13:光陰矢の如しとは言うもので
風を裂く音を耳で捉える。間髪入れずに日本刀を振り、入念に型を確認する。
何度も繰り返して身体に馴染ませた動きを意識して行う。昨日の自分よりももっと良く、速く、鋭くするために。
そうして日課の型の確認を終えて日本刀を鞘に収めた。そっと息を吐いて、身体に篭もった熱を逃がす。
「うん、調子は良し。問題はない」
日本刀の完成から数えて、早二年。この年、私は十五歳となる。それはつまり、私が貴族学院に通う日がやってきたという事でもある。
手足はすっかり伸びて大人へと近づいたように思う。同じぐらい髪も伸びたけれど、邪魔にならないようにポニーテールにして結んでいる。
「うーん、やっぱりあっという間だった気がするなぁ」
陛下への謁見、そこで俺様殿下から味わった屈辱。それから日本刀の凄さを証明する力を手にすると決めてからの日々はすぐ過ぎ去っていった。
正直、振り返っている暇がなかったとも言える。思い出すとトラウマが再発しそうになるから、過去を掘り起こしそうになった自分を咎めるように首を左右に振る。
数えた青痣の数で泣いたりなんてしてない、してないったらしてない。
「確かにあっという間だったな。しかし、最低限は形になっただろう」
「ミニリル様」
現れたときからまったく変わらない子供の姿のミニリル様が実体化しながらそう言った。
流石、戦を司るということもあってミニリル様の指導は為になった。……時には、なんでこんな神様に見初められちゃったんだろう? って人生を儚んだこともあったけど。
あっ、また記憶の扉を開きそうになった。閉じろ、閉じろ!
「遂に今日までの研鑽を見せ付ける日が来たな」
「……なんか、もう、鼻を明かさなくてもいいかなって思えて来たんですけど」
「なんだと、何故だ!?」
「いや、だって面倒臭いし……」
俺様殿下が嫌いって気持ちは薄れてはいないけど、見返してやろうという気持ちは大分薄くなっていた。
何故だと言われても、そんな事も考える暇がない程にミニリル様がスパルタだったからですけど? 正直、日々生き残る事だけに気持ちが研ぎ澄まされて、余分な感情を削ぎ落としてしまった気がする。
つまり、あんな奴にいちいち構ってられる余裕が私にはなかった。これでもまだ最低限って言われてるんだから、正直もう勘弁して欲しい。
「しかし、それでは何の為に学院に通うのだ? カテナよ」
「将来の為だよ!? 私が起こした問題のせいで兄様は家を継ぎたくないって言ってるし、私まで放棄したら家が無くなっちゃいますよ。本当に兄様が商人になるなら私が継ぐしかないですし」
兄様は例の騒動以降、家に戻ってくると毎回のように顔が暗くなってるから、悩みがあるのかと聞いたら家を継ぎたくないと言った。
継ぎたくない理由がだいたい私のせいだったんだけど、流石に申し訳ない気持ちになったよね。でも家族は大事にしなきゃいけない、と口にするものだから自分を大事にする方が先でしょ! って言っちゃった。
『お前に言われると、確かにそうだなって思うようになるな。よし! カテナ、お前、実家が好きだろ? お前が婿を取れば良い!』
そう言って良い笑顔で笑う兄様は今も忘れられない。実際、迷惑はかけてるのだから無理強いは出来ないし、私も家を継ぐのが嫌かと言われるとそうじゃない。
元々、お母様だって似たような立場だし、誰か良い人がいるなら婿として来てくれないかなって思う。
流石に兄様が家を継がないって言うのはどうなのだ、とお父様は言ってるけど。それで兄様と進路についてよく相談してるのを見かけるようになった。
「婿、か。お前が爵位を継ぐのではダメなのか?」
「私の特権を盾にすれば特例で爵位を認めて貰えそうな気もしますけど。私は家を継ぐなら継ぐで構わないですし」
「しかし、それではお前があの王子の臣下になるという事だな」
「うーん……まぁ、そうなんですよね」
そこだけはなんとかしないと、私が家を継ぐって話すらも危ういんだよね。
本当に何から何まで私にとって厄介者でしかないな、あの俺様殿下。ただ、あの俺様殿下がキッカケにならなかったらここまで力をつけようって思わなかったかもしれないので良し悪しどちらも程々だ。
(それだけ命の危険をミニリル様に叩き込まれたし、端末でしかないミニリル様だって〝優れた剣士〟程度でしかない。それ以上は端末の領分を超えるって言ってたし……)
今後、魔物や魔族と戦わなければいけない運命はついて回る。だからどの道、力をつけることは必要だった。
あれから何かと我が家にいることが増えたラッセル様も、力をつけるのは良いことだと言ってくれた。自分で自分の身を守れるのは必要なことだと。
自分でもやれる方だと思えるようになったけど、だからって積極的に戦いたい訳ではないのは変わらなかった。痛いのも、面倒なのも嫌いだ。
「はぁー、思うまま日本刀を作ることに向き合える日はいつになるやら」
魔法の鍛錬も兼ねて日本刀作りは並行して行ってきたけど、結局最初の日本刀を超えるようなものは出来なかった。本来やっていた手順を簡略化したりしていたから、それも当然だと言えば当然なんだけど。
やっぱり魔法で玉鋼を作る所から始めて、全ての工程に私が魔法で手を加えなければ神器に至りそうな日本刀は出来なかった。それだけ作業の手順に魔法を組み込むことが重要だと言うことはわかったけど。
尚、工程を省いて出来上がった日本刀と魔法の手順を省くと神器にはならないという話はラッセル様を通じて王家へと渡してある。
……その際に、〝刀〟と伝えた筈が〝カテナ〟と私の名前で伝わってしまい、この世界で日本刀の名前が〝カテナ〟になってしまった。
制作者自身の名前をつけることも前例がない訳じゃないから、ということで日本刀の名前はカテナで認識されてしまっている。どうしてそうなった……?
(もう一度、最初の手法で作るなら私の立場をハッキリさせておかないとなぁ)
この国でどう生きて行くのか。その道を決めるために学院には通う必要があると思う。人の繋がりもそうだけど、私には知らないことがまだまだたくさんあるし。
「んー、何事もなく平和に学生生活を送れれば良いんだけどなぁ」
多分、無理なんだろうなぁ。そんな予感をひしひしと感じて、私は溜息を吐いた。
* * *
「カテナ、忘れ物はないか?」
「はい、お父様。大丈夫ですよ」
「……くれぐれも、どうかくれぐれも、トラブルを起こさないようにな」
貴族学院に通うため、王都に向かう日。出発前にお父様が投げかけた言葉がこれである。
もうちょっと娘自身の心配をしてくれませんか? えっ、私が何かをしでかす方が心配? そうですね……。
「身体に気をつけるのよ、カテナ。ザックスにもよろしく伝えておいて頂戴」
「はい、お母様」
「ザックスが泣かないように大人しくしてるのよ?」
「お母様まで酷い……」
「ふふ、冗談よ。学生生活、楽しんでらっしゃい」
穏やかに笑いながらお母様は私をそっと抱き締めてくれた。これから長期休みでもないと家に戻ってこなくなるだろうから、ちょっとだけ切ない。
「カテナ嬢、準備はよろしいですか?」
お父様とお母様に挨拶を済ませていると声をかけてきたのはラッセル様だった。
あれからすっかり我が家に馴染み、お客様というより同居人に近しい関係になってしまった。
稽古もつけてくれたり、勉強を教えてくれたので私にとってはもう一人の兄様のように思えていた。
「ラッセル様、道中の護衛を引き受けてくれてありがとうございます」
「いえ、私も王都に戻るついでですから」
「これでラッセル様も暫く王都にいられますね。学院卒業するぐらいには、お目付役も不要になっていると良いんですが」
「それは難しいかと。カテナ嬢はもっと自分の価値と立場をご自覚されるべきかと思います」
「これでも十分、弁えていると思うんですけどねぇ」
「まだまだ無自覚と謙遜が過ぎると思います」
ラッセル様が真顔でそう言うものだから、ちょっと肩身を狭くしてしまう。長い付き合いにはなったけど、ラッセル様の前だと身が引き締まるというか、ちゃんとしなきゃって思うようになってしまった。
王都に戻ってもラッセル様は私の近くにいるらしい。学院では臨時の講師として勤務するのだとか。イケメン眼鏡の男性教師……これは女子が黙ってなさそうだね。
「さて、どうなるやら」
そして、私はラッセル様と共に王都へと旅立つのだった。
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