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幕間:高みを目指す者 後編

 ――俺は幸せな子供だった。


 ベリアス・グランアゲートは己を幸せな子供だったと振り返る。

 偉大なる父と尊敬する母の間に生まれた、高貴なる身分の王子。望む限りの贅沢を許された。誰よりも高い教育を受けることが出来た。

 全ては第一王子という誉れ高い身分に生まれたからこそ。その幸運は、ベリアスにとって間違いなく幸せなものだった。


 だから彼は自分の父にもう一人の妻がいることは気にならなかったし、自分の母ではない妻との間に生まれた異母弟である第二王子のことを嫌ってはいなかった。

 むしろ弟がいるということは、自分は兄である。兄であるならば弟を守らなければならないと思っていた。兄とはそういうものだからだ。


 二人で剣の稽古をして、勉強をして、読んだ本や授業の話で盛り上がる。王子としての生活を窮屈に感じた時は、弟と目を盗んで脱走なんかもした。

 自分を愛してくれる両親と、見守ってくれる家来たち。これ以上の幸福は世界を見渡してみても代わるものはないだろうとベリアスは思っていた。


 ――兄上! 僕に妹が出来たんだよ! それも二人も!


 そんな日々に、新しい幸せが加わった。

 弟の母との間に生まれた双子の王女。小さな赤子は触れたら壊れてしまいそうな程に小さくて、無邪気に小さな手で自分指を掴んでくる姿には心が和んだ。

 守らなければいけない存在が増えれば、兄として、王子としてもっと相応しくならなければならないと思えるようになった。


 もっと上へ、遙かなる高みへ。この身分に与えられた理想のために邁進し続けなければならない。その努力を惜しむことはなかった。

 ベリアスは幸せだった。だから、彼は前だけを向き続けられていた。



 ――兄上! 僕の妹なのに、兄上ばっかり狡いですよ! 僕から取らないでください!



 ……例え、それが。



 ――母上! 私も母上が産んだ妹が欲しいです!



 自分が、その輪の中に入ることが出来なかった幸せなのだとしても。



 ――……ごめんね。ごめんね、ベリアス。それだけは叶えてあげられないの。ごめんね……!



 その時、母がもう二度と子を為せない身体だったことを初めて知った。

 そして、自分が生まれるまでの間、母がどれだけ苦境のなかにいたのかを知った。どんな思いで父に側室の妻を望むように言ったのかも、全て知ってしまった。

 自分が望んだことが、母にとってどれだけ残酷な事だったのかも、全て。



 ――ベリアス殿下、貴方は特別なのです。弟君とは違うのですよ、どうかご理解ください。



 そうだ、俺は特別だ。弟とは違う。俺だけが、母上の唯一の息子にして第一王子なのだ。

 俺の存在が母の名誉に直接繋がる。俺の振るまいに母の幸せがかかっている。父は国王だ。守るべき者が多い父上を支えるのが母上であって、父上は母上を必ず守れる訳ではない。


 母上を救えるのは、俺だけなのだ。俺が、誰よりも特別でなければ。この国で誰よりも認められる、次期国王に相応しい王子でなければならない。

 だから、普通など要らない。王子であり続けるために、特別になるために全てを費やさなければならない。でなければ――普通の子供である俺に、母上を救う価値などないのだから。



「――いい加減、死ねよ! オラァッ!!」



 駆け巡っていた走馬灯が頬に受けた一撃で途切れる。甲高い音を立てて大剣が手を離れ、自分も大地に倒れ伏して転がる。

 背中は激痛で感覚がなくなってきた。本来の握力はとうに失せていて、無様に震えている。


(……まさか、あの女から思い付いた付け焼き刃まで使わないといけないとはな)


 既にベリアスの身体は動けるような状態ではない。それでも彼が動いているのは、意地と根性。そして土壇場で身につけた魔力制御だった。

 圧縮魔力はもう使えない。身体が追いつかないからだ。しかし、魔力はまだある。だからこそベリアスはその魔力を引き延ばして使用していた。

 健常な身体をイメージし、身体強化でイメージに近づけていく。


 だが、所詮は付け焼き刃。拮抗は出来ても撃退には至れない。刻一刻とベリアスの身体は限界を迎えていて、ついに崩れ落ちた。

 それでもベリアスは大剣に手を伸ばす。まだ身体が動くなら、まだこの心が折れていないのであれば、自分は戦わなければならない。


(この身が、魂が朽ちるまでは……俺は、グランアゲート王国の第一王子なのだから……!)


 震える膝を奮い立たせ、既に指の感覚も曖昧になりながらも大剣を支えに起き上がろうとする。

 しかし、そんなベリアスの思いなど……魔族であるマグラニカにとっては塵芥にも等しいものだった。



「――あぁ、もう飽きたよ。つまらないから、もう焼け死ねよ」



 それはゴミでも見るかのように、ただ飽きたという思いでマグラニカは業火をベリアスへと投げつけた。一度、喰らい付いたら対象を燃やし尽くすまで止まらない怨念の焔。

 ベリアスに恐怖はない。恐怖があるのだとしたら、それは己が特別でなくなることだ。何の価値もない人になることだ。だからこそ、戦場で誰かを守るために戦って散るならばまだ悪くないだろう、と。


(……父上、母上)


 俺は、貴方たちのように立派な王族になりたかった。

 貴方たちに胸を張って、自慢の息子だと言われたかった。

 誰にも貴方たちを貶させないように、文句も言わせないように。

 その思いを裏切らないために、最後まで誇り高くあろうと顔を上げ続ける。



 ――そこに銀閃が走った。



 焔を斬り裂いたのは、月光を受けて煌めいた波紋の浮かぶ刃。

 鉄の色にも似た黒灰色のポニーテールを揺らし、彼女が立っていた。


「は? なんだ、お前――」

「――うるさい、黙ってて」


 突然現れた少女に対してマグラニカが眉を寄せるも、その一瞬の隙に少女が距離を詰めていた。

 少女からの蹴りを受けてマグラニカが吹き飛び、建物の残骸へと突っ込んでいった。



「……何を、している。何故、ここに来た! カテナ・アイアンウィル!」



 その姿を見て、ベリアスは憤怒のままに叫んだ。

 カテナ・アイアンウィル。自分よりも特別な存在だと思い知らされた少女。自分の特別を脅かす、ベリアスにとっての敵だった。

 その癖、平穏に暮らしたいなどと言う誇りの欠片も感じられない平凡な女。……普通でありたいと望む、自分が望まなかった道を選んで背を向け合った者。


「馬鹿者が! ここに来て、貴様が力を示してどうする! 平穏に暮らしたいのではないのか! 力を示せば誰もが放っておかない! そうまでして……俺の邪魔をしたいのか……!」


 認められない。自分よりも特別な存在なのだと。

 比べられる訳にはいかない。比類なき者に自分はならなければならない。

 そうでなければ、何も守れない。何も守れない自分など、何の価値すらもない。



「――……助けてって頼まれた。貴方が助けた兄弟に」



 激昂するベリアスに対して、どこまでも静かにカテナは言った。


「それに勘違いしないで。別に貴方に従った訳じゃない。誰が貴方なんかに従うのよ」

「何……?」

「守りたいなら自分で守れば良い。まぁ、実践してるんだろうけど。自分を犠牲にしてまでご苦労様。呆れる程に立派よ、なのになんで俺様なのよ。……周りを見なさいよ」


 周り? と、ベリアスがカテナの言葉に訝しげに思っていると、彼の身体を支える者がいた。


「……ラッセル」

「殿下……馳せ参じるのが遅れて申し訳ありません……!」

「何故……来た……? お前には、学院の生徒の指示を任せた筈だ……」

「――我らは! 貴方に守られなければならないほどに弱き者ばかりではありません!」


 ラッセルの叫びが空気を震わせるほどに響いた。普段は冷静沈着で諭すように言葉を心がける男の叫びにベリアスは目を見開かせる。


「貴方は、次期国王となられる御方です! ここで死んではいけません!」

「……しかし、俺は、奴を、」

「王が王たるのは最も強き者だからではありません! その誉れ高さが、我らに誇りを下さるのです! 王とは! 並び立つ者に誉れを与えるもの! 貴方はもう示しているではありませんか! なればこそ……お願いです、ベリアス殿下……! 私共に貴方を守らせてください! 共に戦う名誉をお与えください!」


 ラッセルの言葉に、ベリアスは衝撃を受けたように呆けることしか出来なかった。

 その言葉に何を思えばいいのかもわからず、ただ立ち尽くすベリアスに言葉を続けたのはカテナだった。


「王様は剣そのものじゃない、剣を振るうのが王様だ。……貴方に忠誠を捧げる剣が信じられないなら、貴方は裸の王様にしかなれない。誰も貴方一人に戦えなんて言ってないでしょ」

「……カテナ・アイアンウィル」

「私は、ただ気に入らないからぶっ飛ばす。相手が王族だろうと、魔族だろうと何だろうと。邪魔をするなって言いたいのは私の方だ。後ろでふんぞり返って周りを動かすのが王様の仕事よ。……ラッセル様!」

「……ッ、感謝します! そして、申し訳ありません! カテナさん!」


 カテナの叫びにラッセルはベリアスを抱えて走り出す。緊張の糸が千切れたベリアスに今まで忘れていた激痛が襲いかかって来る。

 それでもベリアスは意識を失う訳にはいかなかった。決してこちらを見ようともせずに立つカテナの姿を目に焼き付けるために。


「……俺は――」


 ――やはり、お前が嫌いだ。カテナ・アイアンウィル。

 己よりも一歩先に行く姿に、負けたくないのだと。ただ、そう思った。

 だから、死ぬなよ。カテナの姿がぼやけるまで、ベリアスはじっと彼女を見つめ続けていた。




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