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05:研鑽の果て、思わぬ衝突事故

 完成形と製法の知識は知っていても、実際に刀匠でもなかった私ではわからないことは多い。

 足りない知識と経験は今世で鍛冶師としての教えを受けて、自らの努力で積み重ねて行くしかなかった。


 日本刀が簡単に作れるものだとは最初から思ってはいない。それでも心折れそうな時は幾つもあった。その度に折れそうな心を金槌で打ち据えるようにして前を向いてきた。

 金槌を握る手は、いつしか淑女の手というには皮が厚くなってしまった。肌は焼け、健康的とは言えるものの貴族からの受けは悪いと言われるようになった。


 それでも私の今世の人生は充実していた。目指すのは、あの日憧れた美しさを手にすること。

 鉄を溶かして、叩いて、魔法で調節して最適な環境作りを目指した。引き籠もって一日、寝食を忘れたこともあった。


 そんな私を止める訳でもなく、無理だけはしないようにと好きにさせてくれた家族には頭が上がらない思いでいっぱいだった。

 誰も私の情熱に水をかけるようなことをしなかった。ただ、それだけで家族への親愛を深められた。


 何度も金槌を振るった。魔法の制御と調整の腕前だけは誰にも負けないと思えるぐらいになった。

 繰り返す。繰り返す。何度でも、何度でも。前に進めているのかもわからないまま、ただ愚直なまでに鉄を鍛え続けた。



 ――そして、私が試行錯誤を続けて五年の時が経過していた。



「……ようやく、ここまで来た」


 日本刀は素材を用意する所が一番、時間がかかると誰が言ったか。それは事実だと思う。

 素材である玉鋼を用意するまでに三年がかかり、刀として鍛造するための試行錯誤に二年。まだまだ荒い所はあるのは自覚しても、当面の目標には近づいて来た。


 刀の形へと整え、歪みやねじれを正し、刀身に波紋を入れるための素材を塗る。

 手が震えそうになりながらも、慎重に、それでいて時間をかけすぎないように作業を続けて行く。


 そして、全ての準備は整った。

 私は五年もの歳月をかけた努力と汗と血の結晶である刀を魔法の火で熱している。そして、赤熱化した刀身を宙に浮かせた水の球へと一気に差し入れた。

 じゅぅ、と水が温度差によって発生した音が緊張を更に増させていく。うっかり刀を取り落としたりすることがないように力を込める。


 水の球から引き抜いた刀身は僅かに反りを描いているのを確認して、再び刀を火にかける。

 そして、熱した刀身をもう一度、水の球に突き刺して冷ます。


 刀身の熱が飛んだのを確認して、最後に刃の調整を行う。歪みはないか、不要に厚くなっていることはないか。

 手足の延長のように感じるようになった金槌で、最後の確認を行う。最後で焦って失敗しないように気は張り詰めていく。

 そして、仕上げの研磨を行っていく。我ながら、作業の手際は澱みがないと思えた。


 そして、一体どれだけの時間が流れたのか。作業の手を止めた手は僅かに震え、呼吸を思い出したように私は息を大きく吐いた。


「…………」


 言葉が、出なかった。

 ここまでようやく来たんだという達成感と、自分が手がけたものが見せた美しさ。

 反りが入った刃文が浮かんだ刀身。それは自分が憧れていた日本刀の姿そのものだった。


「やっと……ここまで……!」


 (なかご)と呼ばれる柄の内側の部分、ここにカテナ・アイアンウィルの名を刻んだ。

 後は柄を填め込んで、鞘を用意すれば――異世界で生み出した日本刀の完成だ。


「長かった……!」


 思わず涙が出そうになる。まだこの完成は始まりに過ぎない。もっと突き詰められることがある筈だし、もう一度同じ物を、いや、これを超えるものを生み出さなければ技術が身についたとは言えない。

 そう思っても、逸る気持ちは抑えられなかった。前世の記憶を思い出してから五年。ただ今日、この日のために走り続けてきたのだから。



 ――そんな感動に浸っていた私に、突如声が聞こえてきた。



『――ほぅ、妙な気配の出所はお前か』

「……はい?」


 声がした方へと振り返ると、そこには戦装束を纏った半透明の女性がいた。

 この世の者とは思えぬ程に美しく、息をするだけで彼女の空気に呑まれてしまいそうになる。存在としての格が違う存在がそこにいる。その圧迫感に全身から汗が噴き出る。


『良い、楽にせよ』

「あ、貴方様は……?」

『――我が名はヴィズリル。美と戦を司る女神なり』

「はいぃっ!?」


 神、それは今世では実在する存在だ。神は人を超えた存在であり、この世界を管理している超越者だ。

 強大な力を持つ故、滅多には下界に顕現することなどない。神を崇める王や神官に神託を授けることはあっても、直接姿を見ることなど普通はあり得ない。


 なのに、その神様が目の前にいる。ヴィズリル様と言えば、本人も名乗ったとおり美と戦を司る女神として、主に女性からの信仰が厚い神だ。

 美しさを巡って戦う女性を味方する神だとか、そういった逸話がある神であり、神同士の恋愛劇の主役に祭り上げられることも多い。

 強かな女性であり、気まぐれで人を振り回すこともあるが、慈愛に満ち溢れているというのが一般的なヴィズリル様の神様像だ。


『神気の器になれる剣など久しく見ていなかったな。我との相性も良い。うむ、心地良いぞ』

「あ、ありがたき幸せです……?」

『気に入ったぞ。汝、名前をなんと言う?』

「カテナ・アイアンウィルと申します」

『では、カテナよ。汝の功績を評価し、我の神子として名を連ねることを許す。この剣を神剣として祀る名誉も与えよう』

「すいません、何言ってるのかよくわかりません!」

『なんだと? ここは感涙し、噎び泣く所だぞ?』

「キャパが! キャパがオーバーでございます!」

『なるほど、驚きすぎて言葉もないと。しかし、我も驚いているのだぞ? このような若き人が神器となりうる一品を生み出すとはな。実に興味深い』


 本当に感心したように唇に指を当てて微笑むヴィズリル様。一方の私は冷や汗がダラダラと止まらない。

 神から直接、神剣として扱って良いと言われる名誉なんて王族だとか、そういった雲の上の人たちの出来事の筈だ。

 なのに、どうして成り上がり貴族の男爵の娘にそんな事態が降って沸いてるんです!?


「あ、あの! 私はまだ未熟と言いますか、こちらの刀……剣は未完成でして……」

『……なんだと?』

「そ、そんな未完成な品で名誉を賜るのも不敬かと……!」

『――ハッハッハッ!! 神が認めた一品を未熟と、未完成だと申すのか貴様ッ!!』


 押しつぶされそうな圧迫感が上からのし掛かってきて、そのまま跪きそうになる。

 笑い声一つで押しつぶされてしまいそうだ。もう、一体どうしたらいいのかわからない。


『――尚、気に入った! カテナよ、ならば更なる研鑽を積むが良い! 我が神子として、我に相応しき一品を献上するのだ! この剣は私も気に入ったが、お前が持つと不思議と絵になる。これで捧げるのが武器だけでは勿体ないな!』

「は、はい?」

『死後、お前は私の眷属として迎え入れよう。存命の間は私の名代として、我の威光を広げるが良い。その為の力も授けてやろう』

「へぇっ!?」

『では、な。次の剣が完成した頃に様子を見に来るぞ。それまで修練を怠らぬように。次は我が自慢の神剣と比べようぞ』

「待って、待ってください! ヴィズリル様、どうぞお待ちに――!」


 私の制止も聞こえず、ヴィズリル様の光が輝きを増していく。目を開けていられず、腕で庇うように顔を隠す。

 そして、ようやく視界が戻った時にはヴィズリル様の姿はなかった。残されたのは私と、形になったばかりの日本刀だけ。


 そこで、不意に違和感を覚える。その違和感を確かめるため、いつもの調子で灯火を出そうとする。

 今までだったら拳大ぐらいの大きさの火が精一杯だったのに、ちょっと力を込めるだけで三倍以上の炎が出せてしまった。


 ……もしかして、これがヴィズリル様が言っていた力? あの女神様、名代として威光を広げるためって言ってなかった?


「ど、どうしてこうなった――!?」


 私はただ、日本刀を作りたかっただけなのに――ッ!


短編分までの話にはこれで追いつきました。

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