06:意外な人からの意外な申し出
リルヒルテ様とレノアの日本刀が出来たけれど、それで研究が終わりという訳ではない。
神器を人の手で作り出すための切っ掛けとなる可能性を秘めた玉鋼の研究もしなければならないし、玉鋼を私以外にも生み出せるのか調べる必要もある。
比較のため、魔法を使わないで玉鋼を製鉄する炉を完成させることが親方たちの仕事となった。その結果を見てから今後の研究室の方針を決めていくことになると思う。
一応、玉鋼を作るための〝たたら製鉄〟の仕組みや概要を魔法の技に置き換えて、それとなく親方たちには話しておいた。こちらの成果はそう遠くないうちに上がってくると思う。
その間、私たちは研究室としてもう一つやらなければならないことに着手していた。それは日本刀の性能証明だ。
「刀の性能を証明するためには、まず刀を使いこなさなきゃいけない。そして武器を使いこなすためには武器の性能を詳しく知る必要がある。だから今後の稽古には刀を使った稽古も交えていくわ」
私がそう言うと、お揃いの剣帯に刀を差したリルヒルテ様とレノアが力強く頷いた。気合いは十分といった所ね。
「刀は従来の武器に比べて切断力を重視している武器で、その扱い方も違うわ」
「えぇ、それは先日の持ち込み登録の際に実感しました……」
既にリルヒルテ様たちは持ち込み登録で刀の所持登録を済ませていた。その時に試し切りをした二人は何とも言えない表情をしていたのが印象に残っている。
今までの武器と勝手が違うのをより強く実感したらしく、少しの困惑とこれからの期待を覚えたのだとか。だから二人の表情は明るいものになっていた。
「特にレノアは気をつけてね。力押しで振ってると折れる可能性もあるから」
「はい、勿論です」
土魔法の使い手ではあるものの、魔法そのものは不得手であるレノア。その分、身体強化の研鑽に力を入れているけど、まだまだ力が入りすぎることがある。その度に矯正しているのだけど、染み付いた癖というのはなかなか抜けないものだ。
その点、リルヒルテ様は何でもそつなくこなす優等生タイプだ。だけど、優等生から一歩抜けきらないという欠点もある。何でも出来る代わりに秀でたるものがないのが本人の悩みでもあると聞いたことがある。
「暫くは型稽古ね。教えるのが私の我流で申し訳ないけれど……」
「全然構いませんよ」
「ご指導、よろしくお願いします」
二人から色好い返事を貰えた所で稽古を始めようとした、まさにその時だった。
「ここにいたか。ラッセルの言った通りだったな」
「げっ」
「ベリアス殿下!?」
暫く学院でも顔を見せていなかったベリアス殿下が何故か姿を見せた。突然のベリアス殿下の登場にリルヒルテ様とレノアが素早く臣下の礼を取る。
そんな二人にベリアス殿下は一声をかけて頭を上げさせる。礼もしなかった私へと視線を向けると、何とも言えない微妙な表情を浮かべる。
「……貴様、人目がある所では気をつけるように」
「そんなヘマしません。っていうか、怪我はもう良いんですか?」
「王家は治癒の魔法を使える魔法使いを抱えているからな」
「はぁ……それで何しに来たんです?」
「すいません、カテナ室長。私がお連れしたんです」
「ラッセル様?」
ベリアス殿下に少し遅れるようにしてラッセル様までも姿を見せた。
「ラッセルを責めるなよ。俺がどうしてもと頼んだんだ」
「いや、それは正直どうでも良いんですけど……」
私が気になるのは、なんでラッセル様がベリアス殿下の大剣を運んでいるのかだ。
生徒の中でも大剣を所持登録している人もいる。けれど流石に目立つので学院内では基本的に持ち歩いていない。
なのに、なんでわざわざラッセル様が運んできたのか?
「カテナ・アイアンウィル」
「いちいちフルネームで呼ばないでください」
「……では、カテナ。貴様に模擬戦を申し込みたい」
「はぁぁあー? 模擬戦?」
「改めて俺は貴様とは手を取り合わなければいけないと思っている。癪ではあるが、寛容もまた必要であると貴様に学んだ。そして、何より俺自身が貴様の実力を知りたいと思っている」
そこまで言ってからベリアス殿下は深々と頭を下げた。突然のことに私はギョッと目を見開いてしまう。
「王子としてではなく神子に連なる一族の者として、正式たる神子である貴様に申し入れたい。どうか薫陶を受ける機会を俺に与えて欲しい」
「ちょ、ちょちょちょ、王子が頭下げるとか狡いでしょ!?」
「これは俺個人としての頼みだ。断ってくれても構わない。貴様にはその権利がある」
「……そんな殊勝な態度で頼んで、そう簡単に断れますか」
「無論、願いを聞き届けてくれるならカテナの性能証明には俺も協力することを誓う。元より貴様には準神器級の武具の改良についても意見を貰おうと思っていた。これはその一環として引き受けて欲しいと思っているが、どうだ?」
「……はぁぁぁあ、わかりましたよ。引き受けます」
本当、いきなり丸くなられても困るんだけど。まぁ、意固地になってただけで元までが悪い訳じゃないみたいだし。
それに準神器級の武具の改良はベリアス殿下を抜きにしても、この国のために協力しなければならないと思っていた。
その担い手であるベリアス殿下の実力を知っておくことも必要だと言われれば否定出来ない。なら断って事を荒立てる必要もない。
「感謝する、カテナ」
「どーも。……手加減はしませんよ?」
「それでいい。……簡単には負けてはやらんが」
そんな言葉を交わし合う私たちにラッセル様は疲れたように深々と溜息を吐いて、レノアはオロオロとした様子で私たちを交互に見ている。
そんな二人をよそにリルヒルテ様が興味深そうに私たちを見ている。一応、表情を取り繕うとしているみたいなんだけど、目がキラキラして隠しきれてない。
「勝敗は参ったと認めるまで。それで良いですか?」
「構わない。ないとは思うが、もし危険だと判断した場合はラッセルに介入して貰う。構わないな?」
「むしろ必要でしょう。構いません」
「ではラッセル、見届け人を頼む」
「はぁ……あまり無理はなさらないように」
ベリアス殿下はラッセル様から大剣を受け取り、私たちが借りていた演習場の中央へと立つ。
私もベリアス殿下を追うように演習場の中央へと向かう。お互いに距離を取って向き合った所でベリアス殿下が大剣を鞘から抜いた。
「胸を借りるぞ、カテナ」
「どうぞ、いつでも」
未だ、私は日本刀を抜いていない。けれど、すぐに抜刀できる状態にはある。
武器を構えていない私を見つめるベリアス殿下の瞳に油断はない。その瞳には溢れんばかりの闘志が宿っていて、強く私を射貫いている。
「――行くぞッ!!」
咆哮一声。全身に身体強化をかけてベリアス殿下が勢い良く突っ込んできた。
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