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19:特別である私たちは、だからわかり合えない

本日二回目の更新です。

 リルヒルテ様とレノアとの鍛練は朝と放課後で行っていた。二人とも身体強化にまだ揺らぎはあるけれど、身体強化を維持することにも慣れてきた。

 組み手をしながら身体強化の出力がブレた所から矯正するように強めに叩いて報せる。まるで鉄のように鍛えられてるみたいだ、とレノアに言われて自分でも納得した。

 そう思えば二人に教えるのもなんだか抵抗がなくなってきた。もっと無駄なく洗練させるために動きを矯正していくのは案外、楽しいのかもしれない。


 そんな日々にも慣れてきたある日のこと。

 私は法政科の授業が終わり、教室を移動しようとしていると声をかけられた。


「アイアンウィル男爵令嬢、ちょっと良いかしら?」

「はい?」


 声の方へと振り返ってみると、そこには数人の女子生徒が私を睨むような鋭い目をしながら立っていた。

 うわ、なんだか剣呑な感じがして私は困惑してしまう。一体、何事?


「あの、何か御用でしょうか?」

「最近、リルヒルテ様とよくご一緒にいらっしゃるようですね?」

「え、えぇ……」

「……そのリルヒルテ様の従者も含めて鍛練をなさっているとか。貴方はご自身の立場というものを弁えておられないのでしょうか?」

「……申し訳ありません。何を仰りたいのでしょうか?」

「まぁ! これだから田舎者の成り上がり貴族は困りますわ!」


 大袈裟なまでに驚いた様子を見せた令嬢に同調するように他の生徒たちもクスクスと笑い始める。

 うわぁ、絵に描いたようないびり方だ。まさか実際にこんなこと、起きるんだと思ってまじまじと見つめてしまう。


「本来であれば、リルヒルテ様は貴方のような方に時間をお使いになられる方ではありませんのよ? 身の程というのを弁えては如何でしょうか?」


 忌々しそうに睨み付けながら言われると、なんだかなぁ、という顔を浮かべてしまう。リルヒルテ様が私を目にかけてくれてる理由は公には言えないものだし、鍛練はリルヒルテ様が望んでいるものだし……。

 ただ、これを私が言った所で彼女たちが納得してくれるかと言えば、多分納得してくれないと思う。うぅん、これはとりあえず頷いておいてからリルヒルテ様に伝えておいた方が良いかな……?



「――何をしている」



 そこに予想外の声が聞こえてきた。ギョッとしながら声のした方向を見ると、そこにはベリアス殿下が立っていた。

 普段は連れている護衛などは傍にいないのか、今はベリアス殿下一人だ。まるで睥睨するように私たちを見つめている姿には威圧感がある。


「ベ、ベリアス殿下……その、これは」

「……下らぬことで道を塞ぐな。身の程を弁えろと叱責するならば、上の立場である貴様も相応の振る舞いをしなければ道理が合わん。この女がリルヒルテと付き合う価値もないと言うなら、リルヒルテに直接言えば良い。誰と付き合うのか決めるのはリルヒルテだ、ガードナー侯爵家の令嬢が望めば成り上がり貴族のこの女が拒める訳がないこともわからんのか?」

「そ、それは……」

「散れ。目障りだ」


 ベリアス殿下の一声で、女生徒たちは蜘蛛の子を散らすようにそそくさと立ち去っていく。

 呆然と見送っていると、私とベリアス殿下だけが残されたことに気付いてしまった。


「……あの」

「リルヒルテは王女と関係が近い、その旨みから繋がりを深めたい貴族は多い。迂闊に目立てば今のような輩が沸く。……お前にどうにかしろと言われても無理だろうな。一応、リルヒルテに報告しておけ」

「……何で庇ったんですか?」


 ベリアス殿下の顔を見つめながら私は問いかける。ベリアス殿下は表情を一切動かすことなく、私に視線を合わせない。


「庇ったつもりはない。アレが目障りだっただけだ」

「……そうですか」

「何事もなく平穏に過ごしたいなら貴様も謹め。貴様に注目が集まるのは俺も望まん」

「はぁ?」

「……ラッセルから嫌というほど聞かされた。貴様が目立たず平穏に生きたいという話はな」


 心底面倒だと表情で言いながらベリアス殿下が私に目線を向けた。やっぱり私への敵意がある。もっと正確に言えば敵意の他にも様々な感情が混ざり合った複雑なものだった。

 けれど、だからこそ次に続けたベリアス殿下の言葉に目を瞬きさせてしまった。


「二年前は俺が見誤った。……謝罪する」

「……へ?」

「だが、俺はお前の存在が気に食わん。……目立ちたくないというなら、それで良い。俺もできる限り貴様など視界に入れたくはないからな」

「……普通、謝ってすぐ喧嘩売ってきます? そもそも、なんでそんなに私を嫌うんです?」

「貴様個人はどうでも良い。だが、貴様の存在は疎ましい。それだけだ」

「……いや、同じじゃないんですか? それ」

「ならば言い換えよう。俺は、俺より価値ある〝神子〟である貴様が邪魔だ」

「……邪魔?」

「俺は正室の唯一の王子だ。俺は誰よりも特別でなければならない。誰よりも、何よりも。……お前は存在しているだけで俺を脅かす。疎ましく思わずしてどうしろと言う?」

「……嫉妬ですか?」

「あぁ、そうだな。疎ましいほどに妬ましく、憎らしいよ。貴様という存在そのものがな。……なのに、貴様が望むのはただの平穏とはな。はっ、まったくもって気に入らん。なら、そのまま永遠に燻っていてくれ」


 それは真っ直ぐすぎる負の感情だった。私が疎ましいことを隠さず、ベリアス殿下は私を見つめている。

 間違いなく悪意だ。けれど、何故だろう。胸はざわつかない。ただ、どうしようもない孤独をベリアス殿下から感じた。

 だからこそ理解してしまう。この人は、俺様になるぐらい我が強くて、それを自覚していて、それを曲げないで……だから、孤独なんだ。


「……私は、貴方の邪魔をするつもりなんて毛頭ありませんよ」

「だが、世界はお前を放っておかない。……俺は、貴様を認めない。俺の前に立つ日が来るなら喜んで雌雄を決することを望むだろう」

「そんな事に何の意味があるんですか?」

「貴様は特別であることを誇らず、望まないのだろう? なら、理解出来ないだろうさ。それとも理解したいとでも言うのか?」


 何故、ここまでベリアス殿下が私を嫌っているのか。その理由は気になる。でも、知りたいだとか、理解したいのかと言われると違うような気がする。

 お互い、歩み寄ることを求めていない。私たちは互いに疎ましくなる程に噛み合わない。

 それでいてお互いの立ち位置を正確に計っていないと、私たちはお互いの姿を見ることは出来ないような気がした。


 あぁ、そうか。しっくり来た。特別である事に固執する彼は、その特別から背を向けたい私とは対極にいて、それでいて向き合っているんだ。

 今まで不鮮明だった彼と改めて向き合って理解出来ることがある。


「わかり合えそうにないですね、私たち」

「そこだけは同意してやる」


 逆に言えば、そこだけしか同意出来るものがない。

 お互いに疎ましく感じているのは、個人の在り方がどうかじゃない。互いの存在そのものが同じ極の磁石のように反発するしかないんだ。


 特別であることを誰よりも望み、尊ぶベリアス殿下と。特別を手放せるならそれでいいと思っている私。でも、お互いに特別であることを手放せないのも一緒で。

 でも、だからこそ気になってしまう。どうしてベリアス殿下がそこまで特別であることに拘るのか。その最後のピースがあれば、きっと私たちの関係はもっと鮮明になるだろう。


「……ベリアス殿下は、何故そうも特別に拘るのですか?」


 わざわざ特別になろうとしなくても、彼は十分特別なのに。


「――俺が俺である意味だからだ。特別でない俺など、俺ではない」


 それはまるで、特別以外のものを全て切り捨ててしまっているかのようだ。

 特別であろうと何も手放したくないから特別であることを受け入れた私と。

 特別であろうとするために特別以外のものを手放しているようなベリアス殿下。

 あぁ、お互い気に入らなくもなる。けれど知らずに反発するのと、知るからこそ反発するのとでは心持ちが違う。


「……私も、貴方とぶつかる時が来るなら遠慮なくぶっ飛ばしますよ」


 だって、気に入らないのだから。

 そう言うとベリアス殿下は不敵に笑った。少しだけ肩の力を抜いて、良かったとでも言うように。


「あぁ、それでいい。これでお互い、不用意に関わり合いにはならなくて済む」

「そうですね。是非ともこのまま放っておいてください」

「俺の前に立ってくれるなよ、カテナ」

「そっくりそのまま返しますよ、殿下」


 そう言って、私たちはお互いに背を向け合って歩いて行く。それが私たちの関係に相応しい在り方だと思えた。

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