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13:斜陽の王国

2021/06/19 改稿

「求婚……?」

「両国の良い関係のためにガードナー侯爵家のご令嬢であるリルヒルテ嬢には愛を求めているのだが、色良い返事を貰えなくてね」

「その話はお断りします、とお伝えした筈ですが?」

「それは残念だ。だが、まだ私がこの国に留まる時間はある。心変わりをして頂けることを切に願っているよ、リルヒルテ嬢。シャムシエラに声をかけたのも、ただ君と上手くやっているのか聞きたかっただけなのだ。見ての通り、逃げられてしまったがね。本当に失礼な妹だ」

「……逃げられるようなことをしたからなんじゃないの?」


 思わず言葉が出てしまった。すると、今まで私に興味がなかったと言わんばかりだったアシュガルが私へと視線を向ける。


「失礼、君は?」

「……カテナ・アイアンウィル」

「……あぁ、最近何かと噂が絶えない成り上がりの男爵家の。君がそうなのか」


 鼻で笑うようにアシュガルは息を吐く。それから大袈裟に肩を竦めて見せた。それから私を舐め回すように見てから、アシュガルはリルヒルテへと視線を移す。


「リルヒルテ嬢。友人は選ばれた方が良いかと、このような品位と礼儀に欠けた貴族あるまじき者は貴方とは釣り合いが取れない。不釣り合いな関係はお互いに不幸を招くことでしょう。お優しい貴方のことだ、きっとわかって頂けると思っていますよ。貴方が付き合うべきなのは、私のように共に未来を語れるような者だとね」

「……ご忠言、ありがとうございます。今後の参考にさせて頂きます。では、シエラさんを連れて下がらせて頂いても?」

「……ふぅ、どうやら不興を買ってしまったようだ。ここは私の不始末ということで引くとしましょう。次はゆっくりお茶でも嗜みながら語り合いたいものです。それでは、王女殿下方にもよろしくお伝えください」


 キザったらしく一礼をしてアシュガルは取り巻きを連れて去っていった。その背中が見えなくなった所で、シエラの足から力が抜けたように崩れ落ちそうになる。

 咄嗟にシエラを支えるけれど、顔色が悪くて小刻みに震えている。そんな彼女を落ち着かせるように手を握る。


「……っあんの男ッ!」


 リルヒルテのものとは思えない悪態が聞こえて振り返ってしまう。そこには鬼の形相を浮かべて歯ぎしりをしているリルヒルテの姿があった。


「いつもいつも、私の姫様たちの前にフラフラと、挙げ句私にまで擦り寄ろうとしてきて……!」

「……レノア、もしかしてリルヒルテとあのアシュガル殿下って面識があったの?」

「はい。アシュガル殿下は姫様方に婚約を熱心に持ちかけているので、王城ではちょっと有名なのです」

「成る程。……ん? 待って、姫様〝方〟?」

「双子で仲も良い姫様たちですから……その、引き離すのは忍びないということで両方娶りたいと言っているのです」


 思わず頭の上にたくさんの疑問符が飛ばしてしまう。ちょっと、レノアが何を言っているのかさっぱりわからない。


「そして姫様たちと仲が良く、将来的に専属護衛を希望しているお嬢様も共に娶れば共にいられると宣っており……」

「……いや、うん? うぅん? 控え目に言って頭がお花畑なの?」

「どうなんでしょうか。いまいちあの方の思考は読めないので……」


 困り果てた、と言わんばかりの表情でレノアが溜息を吐いている。それはリルヒルテだって鬼の形相にもなるよ。

 するとリルヒルテが少しは落ち着いたのか、深く溜息を吐きながら低い声で言った。


「……別にあの方は私たちに思いを寄せているから婚約を求めてる訳ではありません。グランアゲート王国の王族、その王族の盾として名高いガードナー侯爵家の縁者を求めているというだけです」

「それは……野心家というか、なんというか……」

「そうせざるを得ない、というのは理解出来なくもないのですが……」

「? そうせざるを得ない理由?」

「王位継承問題です。ラトナラジュ王国の王位継承は代を重ねるほどに苛烈になってますから」


 リルヒルテの言葉に反応したのはシエラだった。俯いた彼女は縋るように私の手を強く握った。


「当然ですが、国王になれるのは一人だけです。そのため自分が王に相応しいと認められるだけの力を示す必要があります。では、国王になれなかった他の王族はどうなると思いますか?」

「……ごめん、わからないや。どうなるの?」

「国王に忠誠に誓わぬ者は即座に処刑されます。自分を脅かす者に対しては特に苛烈ですからね。あの国では血の繋がりなど、情のあるものではないのです」

「酷いね……」

「えぇ。そして国王に忠誠を誓う際に人質として妻や伴侶を捧げることもあると聞いています」

「はぁ? そんな所に誰が嫁ぐって言うのさ?」

「……かつては違ったのです。愛と情熱の国、魔物の脅威も少なく、戦地から逃れるように嫁いだ時代もあったのです。ですが、今のラトナラジュ王国は自分が育て上げた苛烈さで国を傾けさせているのです。姫様たちだって断固としてアシュガル殿下との婚約は拒否していますし」


 姫様たちとは面識はないけど、自分の国の王女様が不幸な目に遭うような所には嫁いで欲しくないという程度の思いはある。

 アシュガルはどう見たって態度こそ取り繕ってるけれど、腹の底では人を蔑むような奴にしか思えなかった。国の事情を聞いても駒以上に扱われるとはとても思えない。


「……まぁ、姫様たちが婚約を断固拒否したのはアシュガル殿下がお嬢様を貶したというのが一番大きいですが」

「貶した?」

「……悔しいですが、アシュガル殿下の実力だけは確かなのです。一度、姫様たちの前で手合わせということで剣を合わせたことがありましたが、見事に負かされまして」

「アシュガル殿下としては己の強さをアピールしたかったのでしょうが、女子に勝っても誉れになどなりません、などとキザったらしく言った挙げ句、お嬢様に軽率に触れたのを見て口を揃えて、アレは無理! って拒否したんです」

「……残念な人だなぁ」


 あまりにも価値観がズレてしまっている。環境や国の違いもあるんだろうけど、仲良くは出来なさそうな人だ。


「で、アシュガル殿下は諦めてないの?」

「あちらも退くに退けないのでしょう。見ての通りの人ですから、自分が国王になれないなどと認められる器量なんて持ち合わせていません。私や姫様を得ての後ろ盾がよほど魅力的なのでしょう」

「……自分の進退は親にまで影響します。それが争いが苛烈になる理由でもあります」


 ぽつりと、今までずっと黙っていたシエラが口を開いた。身体の震えは少し収まったけれど顔色は悪いままだ。


「国王が交代すれば国王の妻だった者たちも後宮にはいられなくなります。場合によってはそのまま放逐される可能性もあるので、生き残りをかけて必死なんです」

「……もう、なんていうか国の在り方そのものを改革しないと駄目なんじゃないの? ラトナラジュ王国」

「国が改革に耐えられる体力と資源があるのか、と問われれば……瀬戸際なのでしょうね。昔は我が国ほどでもなくても鉱物資源もあったんですよ。特に宝石は今でも高値がつくほどです。ですが、もう掘り尽くしたとの噂も流れていまして……実際に宝石の輸出量は減少傾向にあります」

「他に何かないの? 外交に使えそうなものって……」

「誇れるとしたら魔物の襲撃も少ないことですが、土地そのものも痩せてきているのでなんとも。その所為で身分がある者とない者とでは貧富の差が激しくなっているとも聞いていますし……」

「うわぁ……なんというか、救えないなぁ……」

「だから私の一件がなくても姫様たちの嫁入りなどイリディアム陛下も考えてはいないのですが……破れかぶれになって戦争でも仕掛けられたら状況が混沌としてしまいます。ラトナラジュ王国は様々な縁が深すぎて下手に手が出せません。ある意味、そうならない為にラトナラジュ王国には持ち直して欲しいんですけどね」

「……だとしたらアシュガル殿下には国王にはなって欲しくないわね」


 見た感じ、国王になって今までの風習や状況を変えられるような器量は感じなかった。


「私たちが何か出来る問題ではないと思うけど、かといってまたシエラに絡まれたら困るわね」

「選択している科も異なりますから、なかなか傍に居続けるのも難しいですね……」

「あちらが王族だと言うのも厄介です。下手に止めに入って問題にされても困ります」

「……兄が、いえ、アシュガル殿下が本当にすいません……」


 シエラは見ているこっちの方が悲しくなってしまうぐらい肩を窄めて小さくなってしまっている。


「私がもっとしっかりしてれば……ただ、どうしても兄上たちを前にすると身体が震えて……」

「シエラ……」

「逆らってはいけない、目立ってはいけない、目をつけられてはいけないって……ずっと、ずっと抑え付けられて……でも、もう私はラトナラジュ王国の王族じゃないんです。必要以上に怯えなくても良いのに……身体が……どうしても……私……私は……」


 シエラの様子にラトナラジュ王国への蟠りが募るばかりだった。シエラが国を捨てて良かったと思える程だった。


「……そもそも、なんでアシュガル殿下はシエラに接触しようとしたの? いや、予想はつくけど」

「私がリルヒルテ様と一緒にいる所を見て、協力しろとでも言うつもりだったのかもしれませんけど……」

「シエラさんはもうラトナラジュ王国の王族ではありません。払うものは払っている以上、アシュガル殿下に従う必要なんてありません!」


 再び鬼の形相になったリルヒルテが瞳に怒りの炎を灯しながら言った。

 しかし、困ったな。流石に相手が王族となると、私たちが下手に動くのは得策じゃないような気がする。


「……気は進まないけど、ベリアス殿下に相談しよう。下手に王族相手に私たちが動いても良くなるとは思えないし」

「……はぁ、それしかありませんか」


 リルヒルテは憂鬱だ、と言わんばかりに眉間に指を添えて深く溜息を吐くのだった。


  

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