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23:誓った約束

2021/9/30 改稿

「ひ……っ、なに、嫌……光……目が……痛いッ! 来ないで……来ないでぇ!」


 異形の瞳になった片目を押さえてシエラが悶え苦しみ始めた。まるで目が私を見ることを拒絶しているかのようだった。

 あの瞳が魔族になりかけたことで変質した瞳だと言うのなら、私を見ることすらも苦痛だと言うのは理解できなくもない。


 天照によって変質した、魔を祓う魔力を纏っている私は魔族にとって触れられたくもない存在なのだろう。自分の根幹そのものを脅かす存在なのだから。

 だからシエラは狂ったように全力で魔法を解き放つ。炎と風が組み合わさって蛇のような形を象った豪炎が牙を剥く。


 それを大きく振りかぶった上段からの袈裟斬りで切り払う。炎の蛇は私に牙を届かせるまでもなく、私が切り裂いた箇所から霧散して解けていくように形を失っていく。

 砕けた魔法の形質から魔力を引き摺り出しながら、私はシエラへと疾走を続ける。早く、何よりも早く彼女の下に辿り着くために。


「嫌……嫌ァッ! 来ないでェッ!!」


 悲鳴をあげるようにシエラが次々と魔法を繰り出してくる。

 炎の嵐が吹き荒れる。水の鞭が無数に襲いかかって来る。突風で吹き飛ばそうとする。土塊の弾丸で押し潰そうとする。


 けれど私は止まらない。嵐は突きを繰り出して一点から崩壊させ、水の鞭は一つ残らず刀で叩き落とす。突風すらも切り裂いて、土塊はかすり傷をつけるように受け流してただの土へと戻す。

 シエラほどの大規模に魔力を放ってくれると魔力の補充が容易くて助かる。それでもじわじわと私自身からも魔力を引き摺り出すことは止まらない。消費は緩やかにはなってても無限ではない。


「ッ、ァァアアアアアアア――ッ!!」


 疲労感を誤魔化すように声を張りあげる。届かせる、絶対に。逃がしはしない。だから前へ踏み出せ。

 いつもと何も変わらない。ミニリル様と繰り返した修練を思い出せ。あの日、感じた絶望に比べて今はどうだ?

 恐怖は感じない。感じるのは、この状況を生み出した理不尽への怒りだ。


「そんな理不尽で、失ってたまるものか!」


 だから届かせる。絶対に。だから踏み出せ、前へ、強く一歩を踏み込む。

 シエラが後退って距離を取る。だけど全力で疾走している私には及ばない。その距離は狭まっていく。



「いや……っ、助けて……! ――助けて、カテナさんッ!!」



 それは、錯乱から叫んだ言葉だったのか。錯乱だったとしても、シエラは私に助けを求めた。

 恐怖に震え、今にも目を閉じて頭を抱えてしまいそうだ。まるで泣きじゃくっている子供のようだった。


 シエラが泣いている。きっと今だけじゃなくて、ずっとシエラは心の中で泣き続けていたんだ。

 じゃないと魔神につけ込まれるような闇が育つ訳がない。私は、気付いてあげられなかった。今気付いたって遅いのもわかってる。――それでも、手を伸ばすと決めた!


「今、行く! 必ず助けるから、シエラッ!!」


 だから、もっと早く駆けろ私の足。

 動作は最小限に効率良く。極限まで極めた動作は舞いにも等しい。だから舞う。前に進むために、全てを切り裂いてでも!

 進む。ただ無心に進んで、遂に私の間合いにシエラを捉えた。私は力を込め、目を見開く。


「――祓い給え! 清め給え!」


 魔力を天照へと叩き込む。意図して叩き込んだ魔力は天照の光を更に輝かせる。

 それは地平の彼方より昇る朝日のような光、その光は朝露の如き涙すらも切り払う!


「少し痛くても、我慢してね……!」


 引き攣ったような顔を浮かべ、片目を覆い隠しているシエラへと宣言して――私は光の刃を叩き込んだ。



 ――〝神技:都牟刈大刀(つむがりのたち)〟。



 その名は、天照大神に捧げられた剣の名。他の名前をあげれば天叢雲剣、又は草薙剣。

 その伝承に災禍を退けた逸話あり。故に、魔を祓い斬るこの一撃の名を冠するに相応しい。


 禊ぎの一閃がシエラへと放たれる。しかし、実体の刃はシエラの身を傷つけることはなく、掠めるか掠めないかの表面を裂く。

 けれど、光の刃は別だ。それはシエラの身体へと入り込むように浸透していく。


「ア、アァア、アァアアアアアアアアア――ッ!?」


 悲鳴のような絶叫が響き渡る。長く、聞くだけで耳が痛くなりそうな絶叫だ。

 どれだけ響かせていたのか、ようやくシエラの絶叫が収まって蹈鞴を踏むように後ろへと下がった。

 咄嗟に私は手を伸ばしてシエラの手を掴む。するとシエラがこっちを向いた。瞳の色こそ変質してしまっているものの、そこに異形の瞳は存在していなかった。


「シエラ!」

「……カテナ……さん……?」


 私に呼びかけに応える声には、狂気の色はない。ただ呆けたようにシエラは私を見つめ返している。

 そして……私の手がシエラの手を握っていることに気付くと、さっと顔を青ざめさせて勢い良く私の手を弾いた。


「――ッ、触らないで!」


 怯え竦むように自分の手を抱え込みながらシエラがじりじりと下がる。私が距離を詰めようとすると、彼女は懐からナイフを取り出して自分の首に当てた。

 親方から貰った、お守り代わりにしてと言われたあのナイフだ。それを見て私は動きを止めてしまう。うっすらと刃が肌を裂いてシエラの首から血が流れていく。


「……近づかないで、ください……近づけば……死にます……!」

「シエラ……! 馬鹿なことは止めなさい!」

「馬鹿なのはどっちですか!? 私……私、貴方に、こんな酷い真似をして……! なんで助けようとなんてしたんですか!! 私に、助ける価値なんてないのに! 私は、ただの人殺しにしかなれなかったのに!!」


 涙を流しながら、震える声でシエラは叫んだ。その表情には悲しみが満ち溢れていた。


「……アシュガルに何をされそうになったの?」

「……薬を使われました。それをカテナさんにも使おうとして、自分の思い通りに洗脳しようとしたんです。さっきまで、それで頭がふわふわしてましたが……今はハッキリしています」

『……奇妙な魔力の原因は、その薬か? なるほど、だから完全には根付かなかったのか……』


 ミニリル様が思案するように声を漏らす。真偽はわからないけれど、追及するのは後だ。


「……じゃあ、シエラは私を守ろうとしてくれたんじゃないの?」

「……違います。私は、もう許せなくなったんです。ラトナラジュ王国が……!」


 吐き出した言葉には、隠しきれない程の憎悪が込められていた。

 苦痛に堪えて、誤魔化すように微笑を浮かべるシエラの表情はあまりにも痛々しかった。


「私、カテナさんみたいに綺麗じゃないんですよ。私は薄汚れた人間以下の存在だったんです。親に望まれた訳でもない子供だった……!」

「そんな事言わないで! シエラの価値はそんなに低くない! 親が望まなくたって私がシエラの価値を保証する! シエラを大事にしたいと思ってる!」

「私を守ろうとしないでください。カテナさんが私みたいに薄汚れたら、今度こそ自分が許せなくなっちゃいます」


 眩しそうに私を見つめながらシエラがゆっくりと一歩、後ろに下がった。


「……私を救おうとしないでください。もう、私、十分救われてたんです。これ以上なんて贅沢なんです。だって、全部自分で投げ捨てたんですから」

「違う、そんなのシエラの意志じゃない!」

「いいえ、私の意志なんです。ずっと囁く声が聞こえるんです。滅ぼしたいなら、許せないなら、そうすれば良いって。もう、私……我慢なんて出来ないんです」


 儚げに微笑む彼女は、まるで最初の頃の彼女に戻ってしまったようだ。

 でも違う。ただ儚いのではなくて、何か覚悟を決めてしまったようだ。その覚悟がシエラの儚さを増させている。


「私はラトナラジュ王国を許しません。絶対に、あの王国には報いを受けさせます。そうしないと私はもう何も満たされない」

「シエラ!」

「殺していいって、殺すべきだって! そう思う私は、もう貴方とは違う人間なんです! だから私に手を差し伸べないで! 私を救おうとしないで! 貴方まで私の道に引き摺り込んだら……私、死にたくなっちゃいます」


 また一歩、シエラが後ろに下がる。シエラは淡く微笑みを浮かべた。


「カテナさん。貴方に出会えて本当に良かった。嬉しかった。幸せだった。救われていたんです。でも……その喜びも、幸せも、全部、捨てちゃった」


 ぽろぽろと、シエラの目から涙が落ちていく。


「こんな血に塗れた手で受け取れない。それでも貴方は説得するんでしょうね。助けようとして手を伸ばすのでしょうね。貴方がそういう人だって痛い程わかるんです。でも私は、諦めてしまった。逃げて、逃げて、結局正しいことなんて何一つ出来なかった」

「間違ってるなら正せば良い! これから償うことだって出来る!」

「そうですね。だから……私はラトナラジュ王国を滅ぼすんです。あの国は滅ぶべきだと、それが私の思う正しさだからッ!! それが誰に許されなくても構わない! どれだけ人が死んでも、絶対に壊すんです……!!」

「……それは本当に貴方の意志なの?」

「そうですよ……」


 私の問いかけにシエラは困ったような微笑を浮かべる。先程、斬り裂いて祓った筈の気配が揺らめくのを感じる。

 なんとなく、その魔神の気配がこちらを嘲笑っているかのように思えて仕方ない。


「しつこいわね、それなら何度でも消し去って……!」

『無駄だ。あの娘が闇を手放せぬ限り、魔神の囁きから逃れることは出来ん』


 ミニリル様が警告するように私に告げる。その言葉に私は強く歯を噛みしめてしまう。

 それじゃあ、シエラが救いを求めてないってことじゃない。全部、シエラが自分の意思で決めてしまったことってことじゃない。そんなのって、あまりにも……。


「……カテナさん、わかってるんです。貴方がきっと痛い思いをしてまで私を止めたいと思ってるのも。少しぐらい自惚れてるかもしれませんけど」

「……自惚れてなんかいないよ。約束したでしょ? どんなに間違ってても、シエラが一人前になるまで見守るって……」

「……だから、です。私、約束を破る悪い子です。ずっと、許さないでください。私の邪魔をしても良いです。貴方は、私が憧れた正しい人でいてください。貴方に殺されるなら……私、受け入れられますから。私を救いたいと思うなら、それしかないと思ってください。全部終わったら、この命を捧げたっていいです。これが最初で最後のワガママにしますから」


 シエラが涙を流しながら満面の笑みを浮かべる。また一歩、距離が離れていく。


「この国に来ることが出来て、本当に幸せでした。私は、貴方のことが本当に大好きだったんです、カテナさん。――だから、さよならです」

「――さよならなんか、私は言わない!!」


 去ろうとしているシエラに向けて、私は声を張りあげる。


「シエラが復讐したいっていうなら、私はそれを止める権利なんかない。それだけシエラが苦しめたのはラトナラジュ王国だから。私だってラトナラジュ王国がどうなろうと、所詮は他人事にしか思えない。――それでも、私はシエラを助けにいくよ」

「……カテナさん」

「だから私は、貴方を止めない。でも、さよならも言わない。貴方がラトナラジュ王国を滅ぼそうとするなら全力で止める。それはラトナラジュ王国のためなんかじゃない。ただ、私の友達であるシエラのためだ! どんなに貴方が望まなくても、拒絶されても、私は私のワガママで貴方を救うと決めてるんだ!」


 今、ここでシエラを説得しても止められない。シエラの心の闇の源はラトナラジュ王国の在り方にあるのだから。

 私は政治なんてよくわからないし、関わるつもりもなかった。でも、それが友達を苦しめるというのなら、道を踏み外させるというのなら話は別だ。


「……貴方は卑怯な人ですね。カテナさん」


 シエラは堪えられないと言わんばかりに声を震わせて、首に添えていたナイフを下げる。

 駆け寄りたかった。そのまま抱き締めて、全力で慰めたかった。それでもシエラは受け入れないだろう。

 一度、火がついてしまった復讐心をそれだけで宥められるのなら、きっと私たちは道を違えようとしていないのだから。


「今の私に貴方を止めるだけの言葉は言えない。だから……またね、シエラ。どうせすぐに再会するだろうけど」

「貴方が言うと、本当にそうなりそうですね……カテナさん」

「うん」

「私はそれでも、もう貴方に会いたくないですよ。醜い私なんて、もう見せたくないから」

「それでも私は自分のワガママを押し通すよ」

「……本当に優しくて、同じぐらい酷い人ですね」


 シエラは涙を流しながら笑ってみせた。次の瞬間、私たちの間に目を開けてるのも難しい程の風が吹き荒ぶ。咄嗟に閉じた目を開いた時、そこにシエラの姿はなかった。


「――私は、絶対に諦めない女だからね。覚悟しておきなよ、シエラ」


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