11:満ち足りて行く日々
親方が玉鋼を製鉄した際に出た残りの鉄を使って武器を作り始めて数日が経過した。
その日は親方が事前に研究室に顔を出して欲しいと言っていたので、放課後になってからシエラを伴って研究室を訪れた。
「出来たぜ! お嬢! ここの設備はアイアンウィル領の最新型に比べると旧型だったからな、なんだか懐かしい気持ちで作ったぜ! どうだい、この大剣は!」
親方が作り上げたのは片刃の大剣だ。一般的に両刃の大剣が多い中、変わり種と言っても良いかもしれない。
そして、何より特徴と言うべきものは日本刀のように波模様が浮かんでいる。
「……親方、もしかしてこれって」
「おう、お嬢の製法をちょっと真似てみた。ただ、この大剣はお嬢のカテナほどの切断力は求めてねぇ。その分、でかく丈夫に! お嬢のカテナと従来の大剣の合いの子って所かね」
私は改めて親方の作り上げた大剣を見つめる。日本刀のように反りが入っている訳でもなく、あくまで直剣だ。なので超巨大な包丁のように見えなくもない。
前世でも玉鋼を除いた鉄は包丁を作るために使っていた覚えはあったけど、これは剣として作られた包丁とも言えなくもない代物だ。
「お嬢のカテナほど切れ味はないが、それでも並の大剣とは比べものにならねぇと思うぜ!」
良い仕事をした! と言わんばかりに満面の笑みを浮かべる親方に私も思わず笑みを零してしまう。
「シャムシエラのお嬢さんもありがとな!」
「私はあくまでお手伝いをしただけですので……」
「それでも一緒に作業をした仲間だ! 素直に受け取っておけ!」
豪快に笑いながら親方がニッと笑みを浮かべる。それに釣られたのか、シエラもにへらと笑みを浮かべる。
「……で、作ったのは良いんだが。こいつはどうする、お嬢?」
「うーん……ベリアス殿下に見せてみようか」
もし気に入るようだったら、そのままベリアス殿下に渡しても良いかもしれない。
あっ、そうだ。シエラが魔法で鍛造を補佐していたから神器化しているかどうかも確認しないと。
『ミニリル様? この大剣見て貰っても良いですか?』
『うむ。お前の刀ほどの気は感じぬが、悪くない器だな。もう少し馴染ませ、器として熟せば準神器化させることは容易かろうな』
『なるほど、ありがとうございます』
ミニリル様にも確認を取って、問題なしと。
後はヘンリーさんにも伝えてから、ラッセル様経由でベリアス殿下にお披露目しよう。
「あぁ、そうだ。それとシャムシエラのお嬢さん。これは鍛冶を手伝ってくれた礼だ。受け取ってくれ」
「え?」
親方作の大剣を確認していたら、ふと思い出したように親方が掌を打った。そして親方が持って来たのは小ぶりのナイフだった。
作りはしっかりしていて、見た目の装飾も凝っている一品だ。それを差し出されたシエラは目をぱちくりとさせて、親方の顔を見た。
「……あ、これって」
「あぁ、余った鉄で拵えたものだけどよ。シャムシエラのお嬢さんはお嬢みたいに切った張ったが苦手だって聞いてな。だけど身を守るようなものがあったら良いだろう? 魔法だって万能でもねぇし。持ち歩くのが気が引けるならお守りぐらいに持っててくれや」
照れくさそうに鼻の頭を掻きながら親方が言う。シエラはどこかぼんやりとしたままナイフを見つめている。
親方から手渡されてもシエラは心ここにあらずといった様子でナイフの鞘を指でなぞる。
「……シエラ?」
「え?」
「どうしたの? 呆けてたけど」
「……個人的な贈り物を頂くのは初めてだと思いまして」
シエラが小さく呟いた言葉に私は目を見開いてしまう。親方も同じように目を見開かせたけど、何とも言いがたい表情で頭をガシガシ掻いてる。
「そうだったのか……そりゃ悪い事をしたな。こんな色気もない贈り物が初じゃなぁ……」
「そ、そんなことありません!」
シエラは胸元に抱え込むようにナイフを握り締める。引き結んだ唇が僅かに震えたのを私は見落とさなかった。
「嬉しいです。ありがとうございます、ダンカンさん……」
「……おう。これからいっぱいお嬢や周りの人がもっと良い贈り物してくれるさ。それにそのナイフはシャムシエラのお嬢さんが頑張ったから出来上がったものだからな。お前さんの努力の結果でもあるんだぜ?」
シエラは親方の言葉に何度も頷く。言葉も出て来ないといった様子のシエラに、私は微笑ましいものを見るような視線を向けてしまうのだった。
これから少しずつで良い。私たちが当たり前だと思うようなことをシエラに与えてあげれば良い。そう思いながら。
* * *
「これがシエラさんのナイフですか。美しい作りですね……」
ほぅ、と溜息を吐きながらリルヒルテ様がうっとりとした目でシエラが受け取ったナイフを見つめている。
リルヒルテ様から賞賛の言葉を受けたシエラは照れながらも嬉しそうに身を揺すっている。
「皆さんに良くして頂いて、本当に嬉しいです」
「それはシエラさんがお目に叶うだけの素質や能力があったからですよ。……それで例の大剣はベリアス殿下にお見せすると?」
「そうだね。ちょうど刀との中間に分類されるものだから、また新型として認められるかもしれないなぁ。ふふふっ……そうなったら親方には脚光を浴びて貰わないと……私の分までね……!」
是非とも話題を持っていって欲しいものではある。そして私への注目度を下げて欲しい。そんな邪な思いから笑っているとレノアが呆れたように溜息を吐いた。
「結局、カテナ様を参考にしたということで注目を集めるかと思いますが」
「あーっ、あーっ、あーっ! 聞こえなーーーーいっ!」
「それにカテナ様はそれでなくても注目されてますよ?」
「えっ」
「最近になって王族籍を抜けたシエラさんとよく一緒にいますし、王家から認められた専属鍛冶師で、私たちにも稽古をつけられるほどに実力がある。なのに騎士科は受講していない謎の人物ですよ?」
「興味本位で私のお茶会にも呼んで欲しいという方もいますけど、私がそれとなく断って釘を刺している程ですよ?」
レノアとリルヒルテ様に伝えられた内容に私は目眩がしそうになってしまった。
あまり人に積極的に関わる方ではなかったけど、なんとなく遠巻きにされてると思ってたらそれが理由!?
「ですから、そろそろ諦めて私のことも呼び捨てにしませんか? カテナさん」
「うぐっ、ですから侯爵家の方を呼び捨てになんてしたら何を言われるか……」
「これだけ目立っているのですから、今更じゃありませんか? それに文句をつけてくる人がいるというのなら、それこそ釣れた魚というものです。そうは思いませんか?」
ずいずい、と身を寄せながら笑顔で圧をかけてくるリルヒルテ様。以前からもっと距離を近づけたいと迫ってくることはあったけど、シエラを迎えてから圧が強くなったと思う。
だって、でも、シエラはもう王族抜けたから身分が上じゃないから。リルヒルテ様は現役じゃない!
「さぁ、カテナさん?」
「近い、近い、近い! あと絞まってる! 腕! 腕痛い!」
「もう父からも許可を頂いてるんです! 呼び捨てにするまで離しませんよ!!」
「レノア、レノア――ッ! 助けて――ッ!」
「シエラさん、放っておきましょう。仲良くじゃれてるだけですから」
「え、えぇ……」
「薄情者ぉっ!?」
レノアがシエラの肩を押して距離を取っていくのに悲鳴を上げる。
結局、腕関節を決められながら私は呼び捨てにすると約束をして、リルヒルテ様改めてリルヒルテと呼ぶことになるのだった。
「うふふ、これで本当にお友達ですね?」
「はいはい、そうですね……」
じゃれ合う私たちを見ながら目を細めて微笑んでいるシエラがいたと、レノアが教えてくれたのは少し経った後だった。
面白いと思って頂けたらブックマーク、評価ポイントをよろしくお願いします。




