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12:迫る騒乱の気配

2021/06/19 改稿

 学院の演習場の一つ、そこで剣戟の音が高らかに鳴り響いた。


「はぁ――ッ!」


 気合いの入った一声と共にレノアが刀を振るう。その軌道を先読みして回避する。

 私の回避を見て更にレノアが踏み込む。これもまた回避。回避の間に合わない一閃は弾いて迎撃する。

 避ける、受ける、弾く。レノアの表情が焦燥に歪み、刀の切っ先が僅かにブレた。


「はい、また力んでる」

「ッ、お嬢様!」

「わかってます!」


 レノアの息が切れるのと同時にリルヒルテが背後から突っ込んでくる。

 振り返らずにリルヒルテの刀を止め、受け流すようにして一回転する。流れるようにして体勢を崩されたリルヒルテが再び向かってくる間にレノアが離脱した。


「行きます!」


 リルヒルテの攻撃は、急所を狙った連撃。研ぎ澄まされた鋭い剣閃が私へと迫る。

 けれど、私は危なげなく全てを叩き落とす。リルヒルテが苦しくなった息を吐き出すのと同時に汗が落ちていった。


「レノアッ!」


 今度はレノアが背後から強襲してくる。同時にリルヒルテも刀を振るい、挟み撃ちの格好となる。

 私はリルヒルテと向き合いながら、剣帯から吊した鞘を逆手で握って押し上げるようにして背面をかち上げる。


 鞘は袈裟斬りに振るおうとしていたレノアの顎を素早く打ち、レノアの体勢が崩れる。

 リルヒルテの一撃を回避して、その首元に刀を突きつける。遅れてレノアが崩れ落ちて、リルヒルテが動きを止める。


「……はい、今日はここまで」

「……ありがとうございました」


 刀を鞘に収めるとリルヒルテが大きく息を吐いて力を抜いた。レノアはまだ頭が揺れているのか、座ったまま額に手を当てている。


「レノア、大丈夫?」

「はい……相変わらずお見事でございました」

「まったく勝てる気がしませんね……」


 二人も刀を収めながら、汗を拭っている。こうして実戦形式の稽古も交えるようになる程、リルヒルテとレノアは成長していた。


「いやいや、あくまで身体強化の使用に留めてるからね。魔法も組み合わせたらリルヒルテはもっと手強くなるし、戦い方も違うでしょ?」

「そうですね……」


 リルヒルテは私から刀の基礎を学んでから、私の反撃を主とした技とは別の路線を進み始めていた。

 リルヒルテが適性を持つ魔法属性は火と風。最初は私と同じように刀に纏わせて使っていたけれども、最近は刀を起点に切断系の魔法の威力を増幅させるようになった。

 なのでリルヒルテの本来の間合いは中距離であって、近距離はレノアほどに強くはない。あくまで全体を俯瞰しながら状況を把握して最適解を模索するリルヒルテらしい伸び方だと思ってる。


 その一方で、またこちらも私の教えから独自の道を進みつつあるのがレノアだ。

 レノアは鍛冶の補助を行った経験から、鉄の状態を把握することを覚えた。そこから派生して、鉄そのものの特性を土魔法で身体強化のように保護する魔法を身につけていた。

 以前から悩み苦しんでいた武器破壊の心配もなくなり、単純に攻撃力が増していた。ただ、そこでまた力みすぎる癖が再発しかけたので矯正の日々が続いている。


「私もレノアも騎士科でも模擬戦で上位を取れるようになったので、成長の実感はありますよ」

「へぇ、そうなんだ?」

「流石にベリアス殿下には負けますが」

「やっぱり一番はベリアス殿下なんだ」

「同学年ではトップですよ」


 話題に挙がったベリアス殿下だけど、例の親方が作り出した大剣を見せた所、大変気に入って持ち帰っていった。

 ベリアス殿下が中心となって動いている準神器級の武具の研究に回すそうで、うまく準神器化出来たら自分の武具とすることも考えているのだとか。


 親方たちは私の日本刀と同じような流れで新型の開発者としてイリディアム陛下に紹介され、栄誉を賜ることになった。

 ちなみに例の大剣の名前は〝ザンバー〟と名前がつけられた。ふと、思い浮かんだ前世の記憶から拾って呟いた名前を親方にそのまま採用されてしまったからだ。


 ザンバーの開発者ということで国王陛下にまで謁見することになった親方たちは恐縮しながらも誇らしそうだった。やっぱり鍛冶師としてはまたとない名誉なんだろうな、と思う。

 その親方と同僚である鍛冶師たちは一時、アイアンウィル領に帰郷している。栄誉を賜ったことの報告と、ザンバーの製作技術を工房を引き継いだ若者たちに伝授するのだとか。

 なので、一時的に我がカテナ研究室はお休みを頂いている。刀自身の性能評価もリルヒルテたちが騎士科で名を上げているし、派生品とも言えるザンバーの開発もあって功績らしいことも残せたしね。


「……そう言えば、シエラさんはどうしたんでしょう?」

「あれ、そういえば」


 そうなると暇になってしまうのがシエラだった。研究室に入り浸っていたシエラだけど、研究室がお休みになってからは教会で祈祷の手伝いをしていたり、私たちの稽古を見学していることが増えた。

 教会に行く時でもひと声をかけてから向かうので、まったく顔を見ていないのは少し変だった。


「何かあったのかな?」

「……心配ですね、変な男でも引っかけてないと良いんですが」


 レノアが心配そうに頬に手を当てて呟いた。シエラははっきり言ってモテる。元王女様ということもあるけれど、それを抜きにしてもあの美貌だ。

 私たちと一緒に行動するようになってから表情も柔らかくなった。つい見つめても飽きない美貌に、まだ幼げな年相応な仕草と奥手な雰囲気が多くの生徒の心を射止めたのだとか。


 なので、最近ちょっと困り気味に眉を寄せて相談されたこともある。もうちょっと気を配ってあげるべきかとも思ったけど、あまり過保護になりすぎるとシエラも思い詰めちゃうからな。

 そう思うと、途端にシエラが心配になってきた。それはリルヒルテとレノアも同じだったのか、互いに顔を見合わせて無言で頷き合ってしまう。

 まずは魔導科の生徒でも捕まえて、シエラのことを聞いてみようかと演習場を出た矢先だった。廊下の向こうから小走りに駆けてくるシエラの姿が見えた。


「シエラ、良かった。来なかったから心配してたんだよ」

「も、申し訳ありません……! 少し回り道をしていまして……」

「回り道? なんでまた」

「それは……その……」


 息を整えながらも、シエラは申し訳なさそうな表情を浮かべて言い淀んでしまっている。

 何かあったんだろうかと首を傾げていると、その声は聞こえてきた。



「――私から逃げ回るなんて、薄情な妹だ。折角、私が訪ねてきたのだから挨拶ぐらいはして貰いたいものだがね、シャムシエラ」



 シエラが来た方向から姿を現したのは男だった。肌の色はシエラと同じような小麦色の肌で、目の色は青、髪は波打ったように癖気の赤髪。

 人の良さそうな笑みを浮かべているものの、目は笑っておらずに獲物を見定める蛇のようにシエラを射貫いている。


「あ、兄上……」

「兄?」


 シエラが体を震わせながら身を竦ませている。そんなシャムシエラが零した一言に私は反応してしまう。


「お初にお目にかかる者もいるようだ。私はアシュガル・ラトナラジュ。以後、よろしく。そしてこの場での再会を嬉しく思うよ、リルヒルテ嬢」

「……どうも、アシュガル殿下」


 アシュガルと名乗った男に対して、声をかけられたリルヒルテは感情を削ぎ落とした能面のような表情を浮かべて返礼している。

 隣にいるレノアも苦虫を噛み潰したように眉を寄せているのを見てしまった。えっ、リルヒルテとレノアも面識があるの?


「いやはや、粗忽者の妹が迷惑をかけていないかい? リルヒルテ嬢。何せ人の顔を見かけるなり逃げ出すような妹だ、無礼があれば是非とも私に告げてくれたまえ」

「シエラさんは既に王族籍を抜けているのですから、もう貴方様の妹ではないのでは?」

「確かに母親は違うがね。それでも同じラトナラジュ国王を父とする身だ。そんなに釣れないことを言われてしまっては私は悲しい。それとも、まだ以前の事を気にしているのかい?」


 アシュガルの一言にリルヒルテの目が一気に釣り上がり、まるで怨敵を睨み付けているかのようだ。

 状況が把握しきれない私は眉を顰めながら、この会話の流れを見守ることしか出来ない。そう思っていると、アシュガルはとんでもない一言をリルヒルテに告げた。


「私としては、是非とも求婚に色良い返事を頂きたいと思っているのだがね? 愛しの花の君よ」

 

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