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16:王城の庭園でお茶会を 後編

「兄上が僕たち……側室の母の子である僕たちを避けているのは僕が兄上に言ってしまった言葉が原因なんだと思う」

「何を言ったんですか?」

「……妹を取らないでくれ、って」


 ラウレント殿下の言葉につい私は頭の上に疑問符が浮かべてしまった。それはリルヒルテやレノア、クララ殿下とカルル殿下も同じだった。


「昔は兄上も僕とよく遊んでくれた優しい人だったんだけど、ある日を境に兄上とは疎遠になってしまったんだ。その切っ掛けだと思われるのが妹を取らないでくれ、って兄上と喧嘩になった事だと思う」

「私たちを取らないでって……」

「どういう事?」

「くだらない嫉妬だよ。僕の妹なのに兄上にばかり懐いてるような気がして……子供だったんだ。だけど、子供だからって言っていい言葉と言ってはいけない言葉がある。兄上に言ってしまった言葉は言ってはいけない言葉だったんだ」


 思わずリルヒルテとレノアの顔を見る。何か知ってる? と視線で問いかけてみても初耳だと言わんばかりに首を左右に振っている。


「知らないのも無理ないよ。僕は母から強く口止めをされていたし、公に触れ回ってはいけない話だ。……兄上が、クリスティア様に妹が欲しいとせがんでしまったらしいんだ。僕と喧嘩になったせいで」

「あぁ……」

「それは……」

「……なるほど」


 私、レノア、リルヒルテの順に呻き声を漏らしてしまった。

 クリスティア王妃の子供に関する話題は半ばタブーになっている。ベリアス殿下を授かることも遅く、難産だったためにベリアス殿下以外の子供は望めなかった。

 そのため、イリディアム陛下は側室様を迎えてラウレント殿下たちを授かった。そんな背景がある中で起きてしまったこの一件は、子供の喧嘩と言えば些細なことなんだけど一切笑えなくなってしまう。


「あれほど母に酷い剣幕で怒られたことはない。それからだよ、兄上と疎遠になってしまい、妹たちにも寄りつかなくなってしまった。空いてる時間は鍛練に勉強、とにかく鬼気迫る様子で王子としてあろうとするようになってしまった」


 ラウレント殿下は後悔が滲む表情で小さく呟いた。それを聞いたクララ殿下とカルル殿下は何と言って良いのかわからないという顔になっている。


「……私たち、ずっとベリアスお兄様に近づいてはいけないって」

「嫌われてるからだと思ってたけど、違うの?」

「それは違う。でも、ごめんね。ちゃんと説明出来なくて。それに説明しても二人が悪い訳じゃないから、それならいっそ知らない方が良いかと思って……」


 原因となってしまったのは姫様たちだけど、そんなの姫様たちに言っても仕方ないというのはわかる。

 でも、理由もわからず嫌われているとずっと思い込んでいたのもまた可哀想だ。なんともままならない話のように思えてしまう。


「兄上を王子として、次期国王であるために苛烈にさせてしまったのは僕のせいだ。そう思えば思う程、兄上には近づけなくて……」

「……お辛かったのですね」

「僕の辛さなんてどうでも良い。自業自得だからね……ただ兄上と向き合えず、妹たちにも何も打ち明けられなかったのは不甲斐ないと思ってる。だから僕が言うのもおこがましいとは思うんだけど、カテナ嬢には感謝してるんだ」

「はい? 私に感謝?」

「兄上は変わった。その切っ掛けはカテナ嬢だと聞いている。だから本当にありがとう」


 ぺこりと頭を下げて言うラウレント殿下に私は慌てふためいてしまう。


「お、王子ともあろう方が簡単に頭を下げてはいけませんよ?」

「それでも伝えたかったんだ。兄上は立派な人だけど、とても危うくなってしまった。誰も寄せ付けず、懐に入れない。僕も拒絶されたらと思うと足が竦んで顔もまともに見れなかった。でも、最近の兄上は周りの人を受け入れ始めてる。それは僕が兄上に失わせてしまったもので、本当だったら僕が何とかしなきゃいけない事だったんだと気付かされたんだ」


 眉を寄せて、痛みに堪えるような表情を浮かべながらも毅然としてラウレント殿下は自分の思いを口にする。


「貴方が気付かせてくれた大切な事と向き合いたいと思ってる。だからちゃんとお礼がしたかったのと……僕は、あまり気が強い方ではなくてね。こうやって回り道をして自分を奮い立たせないと兄上とは向き合えそうにないんだ」

「……それでも立派だと思います。目を逸らしたい失敗でも、それでも向き合うとすることは何も悪いことではありません」

「ずっと目を逸らしていたとしてもかい?」

「良くあろうとしても、必ず結果がついてくるとは限りません。時には運の巡り合わせもありますし、終わってみなければわからないこともあります。だから私たちは迷ったり、足踏みをしても最後まで進んで行く必要があると私は思います」

「……痛み入るよ、君の言葉は染み入るかのようだ。流石、神子に選ばれたというのは伊達ではないね」

「ご冗談を。それに神子なのはラウレント殿下も同じではありませんか」

「僕は凡人だよ、たまたま王家の血を引いてるだけのね。祭り上げられるような実績なんて何一つない。兄上がご健在であるならば、僕の王家の血は何の価値もないし、これからもそうであって欲しいと思ってるよ」


 ……真面目で良い子だな、ラウレント殿下。なのにすれ違っているのは、何とも悲しい話だ。


「であれば、ラウレント殿下の役割はとても重要ですね」

「え?」

「ベリアス殿下は頭の硬い頑固者ですから。そして優秀な分だけ全部自分でやってしまうのが早いと思ってしまうような面もあります。でも、それではいけません。ベリアス殿下の足りない部分を埋めるのがラウレント殿下のお役目です。どうか、その凡人であるという意識のまま、お支えになる努力を続ければきっと貴方の思いは報われると思います」


 天才には凡人の気持ちがわからないし、また逆も然りだ。それでも言葉を交わし、考えを共有することが出来るなら、それは人を束ねて導く上で大事なことに繋がると思う。

 ラウレント殿下にはベリアス殿下のような強さはなくても、ベリアス殿下が持つことのない弱さを得ることが出来る。その弱さはきっと、多くの人を共感させると思う。だからこそ、きっとベリアス殿下にはラウレント殿下が必要なんだと思う。


「誰もがベリアス殿下にはなれませんし、ベリアス殿下が有象無象の凡俗に落ちることも許されません。なれない物にはどう足掻いたってなれません。だから、代わりに考える頭があれば良いと私は考えます」

「……ふふっ、凡人であることを利用しろって? 成る程、そうか……それで兄上の力になれるなら、凡人であることも悪いことじゃないのかもしれないね」


 そう言って笑うラウレント殿下は、まるで憑き物が落ちたかのようだった。

 すると、何か意を決したようにクララ殿下とカルル殿下が私に声をかけた。


「ねぇねぇ、カテナさん?」

「私たちも、ベリアスお兄様の役に立てるのかしら?」

「えぇ、お二人にしか出来ないことがありますよ」

「「私たちにしか出来ないこと?」」


 揃って首を傾げるクララ殿下とカルル殿下に笑いかけながら、私は言った。


「頑張る兄を褒めて、甘えてあげるのは妹として大事なことですよ。ベリアス殿下のことをうんと褒めてあげてくださいね、クララ殿下、カルル殿下」


 私の言葉に目をぱちくりとさせるクララ殿下とカルル殿下。ラウレント殿下は何かツボに嵌まったのか、目尻に涙を浮かべながら笑い声を零した。


【余談】

後日、飛びつくように強襲してきたクララとカルルに褒め倒されて、珍しく狼狽するベリアスが王城で目撃されることとなる。

そして、長らく目を合わせていなかったラウレントと目を合わせてぎこちないながらも挨拶を交わす姿も。

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