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01:転生の自覚

 ごうごうと炎が燃える。

 炎によって赤白く染まった鉄を打つ金槌の音。

 身体の芯まで響いてきそうな音を聞いていると、私の脳裏に浮かんだのは〝ここじゃない〟どこかの光景だった。


(――あ、これ、異世界転生ものでよく知ってる奴だ)


 垣間見た記憶を認識した瞬間、遠い記憶が溢れるようにして広がっていった。

 例えるなら、仕切りで遮られていた水が流れ込むように脳裏を駆け巡る記憶。その濁流を堪えながら前世の記憶を拾い集める。


 一気に思い出しすぎたせいなのか、器から零れ出てしまったように記憶は途切れ途切れで不鮮明だ。これが〝転生〟だとは認識出来ても、例えば転生前の自分がどんな人だったのか、名前はなんだったのか、そういった情報は抜け落ちていた。


 覚えているのは、前世の記憶を思い出す切っ掛けとなった炎と鉄の記憶。

 それは遠い憧れの記憶だった。前世で一番新しい最後の記憶は、そんな憧れの風景を見学しにいこうと家を飛び出したのが最後だった。


「わ、私……死んでる……! 生の〝日本刀〟を作っているのを目に出来る機会を、私はぁ――っ!!」

「カテナッ!? カテナ、どうした――!?」


 突然、頭を抱えて絶叫し始めた私。そんな私を領内自慢の工房を見せに連れてきてくれたお父様が私を揺さぶるようにして心配をしてくる。

 私、カテナ・アイアンウィルはこうして前世が日本人であったことを思い出した。これが後の私の人生を大きく変えることになった。



   * * *



 前世が日本人だった私、カテナ・アイアンウィル。その父親は男爵の地位を授かっている貴族である。

 アイアンウィル家は元々貴族であった訳ではなく、良質な剣や鎧を安定して国に供給してきた功績が認められて貴族となった。所謂、平民からの成り上がり貴族だ。


 鍛冶師の家に生まれ、鍛冶を学びながらも商人として大成したお祖父様から始まったアイアンウィル男爵家。

 それ故、我が家は代々鍛冶業を盛り上げるために頑張っている。当主自らが鍛冶を学び、自分の護身用の武器を作るのを伝統だと言い切る程だ。


 そんな家に生まれた私は昔から、それこそ前世の頃から刃物が好きだった。

 刃物が好きだと言うと危ない人に思われるかもしれないけれど、あくまで刃物という存在に惹かれているだけで試し切りをしたい訳じゃない。


 私は女子なので、アイアンウィル家の伝統を行う必要はない。けれど、そこは刃物好きの私の血が騒いだのか、お父様に無理を言って工房見学を許可して貰った。

 そして現場の風景を見たことで記憶が刺激されて、前世の記憶が戻ったというのが今の私の状態だ。


 思い出してしまったからこそ、口惜しい。思わず歯ぎしりをしてしまう程に。


「日本刀を鍛造している所……見たかった……!!」


 日本刀。それは日本人の心。大和の芸術品。また、日本人の変態技術の一つ。

 私もそんな日本刀に魅せられた者の一人だった。実際に刀を所持したいと思って調べてみたこともあるけど、銃刀法違反という壁の前に諦める程度には一般人だった。


 現実的ではないからこそ、あくまで憧れることしか出来なかった。けれど、本当に憧れのままでいいのか? と思い立ち、実際に日本刀が鍛造している所を見学に行く所だった。

 それすらも記憶が途切れている。恐らく転生しているから死んだのだと思うけど、死ぬ前に私は日本刀の鍛造を見ることが出来たんだろうか? 見る前に死んだのだろうか? 記憶がないので実質、見ることが出来ていないのと一緒だけど。


「恨めしや……恨めしや……異世界転生トラックに災いあれ……!」


 いや、トラックに轢かれたとは限らないけれど。それでも恨み言を言わずにはやってられなかった。


「カテナ、大丈夫か?」


 自室で布団に潜りながら異世界転生トラックのタイヤが全部パンクするように呪詛を吐いていると、扉がノックされた。

 扉の向こうから聞こえてきた声は兄、ザックスのものだった。私は布団から這い出て、扉の向こうの兄に返事をする。


「大丈夫ではないです。メンタルの死です」

「……うん、大丈夫じゃないのはよくわかったよ。中に入っても良いか?」

「どうぞ、どうぞ。私、寝間着ですけど」

「そんなの見舞いに来たんだから知ってる」


 兄様が中に入ってくる。改めて今世の兄様の顔を見つめる。

 色が濃くて黒っぽい灰色の髪に、青空を思わせる青い瞳。表情は仏頂面気味だけど、イケメン! と叫びたくなるような顔立ちだ。

 性格は至って温厚で、表情筋がちょっと仕事を放棄しているだけで優しい人だ。お転婆だと言われている私の面倒を嫌がらずに見てくれる心の広さもある。


「工房見学で興奮しすぎて錯乱したって聞いたけど」

「事実じゃないけど事実です」

「……前よりも妄言の度合いが酷くなってないか?」

「気のせいです」


 前世の存在を自覚してなくても、記憶自体は頭の中にあった訳だから意識しなくても奇行は繰り返してたのかもしれない。

 今後は強く自覚して、慎ましい刃物好きの淑女として生きていかなければ。


「お前の刃物好きも、なんというか我が家の血筋だよな」

「兄様は刃物を見て心が沸き立たないのですか? 恋とかしないんですか?」

「刃物に恋をするな。人にしろ、せめて」

「だったら兄様は何が好きなんですか!?」

「…………金」


 必死に貯めたお小遣いを換金して手に入れた金貨を頬ずりするぐらい好きですものね、兄様。

 あれにはお父様がドン引きしてましたよ、お母様はニコニコしてたけど。


 私のお父様は入り婿で、元々はお祖父様の愛弟子だった。同時に凄腕の剣士でもあったという属性モリモリのスーパーマンだ。

 お母様は刃物が好きというか、キラキラした金物が好きな人だ。宝石よりも合金の方に美しさを見出すような変人……ごほん、独特な審美眼をお持ちだ。気持ちはわからなくもない。


 そうだ、お母様にシルバーアクセとか作ったら喜ばれそう。まだ今世では、そういった装飾品は一般的ではない気がする。

 あくまで飾り立てるための高級品と言えばドレスとか宝石だし。指輪なんかもあっても、あくまで台座。宝石の添え物とかでしかない。


「まぁ、あまり無理をするな。そろそろカテナも魔法適性を確認して、魔法教育を受けるんだろ?」

「……今、思い出しました。おぉ、イッツミラクルマジカル……」

「ミラ……マジ……? なに、なんて?」


 そういえば今世には魔法がある。異世界ファンタジーでよくある四大属性の火、水、土、風の魔法だ。

 中には四大属性に当て嵌まらない希少属性を適性に持つ人もいるけれど、そういう人は貴族の養子に迎えられたり、時には王家に入ることも求められる事もある。


 どんな魔法が使えるのかはその人次第。一つに特化した才能もあれば、どの属性もそこそこ使えるという人もいるし、まったく使えない人もいる。

 そして魔法は貴族のステータスにも繋がるので、貴族の子供は年頃になると魔法適性を確認して専門的な教育を受けるのが一般的だ。


「私、どんな属性に適性があると思います? 兄様」

「刃物」

「刃物の魔法使い……! 良いですね!」

「俺が悪かった。真面目に受け取らないでくれ!」

「でもお兄様も金の属性の魔法があったら嬉しいでしょう!?」

「金の属性の魔法って何だよ!?」


 ひたすらボケまくる私と、ツッコミ続ける兄様。今日も今日とて、アイアンウィル家は平和である。

 転生していたことを自覚したばかりの私は、記憶を思い出したから何かが変わる訳でもなく、こうしてカテナとしての日常を過ごしていくのだった。

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