05:働かざる者、得るべからず
玉鋼を作り出した後、親方たちに玉鋼を託して私たちは一時、日常へと戻った。
親方たちは王家に献上した日本刀を作る時に手を貸して貰っていたので、工程そのものは知っている。
後は必要な手順や注意事項をお互い執拗なまでに確認し合って、日本刀の製作を任せた。私たちも学生であることを放り出せないしね。
そして、研究室で作り出された試作一号が出来上がったのは十日後。
出来上がった刀を囲むようにして私たちは顔を合わせていた。
「改めて通しでやってみたが……口は悪くなるが、お嬢様のやってる事は頭がおかしいな?」
「この工程をなんで全部魔法でやろうと思ったんだ? 悪いモノでも食べたのか?」
「アイアンウィル家の血が暴走した結果がコレだよ」
「散々な言いようだね!?」
鍛冶師たちからのあんまりなお言葉に私は憤慨してしまう。誰も前言撤回しようとしないけど。
「実際やってみれば何を目的にしてやってるのかわかるんだがなぁ……」
「あれだ、今まで手がけてきた大剣を野郎とするなら、このカテナはお嬢様なんだよなぁ」
「あぁ、それも大人しいお嬢様じゃなくてとんでもない跳ねっ返りだ」
「文字通り、カテナお嬢そのまんまのような……」
「ちょっと」
私がドスを利かせた声で言うと鍛冶師の皆が一斉に目を逸らした。その横でリルヒルテ様たちが苦笑を浮かべていた。ちょっとは私を擁護しようって人はいない訳!?
「話は戻すが、とりあえず試作品が出来上がった訳だが……流石にお嬢のアドバイスがあったとはいえ、まだまだ満足のいく出来じゃねぇな」
「うーん……私もまだ良し悪しを比較出来るほど、本数を打ってる訳じゃないからなぁ」
「品として評価するならお嬢の作ったものに比べれば、俺たちが打ったカテナは二段ほど評価を下げるぜ。まだ火の入れ方も、鍛え方も何もかもが手探りだ。なんとか形にはなったが、形に出来ただけってのが良い所だな。それでも実用には耐えられるのは幸いだが。まったく、まるで駆け出しに戻ったみたいだぜ」
「それを言ったら私だって、私の持ってるのも処女作なんだけど……」
「お嬢の工程は参考にはなるが、手法は参考にならん」
親方がバッサリと切り捨てるように言った。そりゃ確かに純粋な鍛冶師としての技法ではないけど……。
「これより良いものを作るのなら、もっと研鑽させてぇな。流石にこの出来で満足は出来ねぇ」
「それは私としても望む所だけど……とりあえず出来たから良しとしようか。じゃあ、この刀だけど……」
「「では試作品ですし、私が頂きますね」」
その声はピッタリと揃っていた。試作品の刀に手を伸ばしたリルヒルテ様とレノアの手がぶつかり、二人が笑顔のまま視線を合わせた。
「……レノア? ここは私を立てて譲る所ではありませんか?」
「いえ、お嬢様。まだこれはあくまで試作品。これからすぐにもっと良い物が作られることでしょう、そちらの方がお嬢様が持つのに相応しいと思います」
笑顔のまま、顔を近づけ合って威圧し合う二人。その様子に鍛冶師たちは少し引いたようにして視線を逸らしている。
そんな二人の様子に溜息を吐いた私は試作品の刀をヘンリーさんへと手渡す。
「残念だけど、これは教会行きよ」
「「えぇっ!?」」
「カテナへの祈祷も試すとの事で、色々と条件を変えて行う予定なのです」
刀を受け取ったヘンリー先生が少しだけ気まずそうに頭を掻く。これは元々、決めていたことだ。
私の作った玉鋼を素材として魔法を使わずに作り上げた日本刀。この日本刀を祈祷して準神器化するのにどれだけ時間がかかるのか、それを教会に検証して貰う。もし従来のものより短縮されるようだったら準神器量産の手がかりになる。
試作品が自分のものにならないと知って、恨めしそうに刀を見つめ続けるリルヒルテ様。落ち込んで少し肩を落としているレノア。そんな二人の様子に肩を竦めて苦笑してしまう。
「安心しなさい、二人とも。親方たちも試作して感覚を掴めただろうし、ここから二人の専用の刀を作ることになるわ」
「本当ですか!?」
「えぇ。その為にまず試作品で慣らしてもらったのよ、二人に渡すならしっかりと合わせたものが良いでしょう? それに……」
「……それに?」
「まさか、完成するまで待ってるだけだと思った?」
笑みを浮かべて二人に言うと怖じ気づいたように二人が一歩、足を引いた。
教会に渡す試作品は敢えて鍛造そのものに私の手を入れないようにしていた。それに二人の専用品なら、二人の特訓も兼ねて作業を手伝って貰うわよ。
「二人とも、魔法で素材や作業の補佐をやってもらうから。レノアは土魔法、リルヒルテ様は風魔法と火魔法を使えたわね。手本は見せるし、指示もしてあげるから安心して」
「……えっと、本気です?」
「本気よ? 大丈夫よ、あくまで親方たちの補佐ということでやってもらうから。自分たちの専用品になると思えば気合いが入るでしょう?」
私が笑顔を浮かべたまま二人に言う。二人は引き攣った笑顔のまま、お互いの身を寄せるのだった。
ヘンリー先生や鍛冶師の皆さんが静かに祈りを捧げているのは見なかったことにした。
* * *
「……無理なのでは?」
「いえ、馬鹿なのではないでしょうか?」
「えーと……二人とも、お疲れ様?」
疲労困憊で床に身を投げ出してぐったりしているリルヒルテ様とレノア。長時間、魔法を維持し続けるのは負担だったのか、死んだ目で虚空を見つめている。
二人の頑張りもあって作業は円滑に進んだ。やっぱり魔法を使うと工程が短縮されると親方が言っていた。これを機会にちょっとした才能しかなくても魔法の勉強をしてみようかと言う鍛冶師もいた。
レノアには日本刀を鍛える際に必要な灰や泥の配合を覚えてもらいつつ、必要になった分だけそれを用意、後は鉄の状態の観察の補佐。リルヒルテ様には炎と風の魔法で炉と空調の管理をやってもらった。
作業時間は短縮されたとは言ったけど、私のように全てを計算してやっている訳ではないから相応に時間はかかった。それでもなんとか二人の魔法が必要な工程は終えることが出来た。
「おう、お嬢様方お疲れ様。まだ完成まで時間がかかるから、今日は早いところ休んでくれな」
「お気遣い、ありがとうございます……」
「職人のありがたさを我が身で実感しました……」
なんとか起き上がって馬車に乗り込む所まで回復した二人を連れて学生寮へと戻った。
次の日、授業が辛かったとねちねちとリルヒルテ様とレノアに愚痴を言われ続け、私の昼食のおかずは犠牲になった。
そんな事もありながらリルヒルテ様とレノア、鍛冶師たちの努力の結晶である二人専用の刀が出来上がった。
「これが私たちの……」
「あぁ、お嬢様方の専用のカテナだ」
姉妹刀とも言える二振りの刀。それを前にしてリルヒルテ様とレノアが感慨深そうに息を吐いていた。
早速と言わんばかりに二人がそれぞれの刀に手を伸ばして鞘から抜く。鞘から抜き放たれた刃は刀身の美しさはつい惚れ惚れとしてしまいそうになる。
「これが私たちのカテナですか……」
「あぁ、試作品よりは良いものが出来たと思うぜ。それが俺たちの慣れなのか、それとも魔法を使った効果なのかはわからないがな。まぁ、合作なんだからどっちでも良いかもしれんがな」
すっかりと見惚れているリルヒルテ様とレノアに向けて笑みを浮かべて親方がそう言った。
親方も今回の刀には、ひとまずは満足はしたみたいで私としても胸を撫で下ろす思いだった。
「二人とも、おめでとう」
「カテナさん……お礼を言うのはむしろこちらです」
「本当にありがとうございます。このカテナに恥じないように研鑽を積むつもりです」
「うん。それは是非ともお願いしたい所だけど……ちょっと確認したいことがあるんだよね」
「確認ですか?」
「刀を持っていると、なんだか魔力の質が変わったりしない?」
私が確認したいのは神器化しているかどうかの確認だ。私の神器で言えば、日本刀の性質が魔力に伝播して魔を祓い断つ性質を与える。
今回の工程には私ほどではないけれど、二人の魔法を注いで作ったのだから何か兆候があるかもしれないとは思っていたのだけど、どうだろうか?
「いえ……そんな感覚はありませんね。ただ……」
「ただ?」
「その、魔法を使った影響でしょうか? カテナが自分の一部のような、そんな繋がりみたいなものを感じます」
「私も似たような感覚を覚えます。なんというか、魔力が染みこむような感覚と言うのでしょうか……」
「そうですね、私もレノアと同じ意見です。言うなれば、よく手に馴染むんですよね」
リルヒルテ様とレノアが顔を見合わせながら刀を持ったことでの変化を口にし合う。
その私たちの話に混じってきたのは鍛冶師たちと何やら話し込んでいたラッセル様だった。
「もしかすると、それは担い手として馴染む感覚と似ているかもしれません」
「担い手として馴染む……?」
「カテナ室長は自分で作り上げたものですから経験はないと思いますが……神器は本来、受け継ぐ際に己の手や魔力に馴染ませる必要があるのです。これが終わると神器の力を十全に扱うことが出来るのです。これは準神器級でも同じです」
「じゃあ、やっぱり神器化してる……?」
私が疑問を口にしながら顎に指を当てていると、脳裏にミニリル様の囁くような声が聞こえてきた。
『それは準神器級の武具、それになりかけといった所だ。この状態であれば、その二人以外が完成させるとなれば時間がかかるだろう』
『時間がかかる?』
『準神器級の武具の祈祷に時間がかかるのは、それは無数の人の魔力を束ねているからだ。神器としての器を作るのには大量の魔力が必要だが、形が出来た後に魔力の色というべきものを抜く必要がある。器が出来ても魔力に色があるせいで完全に混じり合わず、その色が抜けきるまでは上手く一つに纏まっていないからだな。その色が抜けきってはじめて神が加護を与えることが出来る。その後であれば担い手の魔力と馴染ませれば武具として扱うのは自由だ』
えっと……纏めると、神器または準神器級の器として完成させるためには魔力で器を広げきる必要がある。
その後に拡張に使った魔力の個性、色というべきものが抜けるのを待つ必要がある。この性質のため、通常の祈祷によって束ねた魔力では色が煩雑すぎて時間がかかってしまう。
この色が抜ければ神器化が可能。ここまでくれば、魔力を馴染ませてしまえば所有者として扱えるようになる。
『これで合ってます?』
『その認識で構わぬ。カテナの神器は素材から何までお前の手によって生み出されている上、素材も最初から魔力を多く含んだ状態で製鉄されている。この工程であれば魔力の馴染む器として工程を短縮出来るのだろうな』
『つまり、玉鋼なら準神器級の武具を完成させる時間を短縮させられるってことです?』
『そうだろうな。しかし、これはお前が作った玉鋼で起きた現象であり、他の者が同じ現象が起こせるのかはわからん』
成る程、この結果は陛下に報告しないといけないな。私じゃなくても玉鋼を魔法で生み出せるようになったら準神器級の武器を完成させる時間を短縮出来るかもしれない。その可能性が見えただけでも十分な成果だ。
『……でも、あくまで準神器級なんですね? 出来たのは』
『神器はただの武器ではない。準神器級はあくまで〝武器としての神器〟の模倣品でしかない』
『……それってどう違うんです?』
『それ以上は禁則事項だ。……いずれわかる。何故、神は神子を選ぶのか。何故、神子が神器を授けられるのか。神器と神器を摸した武具との違いは何か。全ての意味は繋がっている。それは神が人に与えた課題とも言えるものだ』
『……課題?』
それだけ言うとミニリル様は何も言わなくなってしまった。
神器と準神器級の武具の違い、神が神子を選び、神器を授ける意味。
禁則事項だと言っていたけど、一体ミニリル様は何を言わなかったんだろう。この時の私には理解することは出来なかった。
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