22:祖は、天に昇りて全てを照らす光なり
――〝刀技:荒波〟。
シエラの放った炎の渦に向けて水の鞭を振るって掻き消していく。このままでは建物にまで火がついてしまう。
しかし、それでも火の勢いは強くて消しきれない炎が溢れ出してしまう。炎はシエラの傍にいたアシュガルの身体にも燃え移ってしまっている。あれは、もう間に合わない。
腰を抜かしてしまった通りすがりの女子生徒はリルヒルテが風の魔法を使って退けることで守っている。その傍にレノアも駆けつけてきてくれていた。
そんな二人を見て、私は叫んだ。
「二人とも、その助けた人を連れて他の生徒に避難指示と、それから増援を呼んできて!」
「カテナさん!? ですが――」
「このまま火事にでもなったら目も当てられない! 私がシエラの相手をするから! シエラをこのまま放置したら、もっと人が死ぬわよ! シエラに人を殺させるつもり!?」
異論は聞かない、と言うように私は一気にシエラとの距離を詰めようとする。
私の接近に気付いてシエラが炎の矢を連射してくるけれど、それを水の鞭で叩き落としていく。
舞い踊るように水の鞭を振るいながらシエラの懐へと飛び込もうとする。けれど、シエラは接近を嫌うように大きく跳躍した。
その先は中庭へと続いている。中庭まで躍り出たシエラは大きく叫んだ。
「来ないで……偽者が、私に近づかないでェッ!」
彼女が両手を大きく広げると地面が持ち上がり、石塊の弾丸が私に向けて射出された。
私は跳ねるようにして石塊の弾丸を回避するも、無数に打ち出された石塊のせいでシエラに近づくことが出来ない。
「質量がある攻撃は回避し難い……!」
泣き言も言ってられないんだけどね! こんなの無差別に振るわせて良い力じゃない。とにかくシエラを止めなければいけない。
――でも、どうやって?
その疑問が私の踏み込みを甘くさせていた。シエラを止めるとして、どうすれば良いのか?
シエラは魔族になってしまった。見るからに発狂して、認識も狂っている可能性すらある。
説得? 聞く耳を持つ様子はない。意識を奪う? でも、目が覚めたらシエラが正気になっている保証はない。だったら……。
『カテナ』
「……うるさい、黙ってください。ミニリル様」
『あの娘、様子がおかしいぞ』
「そんなの見てわかります!」
『そうではない! 話を聞け! あの娘に奇妙な魔力の澱みがあるのだ!』
「澱み?」
シエラが石塊では私を捉えきれないと判断したのか、今度は水を操って水の鞭を繰り出してくる。
無数に迫る水の鞭を刀に纏わせた水の鞭で迎撃する。その間にも私はミニリル様の声へと耳を傾ける。
『魔族が自身の身体を魔力で変質させているのはお前も知っているだろう? あの娘の魔力は……なんというか、完全には根付いてはいないようだ』
「根付いてない……じゃあ!」
『その澱みを払えば正気には戻せるかもしれん』
「だったら――!」
『――正気に戻せる〝だけ〟だ』
冷静にミニリル様は事実を突きつけてくる。一瞬、希望を見出しかけていた私を諫めるかのように。
『……魔族は、なってしまえばもう戻れない。根付いていないだけで、あれはもう魔神の子よ』
「……」
『確かに今は正気ではない。だが、正気に戻した所で魔神があの娘を見出したものまでは変わらない。それでも助けたいと、正気に戻したいと言えるのか? 結局、また同じ狂気に飲まれるやもしれぬのだぞ?』
「――だとしても!!」
シエラの放っていた水の鞭の群れを風の刃で一刀両断する。水滴が無数に跳ねて私を濡らす。それでもシエラから視線を逸らすことだけはしない。
私を遠ざけようと、憎らしいと言わんばかりの瞳で睨み付けてくるシエラ。それが正気でないと言うのなら、私のやるべき事はただ一つだ。
「それでも、私はシエラを助ける」
『――……』
「約束したんだ。どんな間違いを犯しても、私が一緒にいるって。正気に戻っても、今度こそ正気のまま魔族に堕ちてしまっても! 例え、それでも! あの子とした約束を破るつもりは私にはないッ!!」
シエラの意志を確かめないまま、このまま仕方ないからで終わらせてたまるものか。
結果的にシエラを傷つけることになったとしても。どうしようもなくて彼女を魔族として殺さなきゃなくなったとしても。
自分の決めたことを一度でも曲げたら、私は胸を張って立っていられない。だから約束は破らない。諦めてなんかやらない!
「ミニリル様、アレを使います」
『……今度は本当に隠しきれんぞ』
「構いません。それが……友達のためなら! 私は躊躇わない!」
シエラが突風を巻き起こして私を吹き飛ばそうとする。その暴風の中、地面を強く踏みしめて堪える。
構えた日本刀で風を裂く。そして裂いた風から魔力を引き摺り出し、何度も引き裂くことでシエラの魔力を自分の魔力へと変換していく。
それでもシエラの猛攻は止まらない。こうも距離を取られて攻撃され続けると耐えるしかない。相手の力が尽きるのを待つという手もあるけれど、それじゃあ間に合わない。
きっとシエラは苦しんでいる。何があったのかは正確にはわからないけれど、心を乱してしまうような事があったことは間違いない。だから魔神に魅入られるようなことになってしまった。
「なら、私はその苦しみそのものを断つ!」
約束は必ず守るよシエラ。それがどんなに悲しい結末にしかならなくても、貴方から目を逸らすことだけは絶対にしない。
私の守りたいものはこの手の届く範囲だ。だから、この手が伸ばせる内は絶対に諦めない!
「――我、神に奉上奉る! 神の器、その名と真価をここに示さん!」
刀身に指を這わせ、魔力を込める。そして日本刀に刻んだ〝真の名〟を呼び起こす。
神器の名は神の御技そのものに等しく。神器と化した日本刀には魔力の性質を変質させる加護があるけれど、それは真の価値ではない。むしろ、加護こそが副産物とも言えるものだ。
その名は、魂の故郷とも呼ぶ国を象徴するものであり、その象徴を司る神の名。
神の器となる、異界の神の名を冠したもの。この世界でも変わらず最も眩しきものを司る、その名は――。
「――〝天照〟!!」
天を照らす太陽を司る女神。その名を与えられた刀が白い光を纏った。
日昇れば闇の在処はこの世にあらず。転じて、それは魔を祓うもの。その器が刃であれば、それは祓い断つものとなる。
これこそがヴィズリル様に認められた私の日本刀、〝天照〟だ。
「はぁぁあああ――ッ!!」
光を纏った刃がシエラの放った風を一刀両断し、祓い飛ばす。
一気に無風へと変わったことにシエラが目を見開かせた。驚いたように蹈鞴を踏んで、後ろへと下がっている。
(キツイんだって、これ……!)
一方で、私は顔を顰めていた。
天照の解放は、その神器の性質を全開にするのに等しい。つまり〝どんな魔力〟も祓う力に変えてしまう。
それは私の魔力とて例外ではない。故に〝全ての魔力の性質を天照の性質へと転じさせてしまう〟諸刃の剣でもある。
だから天照は今この瞬間も貪欲に私の魔力を吸い上げている。絶対無敵の刃であることは疑わないけれど、その刃はあくまで刃でしかない。
「つまりは……近づかなきゃ意味がないってことだ!」
天照の解放中は身体強化ぐらいしか魔法が使えない。多少、刀身を光で延長させることは出来るけれど燃費は最悪だと言いたくなるぐらいに悪い。
だからこそ、こっちが魔力を祓って取り込むことでおつり来るぐらい力のある相手じゃないと逆にこっちが自滅しかねない。
我が傑作ながら、融通が利かないじゃじゃ馬で笑いが出てしまう。でも、魔を祓うという一点において私が疑ったことがない奧の手だった。
「シエラァ!!」
今、貴方の傍まで行くから。貴方と交わした約束を守るために。
魔が差して道を誤ったというのなら、その魔ごと祓って貴方を連れ戻してみせる!
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