02:カテナ研究室、発足
「王家直属鍛冶師兼〝カテナ〟研究室長?」
「うん」
「……王家直属の鍛冶師になって、あの刀を研究するのを認められたと?」
「研究っていうか、性能証明のために色々やるって話だけど。有効活用するための運用方法とか」
「そうかそうか、栄転じゃないか! やったな、我が妹よ! ……はぁーッ! 胃がッ、俺の胃がッ! マグマのように燃えているッ!!」
穏やかな笑みを浮かべて私の説明を聞いていた兄様だけど、突然お腹を抱えて机に突っ伏してしまった。
そんな兄様を見て、つい思ったことを口にしてしまった。
「それ、ただの胃酸だよ兄様」
「やかましいわッ! 俺の気苦労を悪化させて楽しいのか!!」
「悪いって思ってるからちゃんと説明してるんですけど!?」
イリディアム陛下に呼び出されて伝えられた内容を兄様に報告するための場を設けたのだけど、説明した結果がこれだった。
勿論、機密に関わることは伏せて説明したけど、それでも兄様には衝撃が強かったらしい。
「ほら、王家と揉めた訳じゃないんだから……」
「うぅ……身内の栄転は喜ばしいことだが、それはそれで胃が痛い……俺はしがない男爵家の息子として平々凡々の安定した貯蓄安泰の日々を送りたかっただけなのに……」
「前から思ってたけれど兄様って割と不貞不貞しいよね?」
「まぁ、良い報告だと考えよう。悩みの問題が解決したとも言えるからな」
王家というか、ベリアス殿下との一件でかなり気を揉んでたからね。結果として王家とも揉めることはなくなったと見ても良いだろうし、結果良ければそれで良しだ。
「しかし、研究室ってことはカテナの下に部下がつくってことか?」
「うん。人選は陛下がやってくれるって話だけど……リルヒルテ様とレノアは研究室に入ることになると思う」
「ガードナー侯爵家か。今後の刀が普及することを考えたら侯爵家が後ろ盾に立ってくれるのは悪くない話だな」
「他にも教会からの関係者が外部顧問として入る予定だって」
「……なんで教会?」
「……あっ。……えっと、そこは極秘事項なので……」
「よし、俺は何も聞かなかったぞ」
あー、あーっ! と耳に手を当てながら兄様が誤魔化そうとする。準神器級の武器への祈祷を行っているのは教会だからね、私の手法で新しい発見が出来れば、という事らしい。
出来れば親しく出来る人が来てくれれば良いな、と願う私だった。
「それじゃあ、報告はしたよ。実家にも手紙で報せてあるから安心して」
「わかった。……それと、カテナ」
「ん?」
「魔族と戦ったんだよな。……怪我はしなかったか?」
ふと真面目な表情に変えて兄様が問いかけてきた。そういう顔を私に向けてくれるから、本当にこの人は良い兄だな、って思ってしまう。
私は軽く手をヒラヒラ振りながら、安心させるように微笑む。
「大丈夫だよ。私の強さは知ってるでしょ?」
「……あぁ、そうだな。それなら良かった」
私の返答に兄様はホッとしたように息を吐いて笑ってくれた。
心配してくれてありがとうね、兄様。
* * *
「カテナさん! 話は聞かせて頂きました!」
「わぁ。……えっと、リルヒルテ様?」
兄様に報告が終わって寮に戻ってくると、目をキラキラとさせたリルヒルテ様が素早く歩み寄ってきて私の手を取った。
寮にいた他の生徒が何事かと私たちを見ていたので、私は駆け寄ってきたレノアと一緒にリルヒルテ様を引っ張って人気のない場所へと移動する。
「リルヒルテ様……えっと、既にお話が来たんですか?」
「はい! お父様から直々に! 今後、私たちがカテナ研究室の一員として、そしてカテナさん……いえ、カテナ様の護衛につくことが決まったと」
最初は興奮したように早口で捲し立てていたリルヒルテ様だけど、私のことを様付けに呼ぶのをキッカケにしていつもの落ち着きを取り戻した。
リルヒルテ様に様付けで呼ばれるのは慣れなくて、何とも言えない曖昧な表情を浮かべてしまう。
「護衛といっても所詮はまだ学生の身です。あくまで学院内での護衛であり、カテナの性能実証のための研究員であると言うべきでしょうか」
「私もそう聞いてますけど……一応、聞いておきますけれど良いんですよね?」
「勿論です! 私としては願ったり叶ったりですし、栄誉なことでございますから!」
ニコニコと笑みを浮かべながら、リルヒルテ様はまた私の手を取った。
「今後ともどうかよろしくお願い致します、カテナ様。誠心誠意、お仕え致します」
「……様付けはやめて欲しいんですが?」
「ふふ、立場としては私よりも神子であるカテナ様が上だということをどうか心に置いてくださいね?」
「気にならないんですか? その、いきなり立場が逆転していた事とか……」
「元から私が上だと思っていませんよ?」
何を言ってるんです? みたいな不思議そうな顔をしてリルヒルテ様は首を傾げる。
同意するかのようにレノアもうんうんと頷いている。
「元より国王陛下に献上品を捧げられる新型の武器の開発者ですし、実力も私たちよりも上です。身分としてはお嬢様の方が上でしたが、カテナ様が神子だと言うのであればそれすらも覆ります」
「そういう事です。なので、これはあくまで線引きとして捉えてください」
「線引き?」
「貴方は守られるべき価値のある方です。ですので、ご自分の立場をご理解下さい」
真剣な表情に切り替えてリルヒルテ様とレノアは跪いて私に頭を垂れる。突然、二人に頭を下げられても私は反応に困ってしまう。
「……理解していても、悔しくは思っているのですよ」
「え?」
「見学授業の時の話です。魔族に立ち向かった貴方にも、ベリアス殿下にも。ベリアス殿下は大怪我をしましたし、貴方も傷を負わないという保証もなかった筈です。将来は近衛騎士となり、王女殿下の護衛となりたいと望んでも私には力が足りません」
「リルヒルテ様……」
「どうしようもない事を悔いても仕方ありません。しかし、今の未熟をこれから先も言い訳にしたくはないのです。だから私にとってこの機会は幸運以外の何者でもありません。それを齎してくれたカテナ様には感謝しかないのです」
跪いた姿勢のまま、顔だけ上げて私を見つめるリルヒルテ様。その目に宿る意志の強さに私は何も言えなくなってしまう。
騎士になりたいと志しているリルヒルテ様にとって、あの時のことをどう思っているのか。それに触れてしまった私は何とも言えなくなってしまう。
はっきり言ってリルヒルテ様は私より弱い。特別でないということは、そういう事なんだ。特別じゃない人が私のように責務を背負うことなんて出来ない。
それは私に言われるまでもなくリルヒルテ様だってわかってるだろう。だからこそ彼女は悔いても仕方ないとは口にする。それでも悔しさが拭いきれる訳でもない。
そんな時に新しい武器である日本刀の性能証明のための人員として選ばれた。様々な事情から、純粋に実力で選ばれた訳ではないことも理解している筈だ。
それでも彼女にとっては関係ないんだ。そして未だに頭を下げ続けているレノアだって似たような思いを抱いていてもおかしくない。強くなりたい、と。守るべきものが彼女たちにはあるのだから。
「……わかりました」
これが私の受け止めなきゃいけないこと何だろうと思う。その上で私がリルヒルテ様たちにしてあげられる事と言えば、満足のいく日本刀を作り上げて、その使い手として彼女たちを育てることだ。
色んな人に言われてるから、もっと私は自分の立場というのがどんな影響をもたらすのか考えていかないといけないんだろうな。面倒臭いと思っても、蔑ろにすればする程に自分に返ってくるのなら向き合わないと。
「安心してください。立場やしがらみのない所でしたら、今後も友人としてありたいと思っていますから」
立ち上がってからリルヒルテ様は笑みを浮かべてそう言った。レノアも並んで私に優しい目線を向けてくれる。
友人、か。そうだね、そう言っても良いんだよね。
「……じゃあ、改めてよろしく?」
どう反応すれば良いのか迷った末に私は二人に手を差し出した。その手をリルヒルテ様が取り、その上にレノアが手を重ねてくれた。
面白いと思って頂けたらブックマーク、評価ポイントをお願いします。




