14:ベリアス殿下、企てる
「――成る程、では暗殺するか」
「ちょっと待って」
ベリアス殿下、開幕からいきなり飛ばさないで欲しい。
もう慣れたようにラッセル様経由でベリアス殿下を呼び出してもらった。密談の場所は今はお休み中の研究室だ。ここ、密談するのには便利なんだよね。
そして事情を説明した途端、ベリアス殿下からいきなり物騒な言葉が飛び出たのでツッコミを入れてしまった。
「冗談だ。頭には来ているが」
「貴方も冗談が言えるのね……」
「本心では真面目に考えている。なので、冗談ということにしておこう」
ヤバい。やっぱり冗談を言えるような奴じゃないよ、ベリアス殿下。
「俺は妹たちに嫌われているが、俺のようにあまり政治的なことには囚われずに相応しい相手と円満な結婚をして欲しいと思っているからな」
「殿下、嫌われているというのは誤解というか……ただのすれ違いですので姫様たちとは一度、お茶でもしてください」
リルヒルテが額に手を当てながら呻くように言う。すると罰悪そうにベリアス殿下は顔を背けた。
「……追々、考えておく。それにしてもリルヒルテ、水臭いぞ。元を辿ればお前も関係しているのだ。何故もっと早く相談しなかった?」
「っ、それは……」
「少し前まで俺は信用に値しなかったと思うが、それでも父上や母上に申し出ることも出来た筈だ。まさか、そこまで執心されてるとはな」
「……陛下たちや家を煩わせる必要はないと思いまして」
「結果として迷惑を被っているのはお前の友人だぞ? それは良いのか?」
リルヒルテははっとして顔を上げた後、悔しげに歯を噛みしめて拳を握った。
「ちょっと、ベリアス殿下。リルヒルテは悪くないでしょ、悪いのは諦めの悪いアシュガル殿下じゃないの?」
「あぁ、そうだ。だが腐っても奴は王族だ。だからこそ厳粛に対処しなければならない。リルヒルテの対応では甘いと言っているのだ。それはアシュガル王子の非とはまた別の話だ。出来ることがあるのに万全を尽くさずしてどうする?」
「……仰る通りです。もっと早く打ち明けるべきでした」
「万が一、お前を難癖でもつけられて奪われていたら悲しむのは妹たちであり、お前の家族だ。無論、そんな事は誰もが許さないだろうが……王族の強権を発揮された場合、お前だけでどうにか出来る話ではあるまい」
「はい……」
「何かを守るために己の身を投げ捨てるのは愚か者のすることだそうだ。……俺が叱らずとも、知れば怒る者がお前の隣にいるだろう」
私は思わずベリアス殿下を見てしまう。ベリアス殿下は私に視線を向けていたので、あの魔族と相対した時の話をしているんだろうなって思ってげんなりしてしまう。
あと見透かされてるというか、言い当てられてるのも気に入らない。確かにリルヒルテが困ってて、それを一人で抱え込むようだったら叱ってただろうけど。
「しかし……問題は、この問題がたかがと言ってしまえる話でもあるのだがな」
「たかがですって?」
「別にアシュガル王子が手段を選ばずに妹たちやリルヒルテを手に入れようとしている訳ではない。強引ではあるが、あくまで口説いているだけだと言うのならば掣肘するにしても理由が弱い。奴からの干渉を断つならば、奴が言い訳のしようもない条件できっちり決着をつけさせるべきだ」
「すっぱり姫様とリルヒルテを諦めろって?」
「あぁ。だが、口で言っても聞かんだろうな。奴とて退けない理由がある」
「王位継承問題ねぇ……姫様かリルヒルテを嫁にすれば上手くいくと思ってるの?」
「行く筈もない。悪手を繰り出しすぎてるからな。だが、それだけの後ろ盾でなければ我が身が危ういと見ているのだろう。奴はラトナラジュ王国の保守派だからな」
「保守派だと我が身が危ないの?」
「ラトナラジュ王国の王室は最早末期だ。従来のやり方では遅かれ早かれ潰れるとみている。そうはならないように次の芽を育て、見極めるためにも我が国はかの国の留学生を受け入れている。アシュガル王子については根っからの保守派で、はっきり言って見込みなしだ。それでも穏便に国に返さねば難癖をつけられかねないからな……後はこちらが保守派を預かることでラトナラジュ王国内の改革派が動きやすくなるという目的もある」
「改革派ってやっぱりいるのね……」
「国を憂う者はどの国にもいるさ。それに現王もかなりの高齢だ。王位継承も視野に入れなければならない時期が来ている。流れを変えるならここだ。だが、その流れに乗るのに不都合なものもいる。アシュガル王子のように、な」
「その改革派にどうにかしろって言うのも無理なの?」
「下手に動けば国王に目をつけられる。国王自らが保守派の筆頭と言っても過言ではないから、改革派に今動いて貰ってはこちらとしても困る。ラトナラジュ王国は国内での王権が強すぎるからな」
それじゃあ、やっぱりこっちで起きている問題はこっちで解決するしかないって事か。本当に面倒だなぁ。
「……で、結局どうやってアシュガル殿下を諦めさせる? って話に戻る訳だけど」
「なまじ腕が立つのが厄介だな。武の腕だけで競うなら俺とて確実に勝てると言えん相手だ」
「そこは認めてるんだ」
「あぁ、だからこそ最初に思い付いたのが暗殺なのだがな。別に正攻法で仕留める必要はない」
「怖いから止めてよ……冗談じゃないんでしょ?」
「取り得る手段を模索するのは王族の仕事だろうが。ただ、暗殺で死なれてもウチで預かってるから難癖はつけられるだろう。隠れてもらうとしても最後の手段だな」
淡々と暗殺も視野に入れてるの怖すぎるんですけど。ベリアス殿下、やると決めたら本気で実行する。私も暗殺されないように気をつけないと。もうちょっと敬っておこう……。
「……いっそ、あの鼻っ柱を折れれば良いのか。それこそが奴の自信の源だろうからな」
「つまり決闘でもして負けさせろってこと?」
「あぁ。はっきり言って奴は王族と言っても、武の腕を除けばそこそこ優秀の出来でしかない。逆にそこさえ折ってしまえば奴に誇れるものは何も残らない」
「でもベリアス殿下でさえ厳しいという相手に勝てる人なんて……」
……皆の視線が私に集中した。私は皆を見渡した後、一歩後退った。
「……なんでそこで私を見るの」
「甚だ遺憾ではあるが、俺は貴様には勝てん。つまりアシュガル王子にも貴様は勝てるだろう」
「そこはほら……ラッセル様とか!」
「私もベリアス殿下とは良い勝負が出来る程の実力しかありませんが」
「準神器抜きでな。まだまだお前から教わることは多い。あまり謙遜してくれるなよ、ラッセル」
溜息交じりにベリアス殿下が言うと、くすぐったそうにラッセル様が曖昧な微笑を零した。
「それに正規の騎士に負けたらそれも言い訳にされてしまうのではないですか?」
ぐぅっ、レノアの言うことも一理ある……! 仮にラッセル様とアシュガル殿下が決闘して負けたとしても、あの手この手の理由をつけて煙に巻きそう!
「学生でアシュガル殿下と決闘して勝てそうな人はいないんですか?」
「…………いるにはいるが」
「いるんじゃないですか!」
「貴様の兄だぞ?」
「…………あぁー」
思わず残念な声が漏れてしまった。そっか、兄様かぁー。
「まず、兄様が決闘するって時点で〝勝ち〟を確信してからじゃないと受けないじゃないですか。勝敗のその後のことも考えて、八百長を含めた裏工作をすることに躊躇いがない人ですよ」
「ザックスは武人としての拘りはありませんからね……本当、そういう所はカテナ室長とザックスはそっくりだと思います」
兄様が聞いたら「一緒にしないでくれ!!」って全力で叫びそうな呆れ方をしないでください、ラッセル様。
うん、だから決闘で実力差を示して心をへし折るという意味では兄様はダメだ。あの人はそもそも戦う気構えすら丸ごと根絶やしにする人だ。
兄様は〝戦いに勝つ〟ためじゃなくて、〝何が何でも自分が生き残る〟ための実力だから強いことを誇示したがらないし。
「純粋な実力だけで奴の心をへし折るのに適任なのは貴様だ、カテナ」
「確かに、かなり私のことを侮ってるみたいだし……まぁ、私が手酷く折れば大人しくなるのかな。でも、他国の王族を負かしたなんて絶対に目立つじゃない?」
「……任せておけ。そこは俺が状況を整えてやる」
そう言ったベリアス殿下の表情を見た私は思わず思った。こいつの将来の称号、絶対に魔王とかそういうのだ、と。
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