼べるものがあったのか、もう定かではない。
終わりが見えない。時間が過ぎていく。体力と魔力が削られるようになくなっていく。
喉の渇きも、空腹感も、ただ煩わしいだけだった。水も保存食も足りないから取り入れる、それだけのことに成り果てる。
ただ鉄を打つ。無駄を削ぎ落とし、研ぎ澄ませていく。
その音が心地良い。いっそ、それに加えて汗が浮くほどの炎の熱すらも心地良いとさえ思いそうになる。
そうしていると、まるで自分が炎になったように錯覚してしまいそうになる。けれど、暫くすればその思考すらも無駄だと言わんばかりに切り捨てる。
鉄を研ぎ澄ます。今、私はただそれだけのために息をしている。
そんな自分になっていくのが、思わず笑ってしまいそうになるほど楽しかった。
楽しいから飽きない。楽しいから止まらない。止まらないからずっと続く。
どれだけ苦しくても、この心の奥底から沸き上がる喜びに勝ることはない。
だけど終わりは来る。この喜びは完成させなければ全てが無為に帰してしまうものであるからこそ。
「――カテナ」
「……ぁ」
一体どれだけ呆けていたのだろう。ミニリル様の声が聞こえてきて、ようやくそこで意識がはっきりと戻った。
まるで夢から覚めたようだ。私は見上げるようにミニリル様の顔を見つめている。ミニリル様の後ろには天井が見えて、自分がミニリル様に膝枕をしてもらっていることに気付いた。
「……ミニリル様、私……?」
「完成と共に意識を失ったのだ。まったく、呆れるほどの熱意と執念だ」
口では呆れたように言いながらも、ミニリル様の口調はとても穏やかだった。
ミニリル様の手が私の額を撫でて、そのまま視界を隠すように触れてくる。暫し、ミニリル様の手の感触に浸ってしまう。
「そうだ……! 刀は!」
けれどすぐに私は起き上がった。確かに完成させたという記憶は朧気ながらあるが、しっかりと確認する前に力尽きてしまったのだろう。
慌てて打ち直した刀を探すと、布が敷かれた台座の上に置かれていたことに気付いた。
まだ柄も鍔もつけていない剥き出しの状態だ。改めてじっくりと検分して、私は大きな息を吐いてしまった。
その息には様々な思いを詰め込んでいた。まず浮かんだのは安堵、そして打ち震えるような感動だった。
刃文が浮かんだ刀身は光を浴びて、うっすらと鈍く輝いている。艶すら感じさせる刃は触れるのも躊躇うほどに美しく見えた。
なるべく打ち直す前と遜色ない出来にしようとは思っていた為、長さなどは大きく変わってはいない。
けれど、存在感と言うべきものが違う。加えて自分の中にある何かと響き合うような感覚が染み渡ってくる。
これは私のための日本刀だ。他の誰のものにもならない私だけの逸品だ。そんな実感がゆっくりと胸を満たしていく。
「……ミニリル様、どうですか?」
「うむ、打ち直す前よりも研ぎ澄まされたな。武器としての完成度の向上も勿論、器としての格の位が上がっている。神々が地上にいた頃の神器と比べても見劣りはしないと言えるだろうな」
「じゃあ、ミニリル様の触媒としてもいけますか?」
「うむ? あぁ、それは問題はなかろう。その点はカテナが作るものに不安はない」
ミニリル様の返答を聞いて、私はそっと息を吐いた。
そこだけはちょっと心配に思っていたけど、ミニリル様は私が作る物に不安はないと思ってくれていたことに少し照れてしまう。
「これでシエラを救えますかね……?」
「……お前は少し勘違いをしているな。カテナ」
「はい?」
「お前の力は十分に足りている。足りてないとするならば覚悟だ」
「覚悟……?」
「お前は刀を打つ者であり、刀を知る者だ。そこから派生させて戦う術も得ているが、お前は戦いの中に活路を見出すものではない。己の内に活路を見出すものだ」
ミニリル様は私を真っ直ぐに見上げながら言う。私はただ静かにその言葉を聞き入るしかない。
「人がその本領を発揮するには適切な形がある。お前にとってそれは刀鍛冶であるというだけだ。そこにどれだけ力を注ぎ、己を信じることが出来るかだ」
「……自分を信じる」
「かつてお前は夢を叶えるために刀を作り上げた。しかし、その夢の先を更に見た。そして新たな刀を作り上げた。届くか? という問いに意味はない。届かせるためにお前はこの刀と向き合ったのではないのか? そして届かないからと、お前はそこでこの刀を捨てるのか?」
ミニリル様の問いに私は強く拳を握り、歯をグッと噛んだ。
シエラに私の力が届かなかった。だからもっと強い力を求めた。じゃあ、それが通じなかったらそこで諦めるのか?
「――捨てません」
捨てない。例え、今回がダメでも、次があるならもう一回試す。理想に届くまで何度だって私は繰り返す。
でなければ夢は叶わない。私の理想を知るのは私しかいない。私が折れてしまえば夢はそこで潰えてしまう。
何度折れたって良い。擦り切れたって構わない。何度だって打ち直してでも、理想にしがみついて叶えたい。
あぁ、なんだ。不安に思うことなんて何もなかったんじゃないか。私はただ胸を張れば良い。自分の信じて作り上げた物で示せば良い。
それで届かないからって諦める理由なんてない。チャンスがあるなら何度だってぶつかっていけば良い。
「私は、私が望む理想に届かせるまでは絶対に折れない」
「それで良い。それがお前だ、カテナ。時には揺らぐ時もあるだろう。だがお前はその揺らぎすら飲み込むことが出来る。これに並ぶ偉業がそう簡単に人に成し遂げられると思うな。誇るが良い。その誇りで張った胸がお前に更なる力を与えるだろう」
不敵に笑ってミニリル様はそう言った。その言葉を確かに胸に刻む。
私自身を誇って、私自身が信じた理想で、今度こそ望みを叶えてみせる。
その決意をもう一度、この胸に深く刻む。決して忘れてしまわないように。
「……それで、この刀に銘をつけるのではなかったのか?」
「あぁ、そうでしたね。もう決めてる名前はあるんですよ」
「ほう?」
私はそっと刀を手に取って、作業台へと移す。そしてこの刀の銘にしようと決めていた名前を彫っていく。
実際にその名前をつけるかどうかは、実際の出来を見てから決めようと思っていた。この名前はこの刀に合うだろうと確信を持てたからこそ、私はこの名を贈る。
「――〝天輪天照〟」
太陽神として信仰されている天照大神、そこに天の輪と書いて太陽を添えて。
日は沈めども何度でも昇る。それは第二の人生を歩んでいる私の姿でもあると言える。
そして太陽を司る天照大神の名から肖って、この刀の銘とする。
銘を掘った刀を見つめて、私は改めて誓う。かつて夢見た理想を二度目の人生で形にすることを選んだ。
それを神が認め、力が宿った。だからこそ、この在り方に恥じないように強くありたい、と。改めて、そう強く思ったのだった。




