01:神器、打ち直し
初回投稿:2021/1/15(1/2)
そっと息を吐いてから呼吸を整えて、意識を研ぎ澄ます。
意識を集中させるまでの間、脳裏に浮かぶのはここ最近の出来事だった。
イリディアム陛下から直々に日本刀の研究のために研究室を用意して貰ったこと。
元から友好を温めていたリルヒルテ様やレノア、かつて魔法を教えてくれたヘンリー先生、領地の工房からやってきてくれた親方たちを迎えて研究が始まった。
そして、シエラとの出会い。
ラトナラジュ王国のお姫様だった彼女は私の弟子入りを願い、国を捨ててまで共にある事を選んでくれた。
シエラと仲が深まってきた所で、今度はシエラの異母兄であるアシュガルとの諍いが起きてしまった。
アシュガルは野心に燃える男で、後ろ盾を得るためにリルヒルテやグランアゲート王国の双子姫も狙っていた。
憂いを払うために私がアシュガルと決闘し、表向き事は済んだ筈だった。
しかし、その後でアシュガルがシエラと接触し、シエラがアシュガルを殺害してしまった。それも魔族に成り果てるという痛ましい姿を見せながら。
私はシエラを救うことが出来なかった。それは偏に私の力が足りなかったからだ。
魔族となり、魔神の影響を受けていても完全でなかったシエラを正気に戻すことは出来た。けれど彼女の心には私の言葉は届かなかった。
シエラは私の前から去っていた。だからといって諦められる筈もない。
もう一度、私はシエラに会いに行く。そして今度こそ彼女に手を届かせてみせると決めたのだ。その為には力がいる。もっと強い力が……。
「……ふぅ」
回想を終え、今に意識を集中させる。
私がいるのは人払いを済ませた研究室の一室だ。部屋の隅には水や食料が運び込まれている。今日から暫く、ここに誰も入れずに引き籠もるつもりだから必要になったものだ。
これから行うのは私が最初に作り上げ、ヴィズリル様によって神器へと昇華された日本刀の打ち直しだ。
私の原点にして、未熟の象徴とも言えるこの日本刀を打ち直す。
この日本刀を完成させた時はまだヴィズリル様の加護によって私の力も底上げされていなかった。
だからこそ、今の私の全力を注いでよりも良いものを作り上げなければならない。でなければシエラを救うなど夢物語だ。
「……準備は整ったか?」
私に声をかけたのはミニリル様だ。彼女は部屋の一角に設置された台座にお行儀良く座っていた。これもまた、私が行う打ち直しに必要な処置だった。
「はい、始めたいと思います」
「うむ。では、本体に代わって我が見届けよう」
ミニリル様はヴィズリル様の端末だ。彼女は私の日本刀を依代に現世へと留まっていたけれど、この日本刀を打ち直しするとなると一時的に依代を失う。
だからこそ、この部屋を神が降臨するに相応しい儀式の場として整えた。私以外の人がいないのはこの環境を乱さないためだった。
ミニリル様が留まれるだけの環境を維持しながら、同時に並行して日本刀を打ち直す。
これこそが私の行おうとしていることだった。食料や水を持ち込んだのは、刀が出来上がるまで数日かかるためだ。
一人で神と向き合い、神に認められるだけの一刀を練り上げる。今更だけど、凄いことをやろうとしているなと思う。
そして私は鎚を手に取った。
ここから一人、刀と向き合うだけの時間が始まる――。




