22:燃え盛る街
本日、二回更新しています。お見逃しないようにお気をつけください。
「皆さん! 落ち着いて避難してください! 焦らず! 既にマイアの騎士団が対応に向かっています! 街の中は安全です! 誘導に従って!」
ロビーに集まった学院の生徒たちは、ラッセル様を始めとした引率の教師の指示を受けて避難を始める。
途中から街の住民たちも合わさって避難が始まり、誰もが不安そうな顔を浮かべているけれども避難の誘導に問題が起きた様子はなかった。
「お母さん……」
「大丈夫だよ、魔物の襲撃ぐらいで騎士団はやられないよ。私等は邪魔にならないように避難しようね?」
「……うん!」
マイアに住んでいる人たちは慣れているのか、不安がる子供を落ち着かせるような余裕が見受けられた。それが逆にマイアが魔物の襲撃に晒されることが多いことの証明に思える。
学院の生徒たちの反応も様々だ。多くの生徒は不安に顔を曇らせているけれど、何人かはこの状況でも落ち着いた様子を見せて避難の流れに乗っている。
「……大丈夫ですよね?」
「リルヒルテ様、大丈夫ですか?」
「はい、魔物の襲撃は初めてではありませんから。ただ、今までは護衛がいたので……流石に緊張します」
リルヒルテ様は緊張で少し動きが固い。そんなリルヒルテ様を気遣うようにレノアが視線を向けている。
このまま避難をして、騎士たちが魔物を討伐してくれれば日常に戻れる。マイアの人々はそうやって、この非日常を乗り越えてきたのだと思う。
――そんな祈りを裏切るように轟音が鳴り響いた。
「キャァアアアアアッ!?」
誰かの悲鳴が響き渡る。それと同時に街を囲む城壁から炎が上がる。まるで街を囲むように燃え広がる炎は私たちを城壁の内側へと閉じこめているかのようだ。
そして、遅れたように街の中から爆音が響き渡った。本来であれば炎が燃えれば闇を照らす筈が、その炎色の普通ではなかった。
それは仄暗い色をした禍々しい焔。肌で感じるほどの異質な気配に肌が粟立っていく。今、この街に良くない何者がかいると報せるように。
『――カテナ』
「……ミニリル様?」
『気をつけよ。魔族が来ているぞ』
脳内に直接語りかけてくるようなミニリル様の声、そして告げられた内容に息を呑む。
(まさか……魔物で騎士団を陽動された!?)
外で発見された魔物を討伐するために騎士団は出撃した筈。その後に時間を空けて街を囲むようにして炎に包む。これで逃げ場を防ぎつつ、救援を許さないための方策だとすれば?
周囲の悲鳴や怒号がどんどんと大きくなっていく。このような異常事態は流石に体験したことはなかったんだろう。
そんな私たちを嘲笑うように、また別の場所で大きな爆炎が轟音を立てながら上がった。
「――静まれッ!!」
爆音、悲鳴、怒号。そんな不協和音に満ち溢れていた空気を塗り替えたのはベリアス殿下だった。
その力強い声に誰もがベリアス殿下を見つめていた。彼は威風堂々と前に進み出て、周囲を見つめながら声を張りあげる。
「マイアの住人たちよ! 恐れるな! この街は幾たびも魔物の襲撃を乗り越えてきたのだろう! ならば信じよ! 今、脅威に立ち向かってくれている我が国の勇士たちを! そして案ずることはない! 街に迫る脅威には俺が立ち向かう! そして卵と言えど、騎士を志す我が国が誇るブラッドフォートの生徒たちもいる! 聞こえるか! 我が国の民よ! 狼狽えるなッ! 顔を上げろ! 前を向けッ! 勇気ある最善こそが命を繋ぐのだ! 恐れを勇気に変えろ! ここに俺が! 第一王子、ベリアス・グランアゲートがいる!!」
ベリアス殿下は背に収めていた大剣を抜き放つ。その剣から感じる気配は、神器に準ずるものだ。彼自身が纏う空気が、恐怖に錯乱しかけていたこの場を収めていく。
「ベリアス殿下!」
そんなベリアス殿下の前に進み出たのはラッセル様だ。ラッセル様は焦燥に満ち溢れた表情でベリアス殿下を見つめる。
「ラッセル、俺が出る。お前を始めとした引率役は生徒への指示を、避難所への誘導と防衛を指揮せよ」
「お待ちください! 御身を危険を晒す訳には……!」
「我が校の生徒は将来有望と言えど、卵であることは変わりない。誰かが導かなければならん。それは教師の役目だろう?」
「それは殿下とて同じです! それなら私が……」
「違う。俺はこの国の王子であり神子だ。この時に戦わずして、いつこの力を振るう? 俺の命に従え、ラッセル」
「ベリアス殿下!!」
「問答の時間はない」
ベリアス殿下はラッセル様に一瞥もくれずに歩き出す。その視線が私を捉え、私の方へと向かって来る。
「カテナ・アイアンウィル。ここは任せる」
「……ちょっと、何を勝手に」
「貴様が守れ。……魔族が来ているのはお前も察知しているのだろう?」
耳元で声を潜めてベリアス殿下が聞いてくる。神子としての性質なのか、彼も魔族の存在を察知していたらしい。
「お前が出る必要はない。目立つのは嫌なのだろう? それに後方に憂いがない方がいい。貴様に頼むのは癪ではあるが、な」
「……勝てるの?」
「愚問だ、神子であるならば魔族に打ち勝たなければならん。それだけだ」
「ちょっと!」
言うだけ言って、ベリアス殿下は駆け出してしまった。その背中に手を伸ばして、駆け出そうとして踏み止まるラッセル様が目に入る。
苦悶に歪んだ顔で目を閉じて、何かを堪え呑み込むようにして息を吐き出す。そして、振り返って声を張りあげた。
「皆さん! 落ち着いて! まずは避難所へ! 教員一同、生徒への誘導と避難所の防衛のための指揮を取ります! 私は近衛騎士団所属及びマクラーレン侯爵家次期当主、ラッセル・マクラーレン! この場の総指揮は私が執ります! 私の指示に従ってください!」
血を吐くような叫びに、一拍遅れて誰もが慌ただしく動き始める。避難を誘導する者、生徒へと指示を出す教員たち。戸惑いながらも指示に従って武器を手に取って警戒を始める生徒たち。
動き出す状況を見つめるラッセル様は、目元を抑えるように手を伸ばす。
「……あの方はいつだって勝手です。最も守られなければならないのは貴方ではないのですか、ベリアス殿下……」
ラッセル様は苦渋を呑み込もうとした表情のまま小さく呟く。そのまま指示を取るため、皆の方へと向かっていくラッセル様の背を思わず見つめてしまう。
「……カテナさん」
不安そうな表情を浮かべたリルヒルテ様が私に声をかけてくる。その隣には同じような表情を浮かべているレノアがいる。
「……リルヒルテ様。まずは避難所へ。そこに辿り着かないと防衛どころの話ではありません」
「……はい」
「レノアもいいね?」
「わかりました」
私の確認に応じるように二人は頷く。避難誘導の流れに加わるために二人の背を押すようにして向かう。
その際に、私は一度だけベリアス殿下が走って行った先へと視線を向ける。その背中はもう見えない所まで行ってしまったようだ。
『……カテナよ』
「……わかってますよ」
脳裏に囁いてくるミニリル様に返事をしつつ、私は呟く。
前を向いた先、夜空を焼くように禍々しい焔は今もまだ燃え盛っていた。




