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09:それは小さな光だとしても

「私の弟子……?」

「はい」

「……ちょっと待って? 私の弟子って、なんで?」

「私らしく生きたいから、です」


 私の疑問に対してシャムシエラさんは真っ直ぐ私を見つめて言う。先程までの弱気はなりを潜めて、彼女の芯の強さだけが残っているようだ。


「自分らしく生きたい、か。それがどうして私の弟子になることに繋がるの?」

「……カテナさんを見てて、憧れたんです」

「憧れ?」

「カテナさんは地に足がついてて、自分がしっかりしてて、相手が誰でも自分を保ってるように見えて、きっとそれは間違ってないと思うんです。最初はただ不思議だったんですけど、貴方を見ている内に……きっと、貴方は生きてて楽しいんだろうな、って」


 そこには私への憧れがあった。例えるなら、暗い夜に輝く星を見つけたように。

 そう感じてしまう程にシャムシエラさんは一心に私を見ていた。その瞳の光は様々な感情で翳ってしまいそうだけど、確かに灯る小さな光がある。


「いけない事だってわかってます。知っちゃいけない事だって、途中で理解しました。誰かに言わないから良いだなんて思ってません。ここまで知った以上、私の身がどうなるのか考えなかった訳じゃないです。……だからこそ、黙っている位なら伝えたかったんです。私が貴方の弟子になりたいのは技術を学びたいだけじゃなくて、貴方自身の生き方をもっと知りたかったからなんです」

「自分らしく生きたいだけなら、もっと賢い選択肢があった筈だよ? それこそ自分を自由にしてくれる人を、自分の味方を作る方法だってあった筈だ」

「わかってます。……私はしがらみが絡んできます。誰かに助けを求めれば迷惑をかけてしまうことも。それでも抑えきれなかったんです。もし、これで私がこの世から隠されることになっても、初めて自分で選んだことに責任を持ちたいんです」


 初めて自分で選んだことだから。それはとても重い言葉だ。決して彼女は何もわかってない訳じゃない。自分が知ってしまったことの重さも、こうして打ち明けることの危険性も。

 それでも打ち明けて、私に乞い願っている。自分らしく生きようとするために。


「……重いよ、シャムシエラさんの思いは」

「……すいません」

「私に利益がない。それで引き受けるなんて誰も言わないよ」

「……っ」


 シャムシエラさんは唇をぐっと噛み締めて、肩を窄めながら頭を下げる。小さく身体を震わせる彼女に私は言葉を続ける。


「それで、貴方は何が出来るの?」

「……ぇ?」

「私の教えを受けて、貴方は私にどんなことをしてくれる? どうやって報いたいと思ってくれる? ただ助けて欲しいの? ただ自分らしく生きたいために私を利用したいの?」


 重ねた問いかけにシャムシエラさんは弾かれたように顔を上げた。合った視線を逸らさないように私は彼女の顔を見つめる。


「貴方は私の秘密に勘づくほどに優秀だ。それはわかる。でも味方になってくれるかどうかわからないなら、うんとは言えないじゃない。自分でもわかってるでしょ? 願うだけじゃダメだって。だから示して。貴方が望みが叶ったとして、私に何をしてくれるのか」


 シャムシエラさんは強く唇を噛み締めて、目を硬く閉じる。どれだけそうしていたのか、顔を上げた彼女は意を決したような表情を浮かべる。


「……カテナさんの秘密を守る。これでは足りませんか?」

「守って貰わないと困るから最低限、必要なことだよね」

「えっと、じゃあ、私は魔法が得意です」

「へぇ。得意な属性は?」

「四大属性、全てです」

「……火、土、水、風、全部?」

「は、はい。特に火の扱いは自信があります。ただ、実力は面倒事にならないために隠してました。目立てば自由がなくなりますので……」

「……なるほどね。それで、貴方は私が困ってたら助けてくれるの? 助けてくれるだけの実力はある? 下手をしたら私、国とだって喧嘩するよ? 私の自由に生きるってことはそういう事だよ?」

「なら、貴方の味方になります! 例え、世界が敵に回っても!」


 必死に訴えるようにシャムシエラさんは言った。その返答に私は力を抜くように顔を綻ばせる。


「……本当に生きるのが下手だねぇ、シャムシエラさんは」

「……だ、ダメですか」

「ダメダメだよ。だから……まぁ、仕方ない。今後に期待かな」

「……い、良いんですか?」

「貴方がダメだとしても、もう放り出せないからね。とりあえず必要な人に事情を説明して、どうするか考えようか?」


 この小さな光が、いつか大きな光になるのだったら育ててみるのも悪くないと思えた。

 それに四大属性の魔法が使えて、私に匹敵する魔法制御を身につけている彼女になら私の技術を余すことなく伝えられるかもしれない。

 そうなれば私の技術をシャムシエラさんが公表すれば私への注目を避けられるかもしれない。ただ、こればかりは国同士の関係も絡むから私一人で決めて良い訳じゃない。


「……さて、ちょっと骨を折りましょうか」



   * * *



「……成る程、それで珍しくお前から呼び出した訳か」

「私だけで決めて良いことじゃないでしょ?」

「それはそうなんだがな……」


 眉を顰めて唸るように言うのはベリアス殿下だ。ベリアス殿下の他にはラッセル様、リルヒルテ様、レノアがいる。

 シャムシエラさんの実力を示すためにも皆を集めたサロンの一室に防音のための魔法をかけて貰い、その上でシャムシエラさんの要望と事情を皆に伝えた。

 誰もが穏やかな表情は浮かべてはいない。それも当然と言えば当然だ、それだけシャムシエラさんが勘づいた秘密は重たいものだ。


「……それで、どうするつもりだカテナ?」

「私としてはシャムシエラさんをこっち側に取り込みたい。理由はわかるでしょ?」

「〝お前の代わりになる人材〟だからか?」

「ただでさえ珍しい四大属性の魔法を使えて、多分魔法の腕前一つだけなら私を超えてる逸材だよ」

「確かに次が出てくるとは限らないか……」


 私と同じ魔法属性を持っていて、私も認める制御の持ち主。これから先、また出てくる可能性があるかと問われるとないと思う。


「確かに取り込みたい人物だと言うのは認める。しかし、ラトナラジュ王国か。個人的な感情だけで言えば、俺はかの国が好かん。自分の子供をただの国益のための駒としているからな。それが国として必要な事だとしても受け入れがたい」

「じゃあ、シャムシエラさんを取り込むのは難しい?」

「……難しくはないが、相応の対価を要求されるだろうな。いくら表向き、無能の末席の王女と言えども王族であることには変わらないからな」


 腕を組んでベリアス殿下が気難しげな表情を浮かべながら言う。私も正直、聞いた話だけでは好きになれそうにない国だけど。


「でしたら、誰かが婚約者や養子に取るのが無難ではありますけど……」

「それで下手に干渉されるとカテナのことが露見する場合があるな。それは望まないのだろう? いずれカテナが成果を出した場合、何らかの発表をしなければならないが、それをカテナ自身がやりたくないと言えば代理人を立てなければならないしな」

「……で、あれば一つ意見がありますけど」


 控え目に挙手をしながらリルヒルテ様が発言する。皆の視線がリルヒルテ様へと集まったのと同時にリルヒルテ様はシャムシエラさんへと視線を向けた。


「そもそもの問題として、シャムシエラ王女に王族という身分があるのが問題です。なら、この身分を捨てさせてしまえば良いのではないのでしょうか?」

「捨てる? でも、どうやって……?」

「俗世を捨てて、教会に入ることです。神職を目指すために王族籍を抜けるという手段ですね。ただ、ラトナラジュ王国のことですからそれなりの金銭など求めてくると思います。ですが、国を捨てる覚悟があるなら問題は解決すると思います」


 リルヒルテ様は真剣な表情のまま、淡々とシャムシエラさんに向けて語る。


「一度、教会に入ってしまえば貴き身分に戻ることはまず不可能でしょう。事実上、平民になるのと変わりありません。貴方に全てを捨ててでも自由になる覚悟はおありですか? シャムシエラ王女」

「……この国では、それが許されるのですか?」

「……ラトナラジュ王国での教会がどのようになっているかは存じ上げませんが、少なくとも我が国ではそのように貴き身分から下ることも可能です」

「勉強不足ですいません……そのようなことは教えられていなかったものですから」

「……政策の駒としては不要な知識だろうからな」


 申し訳なさそうに身を縮めるシャムシエラさん。そんな彼女の様子にベリアス殿下は不愉快そうに眉を寄せている。

 少し考え込むように口元に手を当てていたシャムシエラさんだけど、意を決したように顔を上げた。


「それで皆さんにご迷惑をかけずにカテナさんの弟子になれるなら……私は構いません」


 


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