25:戦いは過ぎ去り、刀は鞘に納まる
私が魔族を倒すと街の周囲を包んでいた炎も消えていき、残った火は消火活動が行われて素早く鎮火された。
炎が消えれば魔物討伐に向かっていた騎士たちも戻って来て、後処理は彼等に任されることとなった。
戻って来た騎士たちには魔族が出た事は報告したけれど、誰が倒したのかという話になった時、少しだけ嘘を交えることにした。
「……ふん。気に入らんな」
「そう言わないでよ」
「この負傷も名誉の負傷という事になるのか。やりきれんな……」
ぼやいているのはベッドの上で寝かされたベリアス殿下だ。ラッセル様に抱えられて避難所に辿り着いた時は危なかったそうだけど、何とか峠を越えて意識も取り戻していた。
それでもベッドから動かせるような状態ではないので、こうして横になった状態で私と会話している。
ベリアス殿下が気に入らないと言ったのは、魔族を撃退したのはベリアス殿下だという話になったからだ。
私はラッセル様と一緒に魔族を撃退するも、怪我で動けなくなっていたベリアス殿下を救出した。それが私とラッセル様が考えた筋書きだった。
それを説明してからというもの、ベリアス殿下の機嫌はずっと悪いままだ。
「悪いとは思ってるわよ。でも、ここで貴方が倒れたのに私が倒したって話にするとややこしくなるでしょ」
「……ふん。お前には借りが出来たな」
「功績を代わりに背負ってもらうからそれで帳消しで。貴方に貸しなんか作りたくない」
もう敬う気も起きなくて敬語も外れてしまった。どこまで行っても私たちは相性が悪いらしい。
「……負けた、か」
「子供を庇って負傷したんでしょ。普通に戦ってたらわからないわよ」
「だが、守れなければ意味がない」
「守ったわよ。あの子たちは生きてる。貴方が生きてるって聞いて、泣いて喜んでたわよ。ごめんなさい、だって。あと、ありがとうって」
あの子供たちは無事に避難所に辿り着けていたようで、後で再会することが出来た。事実を誤魔化すためにも彼等にはベリアス殿下が魔族を倒したと伝えると、無事なのかどうかを聞かれた。
彼等のせいでベリアス殿下が傷を負ったのは事実だ。それを大層、気に病んでいたようだけど、無事だとわかれば少しは心も楽になると思う。出来ればそうであって欲しい。
「……感情も事情も抜きにして言うなら、貴方は私を連れていくべきだったのよ」
「……説教か?」
「そうね。アンタに死なれると私が死ぬ程、面倒くさい事になるってわかったから。だから簡単に特攻するんじゃないわよ、殿下?」
「臆病者に王が務まるか」
「馬鹿にはもっと務まらないわ」
「……不敬だぞ」
「敬えるようになってから言いなさい」
チッ、と互いに舌打ちが零れる。まったくもって気に入らない奴ね。それはあっちも同じだと思うけど。
「ラッセル様も言ったでしょ。一緒に戦わせろ、って。王だったら度量を広く持って大儀であったって言ってやればいいのよ」
「……それが俺自身の価値に繋がるのか?」
「誰も認めない人が誰かに認められることなんてない。そして貴方は自分に必要な臣下は認めなきゃいけない。誰も必要ないなんて言わせない。人が一人で救えるものなんてたかが知れてる。貴方の言葉には人を動かす力があるんでしょ? だったらそっちも有効活用しなさい。それとも力で有無も言わさずに従わせたいの?」
「……ズケズケと煩い女だ」
忌々しそうに眉を歪めてベリアス殿下は唸っている。私から視線を逸らすようにそっぽを向いて、深く溜息を吐く。
「……だが、考えておく。俺には足りてないなどと言う言い訳は許されない。恥は雪がなければならないからな」
「……貴方が恥に思うのは勝手だけどね」
私は席を立って、ベリアス殿下を見下ろすように見てから言ってやった。
「殿下が自分を犠牲にしてでも国を守りたいって気持ちはわかった。その中には私も守りたいものが重なってる。だから、私たちは嫌い合っても啀み合うべきじゃない」
「――――」
「私だって貴方と同じ特別だ。どっちが偉いだとか、どっちが凄いとかじゃない。私たちが啀み合っても魔族には知ったことじゃない。むしろ互いの足を引っ張ることになる。そんなの本末転倒でしょ?」
「……簡単に言ってくれる」
「だからってこのままに出来る話でもないでしょ。お互いわかり合って、その上で嫌い合って、それでもこういう奴がいてもいいって思えればいいんじゃないの?」
私の問いにベリアス殿下は何も答えなかった。私も彼に背を向けて部屋を後にしようと歩を進める。
扉に手をかけた所で、私の背中にベリアス殿下が小さな声を投げかけてきた。
「……今回は助かった。礼を言う」
「……どういたしまして」
ぱたん、と私は扉を閉めて部屋を後にする。私は一度も振り返らなかった。だからベリアス殿下がどんな顔をしていたのかも知らない。
それは、きっとこれからも知る必要がないことだろうから。
* * *
宛がわれた自室へと戻って一息を吐く。色々と今回は疲れてしまった。
初めての魔族との遭遇、その異質な存在に触れた故の嫌悪感は胸の奥にまだ残っている。ムカムカとするような不快な感触は酷く私を苛立たせる。
「……あれはダメね、本当に無理」
魔族が総じてあんな振る舞いばかりするなら忌み嫌われても当然だ。だから始末すると決めた自分の判断は間違ってないと思う。
殺すのが嫌だ、とは言うつもりはない。あれはこの世にあってはいけない存在だ。誰かがやらなければ災厄をばらまき続ける。
ただ不愉快だった。何もスッキリせず、心が淀んでしまいそうだった。漏れた吐息も深くなっていくばかり。
「――随分な溜息だな。勝者のものとはとても思えぬ」
唐突に頭すら持ち上げられないのではないか、という程の圧迫感がのし掛かってきた。
その声には覚えがある。いつもはもっと幼い声だったけれども、それは大人の声だった。忘れる筈もない。顔を上げれば私のベッドに腰掛けている女神がいたのだから。
「ヴィ、ヴィズリル様!?」
「何を慌てている。なに、端末を通しての一時的な顕現だ。本体が直接降りるよりは影響も少ないが、維持していられる時間も短い。安心せよ」
「いきなり出てこられてもビックリしますよ……端末ってことは、ミニリル様を通して?」
「くく……っ! ミニリルか、まさか我の端末にそのような渾名をつけるとは至極愉快なり。あれは我であって我ではないからな。あれの見聞きしたものは、我にとっては夢を見ているようなものだ。なかなか刺激的であったぞ? カテナよ」
「はぁ……」
本体と端末ってそういう関係性だったんだ。じゃあ、厳密にはヴィズリル様とミニリル様って完全な同一存在ではないってことなのか。
「それに言っておっただろう?」
「……はい? 何をですか?」
「剣が完成した頃に顔を出すとな」
「……言ってましたけど? え? じゃあ、なんで今なんです?」
「確かにお前の生み出す刀という意味でもある。だが、またお前自身のことでもである」
「……私?」
「刀はお前と共にあってこそ真価を得る。即ち、お前もまた一振りの剣と見立てることも出来る。魔族の討伐という大任を果たした我が子を労いに来るのがそんなにおかしな事か?」
くすくすと口元に指を添えるようにして笑うヴィズリル様に何とも言えない表情を浮かべてしまう。
「……私は好きで戦ってるんじゃないですよ」
「あぁ、知っている。だからこそ胸の内を燻らせているのだろう?」
図星を突かれて私は黙り込んでしまう。黙り込んだ私に向けて、ヴィズリル様は手招きをする。
「来い」
……なんだか、ミニリル様に似たようなことをされた覚えがあるなぁ、と思いながら私はヴィズリル様の傍まで行く。
ヴィズリル様は私をそっと包むように抱き締める。幼子をあやすような手付きで私の背中を撫でて、まるで宥めているかのようだった。
「……お前の心を燻らせるのは、怒りだ」
「……怒り?」
「理不尽に対する怒り。そして自身に対する怒りだ。その怒りは、そう簡単に解きほぐすことは叶わぬ」
「……理不尽はともかく、私自身ですか?」
「後悔するぐらいなら最初から飛び出していれば良かったと思うのだろう? だからお前は歩み寄ったのだ。あの王子の負傷が余程、尾を引いたと見える」
……ヴィズリル様に指摘されて、ようやく私も自覚した。ベリアス殿下を敬えない、と思ったのは見下したからじゃない。敬っている立場のままじゃ言葉が届かないとわかってしまったからだと。
ベリアス殿下が私を嫌っていなかったら。お互い、協力し合える立場だったら。戦うのは嫌でも、誰かが傷つくよりはずっとマシだ。それが嫌い合っている相手だったとしても、あんな目に遭えば良かったとは思えない。
あぁ、だから私は怒っていたんだ。そんな理不尽を齎した魔族のことも、半端で踏み止まっていた私のことも。
「それでいい。その怒りを消す必要はない、カテナよ」
「……必要ない?」
「お前が怒りを消すために戦う必要はない。その怒りはお前の権利だ。この世界に訴えて良いものだ。お前は魔族を討ち倒すという義務を果たした。だが、それが望みでなくて良い。お前はこの世界で地に足をつけ、望みのままに生きて良いのだから」
ヴィズリル様にあやされていると、心の中で蟠っていた嫌な感覚が小さくなっていくようだった。
でも、決して消えた訳ではない。ただ静まっただけで、この怒りは私の根幹に根差しているものなのだから。
「魔族の討伐、大儀であった。我が神子にして剣よ。故に心を休めるが良い。鉄を鍛えるのに冷ますのもまた必要なことであろう?」
「……ヴィズリル様」
「抜き身の心を晒し続ける必要はない。お前の心は刃にも似ているのだから、鞘が必要であろう? さぁ、ゆっくり休むが良い。お前の思いも、お前の痛みも、我にとっては愛いものよ。故に誇らしいぞ、よく戦ったな」
包み込むように抱き締めてくれるヴィズリル様の背に、おずおずと手を伸ばしてしまう。
とても温かい。心の澱みが解けていく。理解して貰えるということが、理解させてくれるということがこんなにも安心出来るなんて思わなかった。
戦うのは嫌いだ。出来るなら自分の好きなことだけして生きていたい。
でも、誰かが傷つくのはもっと嫌だ。傷つけてしまうのだって嫌だ。
だから魔族が許せなかった。もっと早く決意出来ない自分を疑ってしまった。
でも、そんな私で良いと言ってくれた。あぁ、なんだ。ベリアス殿下に言ったことは自分にも跳ね返ってくるものだったんじゃないか。
誰か理解して欲しい。特別だからと棚上げをしないで、ありのままの私を見て、受け入れて欲しい。そんな人がいて欲しいんだ。そんな人がいてくれれば、きっと私は間違えないままでいられるから。
ヴィズリル様。私の価値を認めてくれた、私の女神。
ようやく心の底から実感することが出来た。貴方が私に与えてくれた特別は、私にとって必要な特別だったんだ。
だから私は私のまま、なりたい自分でこの女神に相応しい存在になろう。
まだ夢は道半ば、理想は遙か先に。しかして急ぐ旅でもなし。
優しき腕に包まれながら、私はそっと目を閉じた。
今回の更新で「転生令嬢カテナは異世界で憧れの刀匠を目指します! ~私の日本刀、女神に祝福されて大変なことになってませんか!?~」は書くと決めていた所まで書いたので、一度完結とさせて頂きます。続きも考えていますが、ほとんど何も決まってないので次の更新がいつになるかわかりません。気長にお待ち頂ければ幸いです。
改めてここまで読んで頂いた方、本当にありがとうございます。続きを読みたいと思って頂けましたらブックマークや評価ポイントを頂けると大変励みになります。




