03:教会から来た人は
カテナ研究室が発足し、日本刀の研究のために用意されたのは王都の鍛冶工房だった。
経営が傾いたということで売り地に出されていたこの場所を王家が買い取り、工房を解体して新しい施設でも作ろうかと一考されていたのを丁度良いということで私に与えられることとなった。
私の研究は機密に関わるものが多いので、防音を始めとした機密を守るための設備が突貫工事で設置されたのだとか。
「ですので、うっかり自分がひっかからないように注意してくださいね? カテナ様」
「……はぁ、ラッセル様も様付けですか」
私を研究室に案内してくれたのはラッセル様だった。そのラッセル様も私に対して敬うような態度を取ってくるので、なんだか寂しい。
そんな態度の私に対してラッセル様は困ったように眉を下げて苦笑する。
「お気に召しませんでしたか? 貴方様と以前のように接するのは畏れ多い程なのですが……」
「いや、ラッセル様は私のこと知ってても様付けまではしてなかったじゃないですか」
「カテナ様にはベリアス殿下を救って頂いた大恩があります」
「私は自分の敵を斬りに行っただけで、猪突猛進馬鹿殿下なんて助けてません」
「……そういう事にしておきましょうか」
色々と受け入れていこうと思ったけれど、やっぱり敬われるというのが落ち着かない。正直、そこまで凄いことをしているというような実感が私にはまだないからだ。
かといって他の人に同じことが出来るとも思ってないけど。だから自分が凄いだとか、偉そうに出来るかって言うと出来ないんだけど。
やっぱり堂々と出来る人はそれだけで才能があるよね。私には無理だ。
「……あっ、そうだ。それなら様付けじゃなくて室長って呼んでくださいよ」
「室長?」
「それなら役職名って感じがして敬われてる感が減りますし……」
「相変わらず変わっておられますね……わかりました。では、今後はカテナ室長と呼ばせて頂きます」
「それでお願いします」
よしよし、それなら様付けされてるよりなんかやりやすい。日本刀の研究なら私が第一人者だって自覚はあるしね。それなら私も室長って呼ばれても違和感がない。
今後の私の呼び方に決着がついた所で、改めて研究室を見渡す。まだまだ整理や改装の途中だけれども、どことなく雰囲気が実家の私の研究室の雰囲気と似てるような気がする。
「これ、ラッセル様の采配です?」
「えぇ、貴方の研究室を模させて頂いております」
「助かります。最悪、材料だけなんとかして貰えば魔法で全部やっても良かったんですが……」
「それは……」
言外に控えてくれ、と言うようなラッセル様の表情に私も察したように頷く。
でも、研究って言うからには全ての工程を魔法で鍛造した日本刀を作らないといけないと思ってる。今の刀も良い出来だと思ってるけれど、これは処女作だ。もっと良いものを作り出さなきゃいけないと思うし、私だって挑戦したい。
「研究室には直属となるのはカテナ室長を始めとして、監督に私、研究員にリルヒルテとレノア。そして外部顧問の教会の方を招きまして、この四人が中心で動かしていくことになります。後は工房付きとなる護衛や手伝いの鍛冶師を雇う予定ですが、そんなに数は多くならないでしょう」
「……結局、ラッセル様の仕事は変わりませんでしたね」
私のお目付役の任からラッセル様はまだまだ解放されないようだった。私としては構わないのだけど、ラッセル様の出世コースを外してしまってるんじゃないかと心配になってしまう。
「確かに以前と変わらないと言えばそうかもしれませんが、追加のお仕事が増えるかもしれません」
「追加?」
「ベリアス殿下がイリディアム陛下に掛け合ってる所なのですが、カテナさんに既存の準神器級の武具改良のための助言役になって貰えないかという話になっていまして」
「は? ベリアス殿下が?」
「あくまで助言役であって、改良そのものは別の者たちが行います。そちらはベリアス殿下が主導で行いたいと、なので私は相互に行き来して情報交換をする役割も担うことになるかもしれません。勿論、カテナ室長に同意頂ければですが」
「……あくまで助言役ってことでなら。ただ私が口を出しても上手くいくかはわかりませんよ?」
「それでも最初から諦めるよりは良いかと。それにカテナ室長がこの話を受けなかったとしても、私には嬉しい事でしたので」
本人も言う通り、ラッセル様は本当に嬉しそうに言った。その表情に私は思わず兄様を思い出してしまい、思い至った。
きっとベリアス殿下の変化が嬉しいんだろう。以前のベリアス殿下ならきっと誰かを頼ったりなんてしなかっただろうから。
「……怪我で動けないから大人しくしてるだけじゃないですか?」
「大人しくしてたらこんな提案もしてきませんよ。それに良薬は口に苦いとも言います。ベリアス殿下にとって噛みしめるほどの事だったんでしょう。だからこそ、ただ大人しくしてられないんでしょうね。まったくもって元気が良くて困ります」
「ラッセル様、せめて表情と一致させてから言ってください」
「ふふ、では……改めて本当にありがとうございました、カテナ室長」
「お礼を言えとも言ってませんが?」
あぁ、もう。まったくもってやりづらい。微笑ましい目で見守られるのは肌がぞわぞわして落ち着かない。
ベリアス殿下が変わったとしても、私から言うことなんて何もないんだから。どうせ顔を合わせたら互いに啀み合うことには変わらないんだろうし。
それでも、まぁ、お互いに譲歩し合えるなら憎み合うこともないし。面倒にならないなら何でもいい。
学生生活に、日本刀の研究と性能証明、それから準神器級の武器の改良の助言役。
こうして指で数えてみるとやる事と肩書きの重さに拳を握り締めてしまう。それも悪くない、だなんて思ってしまう。
これからどんどん忙しくなりそうだ。そんな予感に私は笑みを浮かべずにはいられなかった。
* * *
それから数日後、学校の授業を終えた私は教会からやってきた外部顧問となる方と顔を合わせるために王城へと向かっていた。
王城へと向かう馬車の中にはリルヒルテ様とレノアも一緒も乗っている。そこでリルヒルテ様が私に話題を振ってきた。
「今回来る方は新たに司祭となった方だそうですね」
「そうなんですか?」
「えぇ、まだお若くて有望な方だとか」
教会は一番偉い人が大司教、その下に大司教の補佐や各教会の束ねる司教、その下に司祭、助祭という階級から成り立っている。
この世界における教会というのは一つの神を信仰している訳ではなく、天に御座して地上を見守っている神々そのものを信仰している。
神々の歴史や魔法の教育を引き受ける組織でもあり、純粋に教会という名前から連想出来るイメージに加えて魔法使いの連盟のような仕事をしているといった印象だ。
正直、教会については生活に貧窮した人や孤児たちを手厚く支援をしている救済組織として認識していた。その理由となる裏話、準神器級の武器を製造する際の祈りを捧げる人員として確保しているという事実を知って印象が変わってしまった。
たとえ、餓えて生きて困る人でも信仰心があれば教会に行けば最低限は生きていける。それも全ては魔族の戦いに備えるため、と言われれば何とも言えない顔を浮かべてしまう。必要なことだとはわかってるし、どんな人でも食べて生きていけるから悪いことではないんだけどね。
そんな話をリルヒルテ様たちとしている間に王城へと辿り着いた。
慣れたように進むリルヒルテ様たちに少しだけ気後れしつつも、二人に案内されるままに王城へと進む。何度か登城したけれど、やっぱり慣れない感じがする。
そして、私たちは王城の中に一室へと辿り着いた。中で待っていたのはラッセル様と……。
「お待ちしていました、カテナ室長。リルヒルテ、レノア、ご苦労様」
「はい、ラッセル様」
「そして、カテナ室長。こちらが……」
「教会からカテナ研究室外部顧問として招かれました。……お久しぶりですね、カテナお嬢様」
「ヘンリー先生!?」
私に魔法を教えてくれたヘンリー先生が司祭の装束を纏って、私たちを待ち構えていた。
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