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幕間:見守る人と女神

初回投稿:2021/01/15(2/2)

「……本当に出て来ないんですね」

「そうですね……」


 カテナ研究室は元々、王都にあった鍛冶工房をカテナの日本刀の研究のために改装されたものだ。

 カテナがその一室に引き籠もって日本刀作りを始めてから、既に五日が経過していた。


 リルヒルテはカテナが引き籠もっている部屋の扉を見つめながら、不安そうに呟きを零す。リルヒルテの呟きを聞いたレノアも同じように呟く。

 そんな二人の不安を紛らわすように声をかけたのは、カテナの鍛冶師としての師匠であるダンカンだ。


「本来だったら人が交代しながら作業するが、お嬢の場合は全部一人でやってるからな。それも不眠不休でだ」

「食料と水は持ち込んでるって話ですが……本当に大丈夫なんでしょうか?」

「何かあった時のために俺たちがこうして交代して見張ってるって訳だ」

「……しかし、この壁一枚先にかのヴィズリル様が降臨しているとはな。嫌でもその存在を感じ取れてしまうが、それが今でも信じられん」


 そう呟いたのはベリアスだ。学業と王太子としての執務の合間を縫って、彼もまたカテナの様子を窺うために研究室を訪れていた。


「ラッセル、お前はヴィズリル様と直接相見えたことはないのか?」


 ベリアスが傍に控えていたラッセルへと問いかける。

 問いを投げかけられたラッセルは困ったように眉間に皺を寄せながら返答した。


「流石にありませんよ。ただ、遠目で見かけたことはあります。ヴィズリル様はカテナ室長の剣の師でしたからね。それに降臨されておられるのは本体ではなくて端末だと言う話です」

「端末であろうと神は神だ。その神が直々にカテナの手際を見届けるために居座っているというのだから、末恐ろしい奴だ」


 感嘆か、それとも呆れか。ベリアスがどちらとも取れる態度で告げる。

 時折、思い出したように鎚を振るう音が聞こえてくる。その音こそがカテナが未だ作業の途中であり、彼女が無事であることの証明だった。


「……改めて思い知らされるが、カテナの製法をそのまま真似ろと言うのは厳しいものがあるな」

「専門家の俺とてご免ですよ、ベリアス殿下。お嬢は些か情熱が行き過ぎてる所が難点でなぁ……一人で成し遂げられるからこそなんでしょうが、本来は鍛冶ってのは一人でやるもんじゃないですわ」

「あぁ、わかっている。それにこの製法は量産には不向きだ。武器としてのカテナを求めるならば通常の製法も確立させておくべきだろう。後はカテナの手法をどこまで真似れば最も効果があって、どこで折り合いをつけるのか探るのは研究室の者たちの役目だ。それは俺も期待している」

「恐縮でさぁ」


 ダンカンはベリアスからの言葉に萎縮しながらも肩を竦めて返答する。

 そんなベリアスの態度を見て、以前のベリアスを知る者たちは感心したように息を吐いていた。変われば変わるものだ、と。


 かつてはプライドが高く、他者の忠言にもなかなか耳を貸さない頑固者として認識されていたベリアスだったが、その欠点とも言うべき面は鳴りを潜めていた。

 これもカテナが齎した変化だと思えば、あの人は何かを変革させずにはいられない人なのだな、と思う者は多かった。


「後は無事に完成させてくれることを祈るしかないのですが……」


 ぽつりと誰かが呟く。固く閉ざされた扉は、未だ開く気配を見せていなかった。



   * * *



 一心不乱に鉄を打つ音が響いている。

 炎に照らされ、汗を流しながら鎚を振るうカテナの姿をミニリルは静かに見つめている。

 合間に食事と水分を補給することはあっても、カテナの手は止まらない。その食事とて流し込むようなもので、あっという間に済ませてしまう。


 言葉はない。言葉の代わりに鎚を打つ音が返ってくる。最早、カテナには自分の存在を覚えているのかどうかも疑わしいとミニリルは思っていた。

 本体が神子として選んだ摩訶不思議な子供。カテナは我も強く、欲深いが俗世に無関心という変わった人間だった。


 望むのは、刀と呼んだ武器をこの世で作り出すこと。ただそれだけ。

 それを神から認めてもただ恐縮し、栄誉を与えるといっても面倒臭いと言わんばかりに眉を顰める。神への敬意と信仰も足りず、やはり変人としか言いようがなかった。

 善良ではあるが、無関心であるためにカテナの善良さが世界全体に向けられることは稀とも言えた。


 カテナの芯として中心にあるものは、飽くなき刀への情熱だ。

 彼女の人間性の発露など、その中心に燃ゆる焔に触れれば焼べられてしまうようなものだ。それ程までに深く、危うい情熱を宿している。


 表層に浮かぶものを剥がした先に残るのは、刀匠としてのカテナだ。

 だが、刀は人の手によって振るわれる道具である。道具を活かすのは人の意志があってこそ、それがカテナの善良さを補強しているのだから皮肉なものだ。


 本質は焔であり、焔が象るのは刃であり、刃を統べるのは意志である。

 それがカテナ・アイアンウィルだ。そして、彼女は今、意志を焔に焼べる薪として刃を形にしようとしている。


 その手段として魔法が使われている。魔法は神々が人に与えた恩恵であり、世界の在り方に沿わせた力の法則だ。

 剥き出しの本質を神の与えた魔法で形とする。そこに象られるのは一つの世界そのものと言っても過言ではない。

 カテナの刀は武器であるのと同時に、本質を映し出す鏡であり、彼女を通して形成される小さな世界そのものだ。


(だからこそカテナの刀は神器の器となりえる。神器とは、神の持つ個性を概念化し、それを武器として転じさせたものである故に)


 人が神器を真似て作った準神器級の武器は、あくまで神器の形と力を真似た模造品でしかない。

 そこにどれだけ人の意志や祈りを満たしても神器そのものには至れない。


 カテナの全身全霊で作り出す刀は、やはり一線を画するものなのだ。

 人に与えられた神の力によって練り上げ、無心で鍛え上げる。そこに神の力はあっても神への祈りはなく、純粋なる個人の意志で形となっていく。

 そして生まれるのは無垢にして空の器。空であるからこそ、あらゆる神の依代になり得る逸品。


(――それ故に、その刃は神に届く)


 ヴィズリルが恩恵を与える前から、カテナは頼りないとさえ言えた魔力で神に届き得る逸品を生み出した。

 それは最早、才能という言葉だけで片付けられるものではない。執念とすら言える熱い情熱そのものだ。


 そのカテナが今、ヴィズリルが恩恵を与えたことによって扱えるようになった潤沢な魔力を以て、奇跡の逸品を打ち直している。

 この果てに一体どのようなものが出来上がるのか、それを想像すればミニリルは、そしてミニリルを通して彼女を見つめる本体であるヴィズリルは思う。


「お前なら、きっと叶うとも」


 魔を祓う、と。それは純粋だからこそ許容と否定の意志によってその性質を大きく変えるのだ。

 それもまたカテナらしいとミニリルは笑みを浮かべてしまう。


 善良で情はあるものの世界には無関心で、その内にある情熱は胸に秘めたる願いのために。

 内に取り込めばよく馴染み、内に望まねば弾き出してしまう。そんなカテナの映し鏡であり、神器の器として成る日本刀であれば。


 そんな期待を込めながらミニリルはカテナを見つめる。

 カテナはミニリルの視線を意に介せず、強く鎚を振り下ろして鍛造の音を奏でた。

 

本作ですが、書籍化することが決定しました! 詳細は追ってご連絡致しますのでお待ちくださいませ。皆様の応援、大変ありがたく思っております!

又、別作品である「転生王女と天才令嬢の魔法革命」の書籍第三巻も1/20(水)に発売予定です! こちらもどうぞよろしくお願いします!

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