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25:日は沈めども、再び昇るもの

 この世界に転生して、記憶を取り戻してから私はずっと日本刀に憧れていた。

 前世でも憧れたあの美しさを自分で生み出して、手に取ることが出来たならどれだけ幸せなんだろう、と。

 その願いは叶った。……思わぬ副産物がついてきたけれど、それがこの世界で生きていくということなら否定してばっかりもいられない。


 煩わしいことは色々起きてしまったけど、私は幸せだった。周囲の人に支えられて、この願いを持ち続けることを許されたのだから。

 そして、リルヒルテとレノアという仲間が増えて、続くようにシエラが来てくれた。


 放課後に重ねた稽古や研究室での研究の日々、昼食を一緒に取って笑い合ったり、私たちは同じ時間を共有していた。

 満たされていた日々を思えば、抓り上げられるように心が痛んだ。その心の痛みが、あの日々が私にとって欠かせないものとなっていた証だった。


 ――……そうだ、失いたくないんだ。


 元の形に戻ることは出来なくても、それでもシエラを失いたくないと思っている。

 だから、私のやるべき事は決まってる。


 その日、私はイリディアム陛下に謁見を願い出ていた。私の願いにイリディアム陛下はすぐに時間を作ってくれた。

 陛下の執務室に入ると、中にはイリディアム陛下の他にベリアス殿下とラッセル様が控えるように待ち受けていた。


「よく来た、カテナ嬢」

「お時間を頂き、ありがとうございます。イリディアム陛下」

「うむ。……少しは心落ち着いたか?」

「お気遣い頂き、恐縮です。……早速、本題に入っても?」


 私の確認にイリディアム陛下はしっかりと頷いた。返答を確認してから私は口を開く。


「今日は陛下にお願いしたいことがあって参りました」

「お願い、か。可能な限りでは応えたい所ではあるが、一体どのような願いだ?」

「以前、陛下には全ての工程で刀を生み出すことは控えて欲しいとお願いをされました。下手に目立てば私の立場を危うくするだろう、という事を踏まえて私を気遣っての制約だったと思っています。……その撤回をお願いしたいのです」

「……つまり、だ。カテナ嬢、君は……」

「今一度、私が渾身の一作を作り上げることをお許し頂きたく思います」


 イリディアム陛下を見つめながら私ははっきりと願いを告げた。重苦しい沈黙が満ちていき、イリディアム陛下、それからベリアス殿下とラッセル様も私の真意を探ろうとするような目へと変わっていた。


「……今、カテナ嬢への注目は高まっている。中には君の持つカテナが神器、あるいは準神器級の武器なのではないかと察している者もいる。密かに私に問う声も実際に届いている。確かに隠すことは難しくなっているが、本当にそれを為してしまえば君の素性を隠すことは出来なくなるかもしれんぞ?」

「……はい。必要だったら公表してくださって構いません」

「何?」


 ベリアス殿下は目を見開いて私の顔を見る。その表情には驚きと戸惑いが浮かんでいた。


「……貴様、本当にそれでいいのか? 静かに目立たず生きたかったんだろう?」

「静かに生きて、息を潜めて……大切な人を失うぐらいなら平穏なんて私が望んだものじゃないんです」


 目を閉じて、胸に手を当てる。脳裏に浮かぶのは儚げに微笑むシエラだ。

 もし、私の日本刀が試作品じゃなくて、もっと出来の良いものだったら。そしたらシエラを救いきることが出来たかもしれない。そう思えば、ただ静かに生きていきたいなどと言えない。


「覚悟は決めました。それに公表するとしても私は私の望むままに生きます。何も変わりません、私は生きたいようにしか生きられませんから。だけど、恩義がある王家に何も申し出ずに好き勝手するのもまた違うと思うのでご報告とお願いを申し上げに来ました」

「……相変わらず傲岸不遜な奴だ」


 ベリアス殿下は眉に皺をつくりながら深々と溜息を吐いた。ラッセル様も同調するように溜息を吐いている。


「無論、公表したとしても忠誠をお預けできる間柄であり続ける限り、私はこのまま王家と共に歩んでいきたいと願っています」

「うむ。……カテナ嬢の願いはわかった。つまり、神器をもう一振り作り出したいということか。それはなかなか大がかりなことになりそうだな」

「あっ、そのぉ……」

「……?」


 イリディアム陛下の言葉についつい私は言い淀みながらも声を漏らしてしまう。いきなり口を重たくしてしまった私にイリディアム陛下たちは怪訝そうな表情を浮かべた。

 私は腰に下げていた日本刀を鞘ごと持ち上げて陛下たちに見せるように持ち上げる。


「もう一振りではなくて、この刀を素材にしてもう一度打ち直したいと考えています」

「なるほど、神器をもう一振りではなくて神器を素材にして打ち直す、と」

「はい」

「なるほど。……なる、ほど?」


 ……重く、長い沈黙が執務室に満ちていった。


「き、貴様という奴は! どこまで不敬だと言うのだ!!」


 そんな沈黙を破ったのは信じられないというような表情を浮かべたベリアス殿下だ。その姿勢は一歩引いていて、ドン引きしてるとしか言いようのない態度だった。

 イリディアム陛下は頭が痛そうに額を押さえているし、ラッセル様に至っては放心状態で固まっている。


「素材が必要であれば国からも手配して良い! なのに何故、打ち直しという話になるのだ!? 貴様は神器の価値を何だと思っているのだ! 要らぬというのならこちらで保管を申し出る程の一品だぞ!?」

「いや……これ、元々試作品ですし……たまたま神器になっただけなので……」


 私が苦し紛れに言うと、ベリアス殿下が思いっきり苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、こめかみに青筋を浮かべ始めた。


「たまたま神器になった、ではないわ! この痴れ者が!」

「……落ち着け、ベリアス」

「ち、父上! こいつがうつけ者なのは承知の事ですが、流石に今回ばかりはうつけが過ぎませんか!?」

「だから落ち着けと言ったのだ。……カテナ嬢が何も考えずに言った訳ではあるまい」


 宥めるようにイリディアム陛下がベリアス殿下に言う。そこまで言われればベリアス殿下も黙るしかないのか、不満げに私を睨み付けている。

 イリディアム陛下は咳払いをしてから、大きく深呼吸をした。改めて視線を私に向けて問いかけてくる。


「何故、新作ではなく打ち直しが必要なのだ?」

「この刀は長年私が扱い続けたことによって私の魔力に馴染んでいます。これを元として打ち直すことで更なる高みを目指せるのではないかと考えた次第です」

「それは確実か?」

「……いえ、やってみないことには」

「つまり、下手をすれば神器が一振り失われかねないということも自覚しての申し出なのだな?」


 私はイリディアム陛下を真っ直ぐに見つめて頷いた。イリディアム陛下もまた真っ直ぐ私を見つめていたけれど、不意にその口元を緩めた。


「話はわかった。元より、その神器の所有権はカテナ嬢にある。むしろ、事前に王家に報告してくれたことを感謝するべきだな」

「父上!? よろしいのですか!?」

「実際に神器を生み出したカテナ嬢が必要だと言うのだ。ならば、それは本当に必要なことなのだろう。そうであろう?」

「……はい。どうしても譲れません。ただ、一時的に神器を手放してしまいますので、身柄などを狙われた時のことを考えて報告しておこうと思いまして」

「うむ。……打ち直しとは言っていたが、どれだけかかりそうか?」

「なるべく早く完成をさせたいとは思いますが……こればかりは何とも」

「ならば、暫くは研究室の護衛も増やすことにしよう。それで良いか?」

「ありがとうございます、イリディアム陛下。今後も変わらず可能な限り、王家の助けとなることを誓います」

「我が王家はカテナ嬢の献身を忘れない。我らに出来ることがあれば、その背を支えよう」


 力強いイリディアム陛下の言葉に私は頭を垂れる。そして頭を垂れながらも刀を強く握り締めた。

 もっと高みへ、もっと強く、もっと手が伸びるように。今度こそ、泣いているあの子に届かせるために。



 ――シエラ、必ず貴方に会いに行くよ。貴方の手を取るために。


今回の更新で第二章が終了となります。まずはここまで読んで頂きありがとうございました。

第三章の更新は少しお休みを頂いてから投稿をしたいと考えております。それまで暫しお待ち頂ければと思います。

面白いと思って頂けたらブックマーク、評価ポイント、レビューなど頂ければ嬉しいです。

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