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24:其は、魔を祓い断つ者なり

2021/06/18 改稿

「――燃えなぁッ!!」


 放たれた昏い色をした火球、それを払うようにして日本刀を振るう。しかし、次々と火球は生み出されて弾幕のように私へと迫る。


「はっはぁっ! いつまで防げるのか試して――」


 ――〝刀技:荒波〟。


 迫り来る火球に対して、私は刀身に水を纏わせた。水を纏った一閃が火球を斬り裂き、そのまま水が鞭のようにしなる。水の鞭は私の斬撃の尾を引くようにして空間を駆け巡った。

 縦横無尽に駆け巡った水の鞭が火球を一つ残らず叩き落としていく。それはまるで波に呑まれていくかのようにも見える。


「チィッ! 水魔法の使い手かよ! けどなぁ……! 水が炎を消すからって優位に立ったと思うなよ――」


 ――〝刀技:鎌鼬(かまいたち)〟。


 次の炎を放つために力を込めようとした魔族に、私は水に代わって風を纏わせて袈裟斬りと共に風の刃を飛ばす。

 剣によって起きる風圧を加速させ、研ぎ澄ますことによって放たれた風の刃は魔族の男の肌を斬り裂き、流血させた。


「ぐぁっ!? ち、二重属性か! だが、この程度かすり傷なんだよぉっ!」


 魔族は両手を炎に包ませて私へと向かって疾走してくる。炎を纏ったまま、私を捕まえようと伸びた手を紙一重で見切って回避する。

 その回避の動きに合わせて魔族の腹へと刀の柄底を叩き付ける。腹部に打撃を受けて魔族が息を吐き出し、動きが鈍る。その鈍った一瞬の隙に掌底を顎へと叩き付ける。


「げばぁっ!?」


 僅かに浮いた魔族の身体、身体強化を部位ごとに比率の調整してコマのように全身を回す。地を蹴り、一回転するように振り抜いた一閃が魔族を袈裟斬りにして吹き飛ばす。

 地を何度か跳ねるようにして転がった魔族。胸元の傷を抑えながら起き上がって私を睨み付ける。


「て、テメェ……! 調子に、乗るんじゃねぇェエエッ!!」


 狂ったように咆哮すると、魔族の全身から炎が吹き上がるようにして荒れ狂う。それは彼の怒りを度合いを示しているようで、余波だけで火がついてしまいそうな程だ。


「殺してやる……! 生きたまま焼き殺してやる!! 悲鳴と苦悶の顔を見せろよォッ!!」


 まるで隕石のように密度も火力も先程とは段違いの炎が迫ってくる。

 私は地をしっかり踏みしめ、軸を固定する。身体を捻るようにして溜め、一気に力を解放してその場で舞い踊る。


 ――〝刀技:砂嵐〟。


 風と土の二乗。風を纏わせた刃の勢いに砂を跳ねさせ、最も勢い良く振り抜いたタイミングで方向を調整して、礫がより固まった刃が放たれる。

 火球に衝突した礫の刃は炎へと食い込み、その内部で拡散して弾けた。一度、二度、その場で跳ねて踊るように礫の刃を発生させて炎の勢いを鎮め、拡散していく。残り火となった火球の残骸を今度は刀で払い、舞の動きを止めた。


「三重属性!? な、何なんだ……何者だ、テメェ……!」

「……終わり?」

「……あぁ?」

「お終いなの?」


 小首を傾げながら問いかけてやる。狼狽していた魔族の動きがぴたりと止まり、今度は全身が震え始めた。目は血走り、砕けんばかりの勢いで歯を噛みしめている。


「俺を……俺様をォ! 見下すなぁあァァアッ!! この街ごと、燃え尽きろォッ!!」


 胸の前に腕を交差するように身を縮め、大きく腕を広げると魔族の男を中心に炎が爆発した。ドームのように広がろうとする炎の渦は街を呑み込むのにそう時間はかからないだろう。

 私は後ろへと引くように飛び退りながら迫った炎の壁に刃先を這わせた。



「――〝(はら)(たま)い、清め給え、(かむ)ながら守り給い、(さきわ)え給え〟」



 炎の壁へと這わせた刃先が、火花を散らすようにして炎を纏う。

 それは小さな穴、ただのかすり傷。この炎の壁にとっては針で刺されたような効果しかないだろう。


 ――それで、私には十分だ。


 刃先で傷をつけた箇所に、もう一度刃を這わせる。火花が先程よりも大きく散って穴が広がる。

 今度は、自分の炎の魔法を日本刀に纏わせて炎の壁へと突き刺す。刃先が完全に炎の壁を貫き、内部へと食い込んでいく。二つの色の炎が互いに喰い合わんと絡み合う。しかし、私の炎に触れる度に昏い炎は裂かれるようにして散っていく。


 神器と化した日本刀は、その性質を〝私の魔力〟にも適用させる。それこそが神器としての真価。日本刀の切断力を転じさせ、〝魔を祓い断つ〟ことによって、魔法そのものに穴を開ける。

 それは穴の空いた風船のようだ。けれど小さな穴を開けただけでは魔法は揺らがない。術者の力量によって密度が濃ければ表面を掠るだけでは核までは届かないからだ。


 だから〝斬り祓う〟。奧へ、奧へ、深奥へと。

 そして、私の感覚が核への到達を確認した。その核に触れた私の魔力で〝核〟を引き裂いた。


 引く。引っ張る。引き千切っていく。拡散しようとする魔力を私の魔力で〝清め祓い〟ながら塗り替えていく。同種の魔法を、しかして異なる魔力を持つ二つを混ぜ合わせ、練り合わせる。それは、まるで合金を生み出すための工程にも似ている。

 不浄を祓い、削ぎ落とし、私の魔力として塗り替えていく。すると何が起きるのか?



 ――〝神技:万物流転〟。



 本来存在していた魔法の核は塗り替えられ、私の支配下へ置かれる。

 街を暴虐に包もうとした昏い炎が、一気に眩い白焔へと姿を変えて私の下へと収束した。


「なんだ、それは」


 その光景に、魔族が唖然としながら呟きを零す。


「一体、なんなのだ、それは!?」


 男が狂ったように火球を生み出して、私へと向けて放つ。しかし、恐怖を遠ざけようとするような火球は既に相手の力をも取り込んで支配した力の前にはさざ波すらも起こせない。

 既に核を掴む感覚は把握した。小粒であればあるほど、大波で呑み込むように核ごと押し潰して取り込むことが出来る。


「なんなのだ! 貴様は!」


 一歩、前へ進む。すると魔族も一歩、後ろへと下がる。

 その顔は恐怖と困惑に引き攣っていた。先程までの威勢がどこに行ったのかと思う程だ。


「なんだと言うのだ、貴様はァッ!! 貴様は、一体何者だァ――ッ!!」

「――それをお前に聞いただろう者に、お前は一度でも答えた事があった?」


 絶叫する魔族に対して距離を詰めながら私は問う。


「一度でも、お前が誰かの声に応えた事があった? お前の暴虐に苦しむ人が命乞いをしたでしょう。助けてくれ、死にたくない、自分はともかく大事な人だけは許してくれ、と。お前はそれを聞き分けた事がある? 誰が何を願い、何を乞うたのか覚えている?」

「あ……あぁ……」

「――お前は、笑ったわよね?」


 人の苦しみを前にして、人の絶望を前にして、この魔族は笑った。楽しいからと、娯楽だと言って焼き払った。ただ、己の欲望を満たすためだけに。


「言ってみなさい」

「……ひ、ひっ、ぁっ……」

「お前は、どうしたい?」

「し、しに、死にたく、ないッ! 死にたく、死にたくない――ッ! もうお前には手を出さない! お前には何もしない、だから、だから――ッ!!」


 白焔を纏ったままの一閃が、魔族の腕を斬り裂いた。

 そのまま宙を舞った腕は白焔に焼かれて消し炭へと変わる。


「ガァァア――――ッ!? ハァッ、ァァッ!? 何故、何故、再生しない!? どうして!? 魔力はまだあるのにッ!! 俺の腕、腕が、腕がァ――――ッ!!」

「お前たち魔族は、その全身を魔力で変質させているのでしょう? その強靱な力も、死を遠ざける再生能力も」

「あ……あぁ……ッ!」


 〝魔を祓い断つ〟。それが魔族にとって何を意味するのか。何故、ヴィズリル様が私を見初めたのか。



「――私は、魔族(おまえ)たちの〝天敵(ぜつぼう)〟だ」



 私の突きの一撃が、魔族の胸を食い破る。刃を通じて魔族の身体へと燃え移った白焔が蛇のように絡みついていく。


「アァァアア――ッ!? やめろ、やめ、やめてくれぇェッ! 俺が、俺が消える! 俺の核が! 俺が! 俺が焼けて、俺が焼けているゥ――ッ!!」

「お前を消した所で、お前に消された命が還って来る訳じゃない。その罪の重さを噛みしめて――地に堕ちろッ!!」


 どうか、せめて。これがこの魔族によって殺されてしまった命たちへの弔いとならんことを。


 ――〝刀技:赤花繚乱(せっかりょうらん)


 焔を纏った一閃、それを何度も繰り出す。一閃の名残として残った焔が、互いに火花を散らすように弾け合う。

 最後の一閃を振り抜き、鞘に刃を走らせて納刀する。鞘に刀を収めた瞬間、火花は手を繋ぐようにして大きな炎の華を咲かせた。

 私によって切断された魔族の身体をも呑み込み、炎の華は天へと昇るようにして散っていく。残り火となった火花が夜闇を照らしながら宙へと消えていく。


(これで終わり……――!?)


 ――そう思った瞬間だった。

 消えゆく残り火、それが鳴動するように気配を膨れ上がらせている。ここまでして尚、再生するのかと驚きを隠せない。


『――いや、違う。これは……』

「ミニリル様?」



『――ダメよ』



 声が、聞こえた。

 瞬間、背筋に怖気と悪寒が走る。肌が逆立ち、耳を塞ぎたくなった。

 この声が何なのかわからない。わからないけれど、その中で理解したことがある。

 私は、絶対にこの声の主と相容れることはない、と。


『ここで諦めてはダメよ』

『生きて、生きて、生きていいのよ』

『好きに、思うままに、自由に』

『力をあげる。あげるから、ほら』


 それは、子供をあやすように。励ますように優しい声。

 同時に脳が蕩けて、何も考えられないようにされてしまいそう甘い毒。



『――貴方の願いは、なぁに?』


 ――モッと、燃やシたカッた……


『だったら、許してあげる。私が――ほら、だから立ち上がって』



 無邪気な声と共に、炎が爆ぜた。

 消えゆく筈だった命が起き上がる。そこに立っていたのは炎の人型。

 辛うじて人の形を保っているだけのそれは、もう生物とは言えない。なのに生命の気配を感じる。生きた炎そのものと言うべきもの。

 在り方が歪んでいる。存在そのものが自然の摂理に反している。見ているだけで悍ましい。吐き気が込み上げてきそうだ。


「……あれが、もしかして」

『あぁ、そうだ。あれが――魔神だ。魔神の在り方だ』


 思わず問いかけると、ミニリル様が答えを返してくれた。

 炎の人型が震えている。形が今にも崩れてしまいそうに、その存在だけは嫌にハッキリしている。

 あれを生命と呼んで良いのかわからない。だけど、生きているのだろうと私の感覚が告げている。

 ……これが魔神の在り方。そして魔族の行き着く先だとするなら、私のすべき事は。


「オォ……オォ……オォオォォッ! 燃ヤス、燃ヤシテ、燃エロォォォオッ!」


 炎の人型が、どこから出しているのかもわからない声で叫ぶ。

 炎が吹き荒れ、今度こそ街を火の海に呑み込もうとする。まるで爆発寸前の爆弾だ。


「……いいや、許さないよ。仮に貴方たちの神がそれを許しても」


 そう、私は許さない。この街が燃えることなんて許さない。ここには守るべき人がいるから。

 ただ欲望のままに暴れる災禍に失わせていいものなんか、何一つない。


 今日、歩いた街並みを思い出す。リルヒルテ様とシエラと歩いた風景を、声をかけてくれた人たちを、誰よりも真っ先にこの街を守ろうとしたベリアス殿下を、そんなベリアス殿下に救われ、彼の身を案じる子供たちを。

 ここには、守りたい人の営みがあった。だから、私は踏みとどまれる。


「お前のような歪んだ生命(いのち)が私たちを脅かすというなら、私が斬る」


 こんな魔神の在り方は認められない。生きていいと許されたいのは、きっと誰もが願うことなのかもしれない。

 でも、そんな歪んだ在り方まで認めてしまえば世界は混沌に満ち溢れてしまう。この歪みに抗う力があるのなら、私はもう目を逸らさない。


 収めた刀に手をかける。ゆらりと揺れている炎の人型が目の名残のような光で私を見つめている気がする。

 視線が交わり、世界から音が消え去ったような気がした。どこまでも引き延ばした時間の中で私たちは見つめ合い――互いに弾かれたように飛び出した。


「燃、エ、ロォォォオオオッ!!」


 圧縮された禍々しい炎。触れれば一瞬にして燃え落ちて原型すらなくなってしまいそうだ。空気すらも焼こうとする炎が私に迫る中、私は刀を抜刀した。

 私は迫った炎を搦め捕るようにして切り裂き、逆に呑み込んでいく。禍々しく黒い炎の中に白い焔が混じり、一気に染め上げて行く。


「アァ、アァァア――ッ!」

「させないと、言ったッ!」


 私に取り込まれた炎を上回ろうとするように、無差別に炎を膨れ上がらせる。この一帯を私ごと炎の海にされる前に、私は取り込んだ焔を刀身に纏わせる。

 それは闇を切り裂き、朝日が昇るように。白焔を纏った一閃がそのまま、炎の人型を両断した。


「……アァ、ァァ……」

「……どうか、貴方にも良き来世があらんことを」


 祈るように呟く。誰かを傷つけることでしか存在出来ない生命となってしまった彼に、どうか次の生では救いがあるようにと。

 消えようとする中、縋るように手を伸ばして来る炎の人型。しかし、それは私に届くことなく消えていった。


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