21:鳴り響く不穏な鐘の音
本日二回目の更新となります。
「……うわぁ、凄い賑わい」
マイアの市場は王都よりも賑わっているんじゃないかと思う程に人と物が溢れていた。
その光景に圧倒されていると、リルヒルテ様がクスクスと笑った。
「凄いですよね。流通の拠点となる街はそれぞれ競うように盛り立てていますが、その中で最も勢いがあるのがマイアだと言われています」
「へぇ……」
最も勢いのある商いの街か。それなら街が賑やかになるのも当然かと思う。
「さぁ、折角の自由時間ですので参りましょう。カテナさん、レノア」
「……絶対それが目当てで付いてきましたよね? リルヒルテ様」
ぺろ、と可愛らしく舌を出すリルヒルテ様に溜息を吐いてしまう。思わずレノアを見ると、レノアも眉を寄せて溜息を吐いていた。お互いの顔を見合わせて苦笑してしまう。
見学授業は領主などから話を聞いたり、街のシンボルや産業を見学する時間とは別に自由行動が認められている。
護衛につく騎士科や魔導科の生徒はお忍びを想定した実践でもあり、これを目当てについてくる人もいるとか。
「普段は護衛される側ですからね。ですが、将来を思えば経験は積んでこそだと思うのです」
「建前はそういうことにしておきましょう」
「カテナ様、どこか興味がある場所はありますか?」
「そうだね……街全体を巡ってみるのが良いかな。特にここって所はないし、雰囲気が知りたい」
「畏まりました」
「では案内は私とレノアにお任せください、カテナさん」
上機嫌なリルヒルテ様といつもの調子のレノアに挟まれながら私たちはマイアの街へと繰り出した。
目に飛び込んでくる商品は目まぐるしく変わっていく。食料からアクセサリー、国外からの輸入品も扱っている店もあれば、道行く人たちを楽しませようと芸を披露する者たちもいる。
「あっ、カテナさん。武器屋がありますよ。覗いてみませんか?」
「別に構いませんけど……」
「むしろお嬢様が行きたいだけですよね。……護衛とは?」
「あー、あー、聞こえませんっ。さぁ、行きましょう!」
武器屋を見つけると目を輝かせ始めたリルヒルテ様、そんな彼女にレノアは深々と溜息を吐く。
中へと入ると、女子三人で入って来た私たちにじろりと店の男性が視線を向けて来た。けれど私たちの制服と下げている武器を見て何も言うことはなかった。
「あっ、見てください! カテナさん! こちら、アイアンウィル領の工房で作られた大剣ですよ!」
「え? あ、本当ですね」
アイアンウィルの工房で作られた武器はブランド品のような扱いになっている。棚に並べられている際にも、アイアンウィル工房印のプレートが掲げられていた。
こうして自分の領の特産品が離れた街でも販売されているのを見ると、なんだか不思議な心持ちになってしまう。
「……カテナ? もしかして、お嬢さんはアイアンウィルの?」
「えっ? あ、はい」
私たちの会話が聞こえていたのか、恐らくは店主だと思われる男性が声をかけてきた。
「そうか。……その腰の曲剣は新型かい?」
「えっと、そうですね」
「珍しい形状だな。流通の予定はあるのか?」
「えっと、まだ検討中です。……どうでしょうか、需要はありそうですか?」
「見てみないとわからん。ただ、新型と言われれば確認しておきたいな。良ければ見せて貰えんか?」
「構いませんよ」
なんかこのパターン、慣れてきたなぁ。私は剣帯から日本刀を鞘ごと外して店主へと手渡す。
店主は鞘から日本刀を抜いて、刀身をじっくりと眺めている。その目は真剣そのもので、つい鍛冶師の皆を思い出してしまった。
「……切断力重視の新型か。刀身は細めだが、こいつは普通の作りじゃねぇな」
「わかるんですか?」
「刃の加工の仕方が見たことがねぇな。何をどうやったらこうなるのか……かなり手間暇かけて作ったんじゃねぇのか?」
「えぇ、加工の手間はかなりかかっています。素材からやってますので……」
「なるほど。流通されるとしても値段がつきそうだな」
店主が鞘に日本刀を戻して返してくれる。それを受け取って剣帯へと戻す。すると物欲しそうな顔をして日本刀を見ているリルヒルテ様に気付いた。
「……やはり流通しないんですか?」
「……検討中ですから」
「残念です。……予約は出来ますか?」
「お嬢様」
「はーい……」
レノアに窘められて、渋々といった様子でリルヒルテ様が下がった。
その様子を見ていた店主が腕を組んで、不敵に笑ってみせた。
「流石はアイアンウィルだな、武器にかけては一流と名高いだけはある」
「そこまで言って頂けると誇らしいです」
「何。武器ってのは人の命に関わるものだ。出来が良ければそれだけで良い。だから皆、アイアンウィルの工房の武器を信頼して買うのさ」
それはかつて親方から教えられたこととよく似た言葉だった。その言葉が遠く離れた別の街でも聞けたことが嬉しくて、私は笑みが浮かぶのが抑えられなかった。
武器屋を後にして、街を歩きながら私は思う。こういう自分の知る働きが誰かに喜んで貰えるのは良いことだな、って。
(……もし、いつか日本刀が流通されるようになったら、日本刀があって良かったって喜んで貰えるのかな)
そんな未来を想像してみたら、案外悪くないような気がしてきた。私はただ日本刀を作りたいだけだけど、それが誰かの為になるのだったら少しぐらい頑張っても良いのかもしれない。
そんな事を思いながら私はリルヒルテ様とレノアと一緒に街を歩いていくのだった。
* * *
日も沈み、予約していた宿に戻ってきて私たちは部屋で休んでいた。
私の護衛をしているという名目なので、リルヒルテ様とレノアも同じ部屋だ。
夜も深まり、良い時間になっていた。窓を見れば満月が浮かんでいるのが見えた。
「もうこんな時間ですね。そろそろ就寝しませんと」
つい今日の授業について話が盛り上がってしまっていたけれど、リルヒルテ様が言うように就寝時間が迫っていた。
明日は明日でまた見学が待っているのだから、今日はもう寝てしまわないといけない。
――そう思った時だった。遠くから甲高く鐘を打ち鳴らす音が聞こえてきたのは。
その鐘の音を聞いた時、就寝の準備をしようとしていた私たちは揃って身支度を調えて武器を腰に差した。
私たちはこの鐘の音が何を意味するのか知っていた。これは――魔物の襲撃を報せる鐘の音だ。
「マイアは魔物の襲撃が多いとは聞いていましたが、まさかここで重なりましたか……!」
レノアが焦燥を帯びた顔で呟く。リルヒルテ様も引き締めた表情を浮かべているけれど、緊張を隠しきれていない。
「……恐らくは避難することになるでしょうね。現地の騎士団や傭兵たちが上手く退けてくれると良いのですが」
リルヒルテ様が呟き終わるのと同時に部屋の扉が勢い良くノックされた。
「カテナさん、リルヒルテ、レノア、起きていますか!?」
「ラッセル様?」
今回の見学授業で引率役として同行していたラッセル様の声が聞こえてきた。
私の声が聞こえて、私たちが起きていることを確認したのかラッセル様が扉越しに喋りかけてくる。
「起きていましたか、良かったです! 既に察していると思いますが、マイア郊外で魔物の群れを確認されたそうです。大事を取って避難を行いますので、ロビーに集まってください!」
「わかりました! すぐに向かいます!」
私の返事を聞いたラッセル様の気配がすぐ遠ざかっていくのを感じる。次の生徒へ報せるために駆け回っているんだろう。
「行きましょう、リルヒルテ様、レノア」
まさかのタイミングで巻き込まれるなんて運が悪い。後は、このまま何も起きなければ良いんだけど……。
なんだか嫌な予感が拭いきれず、私は日本刀の柄に手を這わせた。
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