17:私は師匠キャラではありません
本日二回目の投稿となります。お見逃しのないようにお気をつけください。
「カテナさんは淑女科と法政科の授業を選択しているのですよね? 法政科に進む女子は少ないので困ってませんか?」
「実は私、女性より男性の方がまだ相手にしやすいというか……昔から男所帯の中で育ったもので、むしろキラキラしてる同性を前にすると緊張して上手く話せないんですよね」
「あら、お上手ね」
実家にいても工房や研究室に引き籠もってたから接する機会が多かったのは異性の方で、同性となるといまいち何を話して良いかわからない。身近な女性というとミニリル様とお母様なので、この二人はまったくもって普通の女性を相手にする際の参考にならない。
なるべく目立ちたくないということで家からほとんど出なかったし、同年代の女子と会話する機会がなかった。だから淑女科の授業より法政科の授業の方がまだ気が楽だったりする。
「私は淑女科、騎士科、魔導科ね」
「なるほど」
将来は近衛騎士志望だと言うのなら当然の選択だと思う。
「レノアは?」
「……私は騎士科のみです」
「本当は魔導科の授業も受けたかったみたいなのだけど、結局止めてしまったのよ」
「止めた?」
「……魔法が不得手ですので。近衛騎士になるなら受けるべきかとも考えたのですが、伸びもしないものに時間とお金をかけるのは損失ですから」
「お父様も気にしないと言っているのに」
「ガードナー侯爵家の名に泥を塗るわけには参りません」
軽く言い合いになっている二人の様子から察するに、近衛騎士になるなら魔法の腕前があった方が評価されやすい。
だから魔導科の授業を受けたかったけど、レノアは魔法の腕に自信がなくて、それで雇い主であるガードナー家の評判を落とさないために授業を受けなかった、と。
で、それをリルヒルテ様は勿体なく思っている、と。どっちの気持ちもわかるので複雑な問題だなぁ、と他人事ながら思ってしまう。
「私も魔法は不得手だから気持ちは少しわかるかも」
「あら、カテナさんも?」
「発動はさせられても魔法として飛ばせないんですよ」
「……私も似たような感じですね。魔法を飛ばすという感覚がいまいちわからなくて」
レノアが肩を落として、溜息を吐きながら同意してくれた。こればかりは生まれ持ったものだから仕方ない。
「レノアの魔法属性は?」
「土属性ですが」
「土属性か……」
土属性の魔法はこの世界だと肉体派の魔法だったりする。地面を操作したり、岩を集めたりして敵にぶつけたりするのが主な攻撃方法だけど、土魔法には別の使い方がある。
それは大地の魔力と自分の魔力を繋ぐことで力を底上げする方法だ。この方法で魔力を底上げして、身体強化に注ぎ込んで戦うパワーファイターもいる。
「いっそ割り切って身体強化に割り振っちゃえば?」
「そうしてますが……その」
「?」
「……すぐに武器を傷めてしまうので」
「あー」
「こればかりは私の未熟ですので」
身体は身体強化に専念することで強力になっても武器が追いつかない、か。
これも良く聞く話だと聞いた覚えがある。力を大きく強化出来ても、使い所を誤ると強すぎる力に振り回されて、無駄に力を込めて武器を破損させてしまうとか。だから最後の奥の手ぐらいの認識だったとか。
「じゃあ、普段から身体強化をかけて生活して慣らせば良いんじゃないかな?」
「は?」
「へ?」
「……ん?」
沈黙、そして驚愕。リルヒルテ様とレノアの視線が突き刺さるように痛い。あっ、しまった。つい自分の感覚で物を言ってしまった。
「そんなことをしたらすぐ魔力が枯渇しませんか?」
「……それはそうだよ。ずっと全力疾走してるようなものだから疲れる。だから全力じゃなくて、最低限の身体強化を維持しつづけて身体強化の出力を操作できるようにすればいいんじゃないかなって」
「……もしかして、カテナさんは出来るんですか?」
ジッ、とリルヒルテ様が私の目を真っ直ぐ見つめながら問いかけてきた。
「……出来なくはないけど」
「具体的にどれだけの時間、身体強化を維持出来るのですか?」
「流石に寝てる時は無理かな」
「……つまり眠るまでずっと自分に身体強化をかけつづけていられると?」
だって、そうでもしないとミニリル様に青痣つけられるんだよ!? 常に気が抜けないんだよ、忘れた頃に奇襲してくるから察知出来るように感覚も研ぎ澄ませておかないといけないし!
そんなトラウマの扉が勢い良く開きそうになったので、慌てて記憶を閉じて誤魔化すように笑う。そんな私の曖昧な笑顔を見た二人は怪しむような顔を浮かべる。
「そ、そうだ! なら、レノア! ちょっと組み手してみようか?」
「……組み手?」
「そう、身体強化ありで。多分だけど、魔力の操作のコツとか教えられたらレノアも助かるかなって……」
「……よろしいのですか?」
「いいよ、いいよ。ここ十分広いし、ちょっと軽く合わせるだけでもやってみようよ」
「はぁ……」
私が立ち上がってレノアを誘うとレノアは釈然としないまま、席を立って私と向き合う。
「じゃあ、レノアからどうぞ。私は受けに回るから」
「……しかし、怪我などさせた場合は責任が」
「あぁ、それは大丈夫。――絶対に当たらないから」
敢えてレノアの懸念を打ち消すように挑発的に言う。レノアはぴくりと眉を上げると、無言で構えを取った。
「合図はなくていいよ。いつでもどうぞ」
「……構えないのですか?」
「いつでもどうぞ?」
私が棒立ちになっているのにレノアは眉を寄せて私を睨む。じりじりと距離を測っていたレノアだけど、意を決したように強く踏み込んで私に向かって来る。
確かに踏み込みも良いし、速い。下手に避けようとして、当たり所が悪ければ骨を折るかもしれない。
「――でも、見え見えだね」
「えっ」
レノアが押し出すように突き出した手を紙一重で避けて、そのまま腕を掴む。勢いは殺さぬまま手を引いて、足払いをかけて宙に浮かせる。
体勢が不安定になったレノアの制服を掴んで、そのまま崩すようにして地面に押さえつける。この間、瞬きほどの時間しか経っていない。私はレノアを組み伏せて、彼女の首に手をかける。
「はい、終わり」
「……何、が」
「身体強化の爆発力は凄い。だけど、爆発させるための前動作がわかりやすいから動きの予測が立てられる。身体が追いつくなら、後はタイミングに合わせて貴方の爆発のタイミングをズラして、崩して、抑え付けて終わり。今、これで私が首を折ったら貴方が抵抗する前に終わり」
レノアの首に少しだけ力を込めると、レノアがびくりと身体を震わせた。それを確認してから私はレノアを解放して、レノアを起き上がらせて制服についた汚れを払う。
「爆発させるならもっと短い時間で溜めて、最小の動作で。だから程良い脱力は大事。土だって作物を植える前に耕すでしょ? 人の身体だって同じようなもので、固いとダメなの。不要な力は身体を固くして、動作をわかりやすくさせる。だから全身を解すように身体強化を行うのがいいよ」
「……」
「油断してたなら、もう一回やる?」
「……いえ。私では、貴方に何度やっても勝てないでしょう。止めておきます」
レノアは力なく首を左右に振ってそう言った。声に力がなくて、もしかして落ち込ませてしまったかもしれない、と思った瞬間だった。
レノアが私の両手を包むように持ち上げながら私に顔を寄せてきた。その瞳には眩いまでの光が宿っていて、それが私に一心に向けられていた。
「カテナ様、私を弟子にしてください!」
「へっ?」
「どうか、貴方の技を身につけたいのです……!」
「いや、弟子とか取ってないし、教えるなら普通に教えるけれど?」
「本当ですか!?」
「う、うん。だから普通に接してくれていいよ……?」
「はいっ!」
レノアは私に尊敬の念を込めたキラキラした視線を向けてくる。そんな視線を向けられたことがあまりないので、どうすれば良いのかわからずオロオロしてしまう。
「……レノアばかりずるいのではないですか?」
「……はい?」
「カテナさん、次は私と組み手を」
「えっ」
何故かぷくぅ、と頬を膨らませたリルヒルテ様に睨まれていた。しかも自分も組み手もするのだと鼻息が荒い。
「いや、あの、リルヒルテ様?」
「私だってカテナさんと手合わせしてみたかったのに! レノアが先に取っちゃうなんてズルいわ! さぁ、カテナさん!」
「さぁ! じゃありませんけど!?」
それから組み手をー! と騒ぐリルヒルテ様をなんとかレノアと二人がかりで落ち着かせることになる私だった。えぇい、どうしてこうなったの!?
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