03:前世からの夢を、異世界で
「うん。これはダメだね」
ヘンリー先生から魔法を習うようになってから早二ヶ月が経過した。私の魔法は、端的に言えばヘッポコだった。
火は灯せるけれど、火の玉などにして飛ばすことが出来ない。
水も集めて形を作ることは出来るけれど、距離を離すと維持出来ない。
風も手元に集めることは出来ても、遠くに飛ばせば水と同じように掻き消える。
土に至っては「農家だったら大変喜ばれたと思います」と一言を頂いた。
「日常生活には便利なんだけどな……」
痒い所に手を届くような使い方は出来るので、不満はない。ただ、ヘンリー先生は実演で大きな火の玉を幾つも生み出して的を焼き尽くしていた。あぁいうのを見ると少しだけ羨ましく思う気持ちもある。
魔法は便利ではあるけれど、これ以上は伸びないだろうという判断を頂いた。貴族としてのステータスにはならないので授業の数も減って、代わりに淑女としての教育が増えた。
それでも魔法の知識を深めること自体は楽しいので、ヘンリー先生との授業は楽しみにしている。
「うーん、それにしても将来ねぇ。いっそどこかの商家とか鍛冶師さんの家に嫁ぐでも良いんだけどな……」
平民上がりの男爵家とはいえ、アイアンウィル家は豊かに暮らしていけるだけ栄えている。
私は贅沢をしたいかと言われると、出来ることに超したことはないけれど貴族の義務を背負ってまでしたいかと言われると別にいいかな、と思ってしまう。
お父様も家を大きくするようなことは考えていないみたいだし、将来好きな人が出来たらその人と結婚出来たらいいな、ぐらいの気持ちでいる。
「でも、単体だとへっぽこな魔法でも使い方次第なんだよね」
魔法で灯した火を、風の魔法で酸素を集めて大きくしたりとか、そういった使い方は出来る。
だからなんだ、と言われればそれまでなんだけど。これは前世の記憶を思い出した事で得られた恩恵だよね。私SUGEEじゃなくて科学SUGEEだけど。
「つまり、前世の知識を上手く使えばヘッポコ魔法でも利用価値が……、……待てよ?」
ふと、点と点が線で繋がったような感覚を覚えた。
前世の知識を応用、幅広く使える魔法の利用。その前提で浮かび上がった構想に、私は思わず顎に手を添えて考える人の構えを取ってしまう。
「――これ、一人で鍛造が出来るんじゃないの?」
零れた前世の記憶が浮上する。それは動画で見た刀匠の紹介動画。
それは機械を用いて一人で刀を打つ刀匠の姿が紹介されていた。その記憶を思い出したことで私は自分が持つ可能性に気付くことが出来る。
火も、風も、土も、水も。私はどの魔法も扱うことが出来る。一つ一つでは大した力のない魔法だけど、これを組み合わせることによって前世ではあった機械を再現することが出来るんじゃないか、と。
刀を作る行程だけは知識として知っている。私に足りないのは技術と経験。もし、それを埋めることが出来たのなら……?
(今世に、剣を持つことを咎める法はない)
剣はまだ時代に求められている武器だ。なら、私が刀を持った所で咎める人がいるのだろうか?
前世では、既に刀は廃れた武器だった。伝統の芸術品としてその技術が残っているだけ。だから所持をするだけでも一苦労だった。
そんな憧れた刀を自分の手で作ることが出来たら? 前世で思い切って日本刀の鍛造を見学しに行こうと決めた日の気持ちが蘇ってくる。
私は走り出していた。使用人が驚いて咎めるような声を上げているけれど、もう気にならなかった。
そして執務室のドアをノックして、中にいるお父様に訴えるように叫んだ。
「お父様! 私、鍛冶を学びたい!」
* * *
お前もアイアンウィル家の娘なんだなぁ、とお父様が呆れていたけれど、止めても聞かないと思われたのか私が鍛冶を教わることを許してくれた。
以前、見学した工房へとお父様と共に訪れて、私が鍛冶を学びたいという話をする。
お父様から話を聞いているのは、工房の親方であるダンカンさんだ。髪の色は濃い茶髪で、瞳の色は灰色。腕も足も私の倍はありそうな太さで、顔は山賊じみた凶悪さで黙っていると顰めっ面に見える。
「若旦那よ。話はわかったがよ……お嬢に鍛冶を教えろって、お前なぁ……」
「言い出したら聞かないのはアイアンウィル家の伝統芸だろう?」
「かーっ、若旦那にそう言われると弱いなぁ! 確かにお嬢は普通の女の子って感じじゃねぇけどなぁ……」
ダンカンさんは癖のある茶髪を太い指でガシガシと掻きながら困ったように眉を寄せながら私を見た。
「お嬢、俺はダンカン。若旦那……お前の父親とは兄弟弟子って奴だ」
「はい、親方!」
「お、おう。……お嬢、本気で鍛冶を学びたいって思ってるのか?」
ダンカンさんはわざわざ膝をついて子供の私と目線を合わせて真剣な目付きで私を見る。睨まれているようにも思えるけれど、ダンカンさんの仕草が私を案じているようにしか思えないので怖くはなかった。
「俺たちが作ってるものは知ってるな?」
「剣とか、鎧とかですよね?」
「あぁ。ここはあくまでその為の工房で、その技術を守ってる。鍋だとか包丁だとかを作るのとは訳が違う。……いいか? お嬢。ここにあるのは武器だ。戦うための道具だ。凄い危ないものなのはわかるよな?」
「……はい」
「ここが領内で一番大きな工房だとも言われている理由でもあるんだが、俺たちは戦う人たちの信頼を預かってる。その意味がわかるか?」
「武器や防具が粗悪だと、人は死にます」
それがアイアンウィル家が栄えた理由でもある。武器や防具が粗末な作りであれば戦場で命を落とすかもしれない。
だから良質な武器を提供しつづけたことはアイアンウィル家にとって誇りであり、守らなければならないものでもある。
その責任の重さをダンカンさんは問うているんだと思う。私が軽い気持ちで鍛冶を学びたいって思っているのなら止めておけ、と。
でも、私が作りたいのは日本刀だ。前世では芸術品として技術を残すしかなかったけれど、日本刀が武器であることを忘れた訳じゃない。
「そうだ。それも正しい。そしてもう一つ、お嬢が作るのに関わった武器が人を殺すしかもしれない。それでも良いのか?」
「……質問しても良いですか?」
「おう。なんだ?」
「それでもダンカンさんは、鍛冶師を止めないんですよね?」
ダンカンさんは私の問いに目を丸くして私を見た。
確かに武器を作るということは、誰かの生死に関わる話だ。それを忘れてはいけないのだと思う。
けれど、武器がなければ守れないものがあるのも事実だ。だから責任を忘れず、それで心を病まず、信念を持っていなければならない。
私が作った武器がいつか、誰かを傷つけるのだとしても。同時に、その武器で何かを守れる可能性を忘れてはいけないし、その可能性を信じるしかない。
きっとダンカンさんも同じ気持ちだと思って、私はダンカンさんに言った。
「私はダンカンさんと同じ目線で、同じ気持ちで鍛冶に関わりたいと思っています」
「……ダッハッハッハッハッハッ! こりゃ旦那様の血だなぁ、おい!」
豪快にダンカンさんは笑いながら私の頭をぐらぐら回すように撫でてくる。
一気に世界がぐるぐると回りそうになったけれども、お父様が咳払いをしたことでダンカンさんが手を離してくれた。よろめいた私の背中をお父様が支えてくれる。
「いいぜ、お嬢。だがなぁ、気持ちだけ立派でも鍛冶師は務まらねぇ! そのひょろひょろとした腕で鎚が持てるか? 鍛冶師たるもの、身体が資本! 肌だって焼けるし、腕は太くなるかもしれねぇ! そうなるとモテないかもしれないぞ!」
「私、お嫁に行くなら商人か鍛冶師の方がいいです!」
「ダァーーーーーハッハッハッハッ! こりゃダメだ! 筋金入りのアイアンウィル家のお嬢様だ、コイツはぁ!」
ダンカンさんは愉快だと言うように大笑いをした。そんなダンカンさんと私を交互に見て、お父様が疲れたように苦笑を浮かべている。
こうして私はダンカンさんから鍛冶の技術を学べることが決まるのだった。
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