18:これも青春と言えるのかな?
『目だ』
『……目ですか?』
『貴様は身体そのものはしっかりしている。鍛冶のために鍛えていた身体に、体力をつけるためにダンスを多く取り入れていた。動くための基礎自体は出来上がっている。しかし貴様は達人ではない。何故、自分を達人ではないと思う?』
『……剣士じゃないから?』
『それはそうだが。もっと言えば、適切な力の使い方を知らないからだ。その感覚を身体に経験させて覚え込ませる必要がある』
ミニリル様はそう言って、私の鼻先に木剣を突きつけた。
『刀は鋭いが、無闇に扱えばなまくらに成り下がる。どのように刃を立てるのか、それはお前自身が常に最適な動きを判断しなければならない』
『それは、そうですね』
『だから目だ。人の判断の多くは目に寄っている。まずは見ろ。そして避けろ。無闇に武器を振るな。無駄を削ぎ落とせ。貴様が鉄を打つのと変わらない。己の無駄を削ぎ落とすことこそが鍛練だ』
『だから木剣を切り落とせっていう条件なんですね……』
『そうだ。我の動きを見極め、目的を達するための最短距離を見出す。無駄な動きは力を分散させる、それは美しくあるまい』
『……はぁ』
『そして、お前が木剣を切り落とした暁には――』
『ご褒美ですか!?』
『――今度は、その目をも封じて同じことをして貰おう』
* * *
「アァアアア――ッ!? 折れる、死んじゃう、泣いちゃうッ! もう止め……! はっ……!? はぁ……っ……はぁ……っ……? ……ゆ、夢……?」
ベッドから飛び起きた私は全身汗だくになりながら息を整える。ついつい昨日、リルヒルテ様とレノアに私の鍛練方法を教えていたからだろうか。
そして、何故か朝練まで約束させられてしまった。いや、嫌ではないから別に良いんだけど。
「何故、悲鳴を上げているのだ? 貴様は」
すると、日本刀から実体化して姿を見せたミニリル様が呆れたように言ってきた。
「出たな、諸悪の根源」
「は? 時間に寝過ごすようだったら起こせと言ったのは貴様だろうが?」
「悪夢の原因ーッ!」
「知らぬ。それより、さっさと支度をしたらどうだ?」
「うぅ……わかってますぅ……」
私はベッドから起きて、まずは寝間着を脱ぐ。汗をかいたせいでとても気持ち悪いので、まず水魔法を発動させて全身に水球を走らせて汗を落としていく。
汗を落とした水を一箇所に集めて圧縮して小さな水球へと変化させる。それを炎の魔法で熱して蒸発させる。よし、これでようやくスッキリした。
濡れた髪は炎の魔法と風の魔法を操作して、ドライヤーのように渇かす。後は身支度を調えれば朝練の準備は完了だ。
「……無駄に凄い無駄な技術とは貴様のための言葉だな」
「馬鹿にしてます!?」
「呆れてはいるな。だが清潔さを保つ心がけは良いと思うぞ」
「私が身綺麗にしてても誰の目を惹く訳でもないですけどね」
「それは自己評価が低いだけだ。我はお前のことは愛い奴だと思って愛でているぞ」
「へっ?」
言うだけ言ってミニリル様は姿を消してしまった。……暫く呆けてしまったけれど、とりあえず忘れることにした。
あの女神はたまにこうやって好意らしきものを向けてくる。毎回、不意打ち気味に来るから心構えが出来ない。
「……よし! 鍛練に行こう!」
余計なことを考えないためにはそれが一番だ! 私は日本刀を腰につけて、勢い良く部屋を飛び出した。
* * *
「おはようございます、カテナさん」
「おはようございます。レノアもおはよう」
「改めて今日からお世話になります。カテナ様」
「いや、ちょっとコツとか教えるだけだから……」
昨日から態度が敬服するようになってしまったレノアに苦笑しつつ、目をキラキラさせているリルヒルテ様から目を逸らす。
昨日、リルヒルテ様から聞いた話を思い出す。代々、騎士として重役につく家に生まれた彼女は昔から武芸には慣れ親しんでいた。王女殿下たちの遊び相手も務め、将来は近衛騎士になるという目標を決めてから夢に向かって邁進していたとか。
経緯を聞けば私も共感出来る話だ。私にとっての鍛冶がリルヒルテ様にとっては武芸なんだろう。しかし、最近は男女の差を感じる機会が多く、密かに悩んでいた。
だから自分が使う武器の候補として日本刀に目をつけたらしい。そこに何の偶然か、ラッセル様が私の面倒を見てくれと頼まれたことで縁が結ばれた訳だ。
ともあれ、リルヒルテ様もレノアも強くなることに貪欲だ。けれど今のままでは殻を破れないことを予感していて思い悩んでいた。ある意味では私との出会いは運命的であるとさえ言える。
「えーと、昨日、私の鍛練方法は軽く教えたと思うんですけど、改めておさらいします。これからやることは〝無駄なこと〟です」
例えば、身体強化。この効果が最大に発揮されるのを百だとする。
私がこれから二人に教えるのは、この百を瞬間的に出す力を常に十の力まで加減しながら使い続けるということだ。
「十の効果の身体強化の使い方を覚えても、はっきり言って無駄です。百の効果の身体強化の前にはあっさり負けるでしょう。だから無駄だと言うんですが、この無駄を知ることが大事になります」
無駄を知る。それがこの訓練方法の一番の目的だ。
身体強化は身体を強化することに意識を割かないといけない。瞬間的になら特に考えなくても良いけれど、持続すると事情が異なる。
力を一定に保つことを意識しながら持続させ続けるのは、言うだけなら簡単だけど実行するのは難しい。何せ、持続させるというのは〝維持する力〟も別に求められることだ。これが慣れるまで精神力を削る。
「最初は時間を決めて、呼吸することに合わせて身体強化を使うと良いです。そして、呼吸に合わせて身体強化が維持出来るようになったら日常生活に応用です」
「つまり身体強化の力を絞り、その維持を無意識に出来るようにするということですね?」
「はい。なので〝無駄〟なんですよ。敢えて負荷をかけることで、負荷をかけた動きを身体に覚えさせます。その中から最も労力が少ない動きを身につけ、身体の動かし方を最適化させます。こればかりは個人個人によるので、もう慣れろとしか言いようがないです」
あくまで共通する例えでイメージは伝えたけれど、そのイメージと身体は個人個人で違う。身長や魔法の適性、様々な条件で共通出来るものがない。あくまで手段として統一は出来るけれど、その手段を自分に馴染ませるかその人次第だ。
「身体強化の強弱が自由につけられるようになったら、それをフェイントとして扱うことも出来ます。動きを読みづらくするので」
「なるほど……」
「あと、副産物として魔力の操作を磨けばこんな一発芸も出来るようになりますよ」
そう言いながら私は〝お手玉〟を披露して見せた。ファイアボール、ウォーターボール、ウィンドボール、ロックボールを同時に展開し、それを手で触れるように調節し、展開を維持しながらくるくると回す。
「は? ……いやいや。は?」
「えぇ……?」
レノアは意味がわからない、と言うように瞬きをして目を何度も擦っている。
リルヒルテ様に至っては顔が引き攣っている。足も一歩、後ろに引いているのが彼女のドン引き具合を示していた。
「まぁ、ここまでやれって話ではないですけど……皆から真似させるな、真似出来ないって言われるので」
「……真似するのに気の遠くなりそうな努力は必要でしょうね」
「私は一生無理だと思います……」
リルヒルテ様が気を取り直したように軽く咳払いをしてから言うけれど、レノアはなんだか落ち込んでしまった。いや、本当真似出来なくても困らない技術だから……。
「……ここまで精密な制御が出来て魔法が不得手なんですか?」
「これは手元にあるから維持出来てるだけで、これを手元から飛ばすとなると……」
例えば、火炎放射器みたいに使うようなことは出来てもそれは力任せの垂れ流しでしかないので消費する魔力に見合わない。
こればかりはミニリル様から〝絶望的にセンスがない〟って言われてるので、潔く諦めてる。
「それじゃあ、最初は私が二人の身体強化にブレがないか見張ってるんで。それが慣れてきたら、維持したまま組み手とか手合わせですね」
「これが出来たらカテナさんと手合わせが出来るんですね!?」
この人、将来強い人を見たら挑みかかっていくようなバトルジャンキーになったりしないよね? 大丈夫だよね? 私より強い人に会いに行くとか言い出さない?
思わずレノアに視線を向けてしまったけど、思いっきり目を逸らされてしまった。ねぇ、ちょっと、なんとか言ってよレノア!
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