幕間:見上げる頂きは遙か高く
――その光景は、正に神業と例える以外に言葉が見つからなかった。
リルヒルテはその光景にただ見惚れ、畏怖を隠せずにいた。
魔法によって築き上げられた炉。吹き込まれる風を受け、炎は幻想的な色で揺らめきながら燃えている。その炉の中へ素材となる砂鉄が吸い込まれていくように焼べられていく。
この作業は全て魔法によって行われている。その行いを精密という言葉で片付けて良いのかわからない程だ、やはり例える言葉は神業としか言いようがない。
この作業を一人で行っているカテナは意識を集中させ、周囲の音も耳に入らないといった様子だ。時折魔法を制御する際の癖なのか、まるで楽団の指揮者のように手が揺れる。
作業が始まって既に何時間が経過したのか。珠のような汗を流しているカテナはそれすらも己の魔法で拭い去っている。
思い出したように魔法で涼を取り、それでも作業が止まることは一切ない。
(……凄まじい、ですね)
複数の魔法の展開、持続、制御。どれを取っても真似をしろと言われても困難なものばかりだ。
カテナの技術は本来、魔法に求められるものとして評価されるようなものではない。けれど、この光景を見せられては無価値だとも言えない。それ程までにリルヒルテはこの光景に圧倒されていた。
カテナ・アイアンウィルは不思議な少女だった。
最初は彼女が生み出した新型の武器に興味を持ったことから繋がった縁だが、知れば知る程に彼女の底知れなさを味わうことになった。
リルヒルテは騎士になる事を志している身であり、実家も武門の名家として知られている。人よりも恵まれた環境で薫陶を受けてきたリルヒルテは自分の実力に多少の自負があった。
その自負を文字通り木っ端微塵にしてくれたのがカテナだった。カテナとの間には天地ほどの差があることをリルヒルテは突きつけられた。
悲観してもおかしくない実力差だったが、逆にリルヒルテは期待と興奮を覚えた。
一体どうすればそれだけの実力を身につけることが出来たのか、純粋に興味が出てきた。その一端を知ることが出来れば、自分ももっと高みに登れるかもしれないと。
しかし、カテナの正体はそんな思いすら思い上がりだと言う程に強烈なものだった。
神に直接認められた最新の神子。しかし、それは剣士としてではなく鍛冶師としてだった。なのに自分よりも遙かに強い存在、はっきり言って意味がわからない。
けれど、この光景を見せ付けられては嫌でも理解させられる。カテナの本分は確かに剣士ではなく、鍛冶師なのだと。
その努力が転じた結果が彼女の異次元めいた強さに繋がっていただけだった。
それは騎士を目指していたリルヒルテからすれば、少しだけ憤りにも似た感情を覚えてしまうけれど。それでもやはり、何故と問い、知りたいという思いの方が上回った。
物事には理由や原因が必ずある。理解することは己の視野を広めること。世界を広げることは自分の器も広げることだとリルヒルテは信じている。
だからこそリルヒルテは素直にカテナの凄さを我が身で体感していた。その上で、彼女の真摯さに胸を打たれてしまうのだ。
ちらり、とリルヒルテは隣に立つ自分の従者であり、夢を同じくする同志であるレノアを見る。彼女もまた食い入るように作業を続けるカテナの姿を見つめている。
恐らく、彼女に対して抱く思いも似たものなのだと思う。改めて、カテナの凄さを間近で感じることが許された幸運を神に感謝したくなる程だ。
カテナの神業を見届けているのは自分だけではない。カテナの魔法の先生であり、教会から外部顧問として招かれたヘンリーも、彼女の手足となるためにやってきた鍛冶師たちも真剣な眼差しでカテナを見つめていた。
「……アップライト司祭、貴方はカテナ様の魔法の先生と仰っていましたよね?」
「えぇ、そうですが。それが何か?」
リルヒルテはカテナに視線を向けたまま、ヘンリーへと声をかける。ヘンリーもまたカテナから視線を逸らさずに会話に応じる。
「この手法はアップライト司祭が提案した訳ではないのですよね?」
「えぇ。私だってこんな方法、わざわざ教えません。……当時、私はカテナお嬢様には魔法の才能はないと思っていましたから」
「……カテナさんも魔法は不得手と言ってましたが、これで言ってたんですか?」
レノアが少し呆れたような声でぼやくように言った。するとヘンリーは苦笑を浮かべて頭を掻いた。
「本当に不得手だったんですよ。戦闘に応用出来る魔法なんて使えないですし、生活に役立つささやかな魔法を扱うので精一杯でした。今だって華々しい魔法を使える訳ではありません。だからこそカテナお嬢様はこの道に進んだとも言えるかもしれませんが……」
「……なるべくして神子になったという事でしょうか?」
「そうとも言えますし、そうじゃないとも言えるかもしれません」
「……どっちですか?」
ヘンリーのどっちつかずの返答にレノアが眉を寄せながら問いかける。ヘンリーはカテナへと視線を戻して言葉を続けた。
「才能がないから、そう言われて諦める人は多いでしょう。頑張っても実を結ぶとは限らないですし、その可能性は低いと言われてるのですから。カテナお嬢様だって同じ状況でした。だけど、それでも彼女は自分に出来ることを諦めなかった。それを才能と言ってしまうのは簡単なことですが、これは才能という言葉で片付けることが出来ないと私は思います」
「……そうですね、わかります」
カテナは神子だから。なるべくしてなったと言うのは簡単だ。だけど、カテナの始まりは非才の身と言われた所からだった。
それからカテナは愚直なまでに理想を追い求めて研鑽を続けた。その結果が目の前の光景なのだとリルヒルテは思った。
「私は幸運なのですね。あの方の傍で、真っ先に薫陶を受けることが出来るのですから」
リルヒルテの言葉にレノアも、ヘンリーも言葉を返さなかった。
彼等の視線はただ作業に向かい続けるカテナを見守り続ける。その姿を目に焼き付けるかのように。
リルヒルテは静かに誓いを立てる。夢や目標が変わった訳じゃない、増えたのは強くなりたいと思う理由だ。
この人に授けられるものに恥じないように強くなろう、と。敬うべき存在として、そして何より友としてカテナに胸を張っていたいのだから、と。
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