15:面倒事は向こうからやってくる
幕間を1話追加していますので、お見逃しの方はお気を付けくださいませ。
学院の女子寮は相部屋の寮と、個室の寮に分かれている。相部屋は平民の生徒が使い、個室は貴族が使っているので平民寮と貴族寮と呼ばれることもある。
男子寮も同じような分け方になっていて、その四つの寮から繋がって中央に位置しているのが食堂である。中庭の景観も見応えがあり、オープンテラスの席もある。
数多くの学生を抱えているので、広さ、席の数、そしてメニューの種類から何でも多い。厨房では数多くの料理人たちが忙しなく動き回っているのが見える。
武器の登録を終えた後、私は寮に戻って食事にしに来た。今日の食事は初日ということもあって兄様と一緒に食べる予定だったんだけど……。
「カテナ、ここだ」
「兄様!」
自分の食事を載せたトレイを抱えてウロウロしていると私の姿を見つけた兄様が手を上げて呼んでくれた。私はすぐさま他の人の邪魔にならないように兄様が確保していた席に座る。
「ついにお前も入学か……感慨深いなぁ」
「兄様は今年で卒業だけど、一年の間よろしく?」
「……本当に頼むから大人しくしてくれよ」
「ぜ、善処します……」
切実な顔で言われると罪悪感が沸いてくる。ジト目の兄様から視線を逸らしつつ、食事に手をつける。
「うん、美味しい!」
「だろう? 流石、グランアゲート王国最大の学院と呼ばれるだけあるよな」
「これは他のメニューも制覇したくなるね」
「色んなメニューを食べていると話の話題にも出来るからな。特に農作物は領地ごとに自慢にしている者や、同じ品種を育ててライバル視している家があったりと、話を聞いていると色々と押さえておくポイントが聞けてだな……」
それから兄様と久しぶりの雑談を楽しみながら食事をした。こうしてじっくりと顔を合わせて話す機会は兄様が学院に通うようになって減ってしまったので、ついつい会話が弾んでしまう。
そうしている間にも食事を終えてしまう。その後はまったりとお茶を飲みながら兄様と情報交換をしたり雑談に興じていたのだけど……不意にぞくり、と背筋に悪寒が走った。
私が反応したのは敵意だ。勢い良く視線の方へと振り返ってしまう。そこに見たくもない顔があったことに気付いて、表情を歪ませてしまった。
「……ベリアス殿下」
兄様が私の様子の変化に気付いて小さく呟きを零した。私たちの視線の先にはベリアス殿下が側近と思わしき人たちを連れていた。
足を止めて私に視線を送っていたようだったけど、私と目が合うと何事もなかったように食堂から出て行くようだった。
……一瞬だったけど完全に敵意を向けてたよ? あの俺様殿下。二年経ってたけど、第一印象からまったく変わってない。
「…………本当に大丈夫ぅ?」
「そんな情けない声を出さないでください、兄様……」
私、まだ何もしてないからね!? とにかく、あっちから関わって来るまでは無視でいこう。私からは絶対に何も仕掛けないぞ、目指せ、平穏な学生生活!
* * *
ブラットフォード貴族学院は、前世で言う所の大学のような場所だ。
授業は選択式。必要な単位を取得して、受けた授業ごとに進級のための試験をクリアすれば良い。なので同学年で全員が揃って受けるような授業はほとんどない。
だからこそ授業後にサロンを開いて、交流を広げているグループも多いと兄様から聞いている。
私が選択したのは領地の経営や法律などを学べる法政科と、淑女としての嗜みが学べる淑女科だ。私は選択しなかったけど、他にも騎士志望の卵を育てる騎士科や、魔法使いの卵を育てる魔導科などが存在している。
他にも細々とした科があるけれど、大きく上げるとしたこの四つが大きな科目となる。
私は騎士にはなるつもりはないし、魔法も結局魔法として飛ばせないままなので学ぶつもりもなかった。
法政科は私が婿を取って実家の継ぐ場合に備えてだけど、淑女科はもう私が即座に希望した。何故かって? 空いてる時間をなくすためだよ!
こうでもしないと、ミニリル様に空いた時間は暇なら鍛錬にでも費やしたらどうだ? と言われるからだ。別に鍛錬は必要なことだから最低限はやるけれど、学院に来てまで最低限以上の鍛錬はしたくない!
実家にいるんだったら日本刀の鍛造でもするんだけど、実家じゃないから鍛造も暫く出来ない。だったら折角なんだし学生生活を満喫したい!
そんな思惑から選択した淑女科の授業。見事に女子だけだよね、皆凄い綺麗でお嬢様してる。この授業が貴族の女子向けだから当然なんだけど。
尚、中には授業を受ける必要もないほど、しっかりしている人がいるのが普通らしい。その人はお手本や相談役として振る舞うのだとか。
恐らく家の面子だとか、そういう話も多分含まれてるんだろうとは思う。あまり触れたくないから、私は静かに大人しくしていようと思っていた。
しかし、実際に教室に入って私は問題に気付いてしまった。この中にいると、私は滅茶苦茶目立つということに!
(皆、肌白い!)
そう、皆、肌が白いの! 比べてしまうと自分が如何に日焼けをしているのか突きつけられてしまう。別に私も凄い肌が黒くなってる訳じゃないのに、並べられると私だけ浮いてる感が酷い。
そのせいで私に向けられる視線もどこか訝しげだったりする。どこの田舎娘? みたいな囁きも聞こえて来る程だ。いや、しがない男爵家の娘ではあるので事実ですけど?
(あー、これ、浮いた。早まったかもしれない)
一人だけ浮いてると絶対、目をつけられるんだよなぁ。いや、ここは敢えて地味な田舎上がりの存在として埋もれていくのが良いかもしれない?
でも、それだと学生生活を満喫したいと思っていた私の野望から遠退くのでは? そんな事を考えていると、つい唸ってしまう。
「失礼、ちょっとよろしいかしら?」
「ほぇぁ?」
「……ほぇぁ?」
「ひぃっ!? ち、違うんです! な、なんでござりましょうか!?」
なんか、滅茶苦茶凄い綺麗な子に声をかけられてしまったんですけど!?
上品な白い髪にワインレッドの瞳、肌は日の光を弾いているのでは? と思うほどに艶やかさを保っている。私と並ぶと石ころと宝石だ。勿論、私が石ころね。
背は私よりやや低めだけど、この子、多分武術やってるだろうなぁ、という足運びをしていた。身体の動きを見ていると細かな癖のようなものを見出してしまう。
これもミニリル様式スパルタ教育の成果か。思わず遠い目になってしまいそうになるけれど、意識を飛ばしてる場合じゃない。この人、絶対に高位貴族のお嬢様だし、失礼がないようにしないと。
「……ふっ……くふ……っ……くふふ……! な、なんでござりましょうか……! ぷふふふっ」
もう手遅れかも知れない。私のおかしな言葉使いがツボに嵌まったのか、口元を抑えながら笑いを堪えるように震えてしまっている。こ、これは不敬判定!? セーフ!? アウト!? どっちなの!?
「……ふぅ、ごめんなさい。失礼したわ」
「い、いえ……」
「貴方の名前をお伺いしても良いかしら?」
「カテナ・アイアンウィルです……」
「やっぱり! 貴方があの〝カテナ〟の!」
「はい?」
喜びを滲ませた笑みを浮かべて、彼女は私の手を取った。あのカテナ? 私のことを知っている?
「あぁ、ごめんなさい。ビックリさせてしまったかしら?」
「え、えっと……貴方は?」
「そうね、自己紹介がまだだったわ」
私の手を離して、自分の胸に手を当てて微笑みながら彼女は己の名前を名乗った。
「私はリルヒルテ・ガードナー。ガードナー侯爵家の娘よ、よろしくね」
「ガードナー侯爵家……えっ、〝王家の盾〟の?」
「えぇ、我が家はそう呼ばれているわね」
「ひぃっ」
ガードナー侯爵家は王家の盾と呼ばれているバリバリ武闘派の家だ。現当主は元騎士団長で、今は引退して後任に譲っている。それでも騎士団の方針を決める会議にはご意見番として呼ばれるほどに影響力がある国防の要とも言える家だ。
王家との関係も良好で、王族の降嫁先の一つとして候補にすぐ名前が上がるほどの名家中の名家だ。なんでそんな雲の上の立場の令嬢がどうして私を知っているのかがわからない。
「なんで自分を知っているのか? という顔ね。答えは、貴方の腰のソレよ」
私の腰に下げられたもの、つまり日本刀だ。そこで心当たりに行き着いた。
「……もしかして、王家の方とご縁が?」
「私、王女様方の遊び相手を勤めさせていただいて、将来は専属護衛になる予定なの。その繋がりで貴方が作った〝カテナ〟、拝見させて貰ったわ」
あー、やっぱり。日本刀を〝カテナ〟として知ってるなんて、心当たりが王家しかない。
「だから貴方と詳しく話をさせていただきたかったの」
「は、はぁ」
「仲良くしていただけるかしら?」
「お、お望みのままに」
「ふふ、ありがとう。何か困ったことがあったら頼って頂戴。もう私たちはお友達だもの」
そう言って、リルヒルテ様は私の手を取って微笑む。一方で、私は彼女の勢いに呑まれて引き攣らないように微笑むので精一杯だった。
……ちらちらと彼女の視線が私の日本刀に向いてるのは、うん、多分気のせいじゃないんだろうなぁ。どうしよう、これ。
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