32:見出した可能性
一心不乱に鉄を打つ。額から滴り落ちる汗が邪魔だけれど、幾ら拭っても滴り落ちていく。
噛み締めすぎて歯が音を鳴らす。力を逃すように口を開けば荒い呼吸が漏れていった。
(これ……! 思ったよりもキッツい……!)
気が緩めば神器の発動が途切れてしまう。すると折角皆から借りている魔法との繋がりまで切れてしまいそうになる。
だからこそ神器の発動は維持し続けなければならない。そこに魔法の制御も加えるとなると普段の負担と比べると二倍、いや、三倍は困難だ。
体力、魔力、集中力、それらが一気に削り取られていくのを感じる。
それも当然だと言えばそうだ。私は魔法の制御には自信があるけれど、神器の力を低出力で維持したことがなかった。
神器の力は魔法の制御とは似ているようで、それでいて異なるものだ。魔法の制御と、神器の制御、この二つを同時にこなさなければこの作業は実現しない。
卑屈にならない程度には自信を持っていたけれど、その自信もへし折れてしまいそうだった。
「――はぁッ! もう無理! 解除!」
作業がキリの良いところで私は神器の発動を解除した。繋がりが途切れて、皆の魔法がそれぞれの制御下に戻る。
その場で四つん這いになりながら、肩で息する。あまりの疲労感に目も開けていられず、ギュッと堪えるように瞼を閉ざしながら息を整える。
「カテナさん、大丈夫ですか?」
そんな私を案じるようにすぐリルヒルテ、レノア、シエラが駆け寄ってくれた。
大丈夫だと取り繕うことも出来ず、私はただ呼吸を整えることに専念するしか出来ない。
「……やれやれ、凄まじいと言うしかあるまいな」
溜め息交じりにそう言ったのはテティスだ。私を見下ろす彼女の表情はどこか険しい。
「今日の作業はここまでにした方が良いだろう。まずは身体を休ませよ、カテナ」
「……ん、ごめん……ありがとう、テティス……あ、テティス女王……」
「其方に畏まられては妾の立つ瀬がない、もう普通に喋るが良い」
人の目があるから敬語に切り替えようとしたけれど、嫌そうな表情に変えたテティスにそう言われてしまう。
それからテティスが色々と指示を出して、作業場の片付けを人に頼んで私たちは場所を移動した。
出されたお茶を一気に飲み干すように飲みながら、私は背もたれに寄りかかりながら深く息を吐いた。
「あぁ……予想以上にしんどかった……」
「お疲れ様です」
「あれだけ凄まじいことをやっておいて、疲れたとだけ済まされては溜まったものではないな……」
「まったくだ……」
リルヒルテ、レノア、シエラが献身的に私の様子を窺ったり、軽く魔法で風を当てたりしてくれているのに、テティスとベリアス殿下は呆れたように見るばかり。なに、この扱いの差は。
「今日の光景を見て理解した。カテナ、あれこそがお前の神子としての権能なのだな」
「私というか天照、私の神器の力だけどね」
「だから、それがお前の権能なのだということだろう。もうお前は新たな神の一柱と言ってもおかしくない。既存の神々から力と加護を受け継ぐ俺たちとは根本的に別の存在だと言ってしまった方が良い」
「神子としての枠組みは同じでも、カテナはその先にいるべき存在と言うべきじゃな」
ベリアス殿下とテティスが交互に頷きながらそう言った。神子である二人にそう言われるとそういうものなのかと思ってしまう。
改めて考えてみれば、実際に二人の言う通りなのかもしれない。私は確かにヴィズリル様の加護は受けているけれど、私の力そのものは私自身のものだ。
あくまで私とヴィズリル様は同一の力を持っているから繋がっているのではなくて、互いに似た性質を持つからこそ繋がっている関係なのだし。
「しかし、お前でもあの作業は疲労するものだったのか?」
「私でもって何さ」
「通常の作業だったら連日不眠不休で鍛冶をやっていたお前が、中断をしないとダメだと判断したんだぞ? 端から見れば納得しかないが、それでも今までのお前を見ているとまさか、と思う気持ちが出てくる訳だ」
「んー……まぁ、それはそうかなぁ。理屈では魔法の制御と同じだと思うんだけどね」
今回の作業で私の疲労が増した原因が、神器の力を低出力で長時間維持することが出来ていなかったからだ。
魔力を原動力としているから似ているのだけれど、どちらも並行して使おうとすると集中力が半端じゃない程に削り落とされる。
そんな自分の所感を伝えると、テティスが納得したように口を開いた。
「言うなれば、両手でそれぞれ別の作業をしつつ、その両手に流す力もそれぞれ別で制御しなければならんのだろう? 頭が痛くなりそうな話じゃな……」
「魔法みたいにズルが出来ないしね……」
魔法のみの作業だったら予めどういう順番で魔法が発動するのか、持続時間はどの程度にするのか決めておくことが出来る。
なので全部同時に制御はしているけれど、在る程度は魔法の形を決めておいて流れに任せていることがある。
その一方で、神器の力はそれが出来ない。こちらは完全に自分の制御下に置き続けておかないと発動が途切れてしまう。
だから両立が難しいし、今のままだったら作業効率は普通の作業をするより悪くなるかもしれない。
「そうそう上手くはいかない、ということか」
「作業の短縮は魅力だったが、こればかりはな……」
テティスとベリアス殿下が残念そうにそう呟いた。そんな二人に私は言葉を続ける。
「効率に関してはそうなんだけど、でも今までのやり方にはない利点はあったよ」
「利点ですか? それは一体どのような?」
「仮に自分専用の神器を作るなら、作業に最初から加わった方が良いというのは今までのやり方でも言われてたことだけど。この方法でやれば、私が力を借り受けた人に合わせた神器を作り出すことが出来ると思う」
「なんだと!? ……そうか! 作業をしているのはカテナであっても、カテナが作業に用いている魔法は当人のもののままだからか!」
「そういう事」
ベリアス殿下が思わず席を立つ程に驚く様子を見せたので、私は軽く笑みを浮かべて頷いて返しておいた。
「つまり、神器継承の際に必要な〝染め〟が要らんということか? それは素晴らしいな……」
「まぁ、作業しなきゃいけないのが私だし、余程繋がることに抵抗がない人じゃないと無理だと思うけど。……自分が発動している魔法をそのまま誰かに操られてるって気持ち悪かったでしょ?」
「……なかった、とは言い切れぬな」
テティスが難しげな表情でそう言った。そのテティスの気持ちはなんとなく私も察していた。
口にはしていないけれど、神器の力を用いて魔法越しに繋がった際、なんとなく魔法の使用者の内心に触れてしまっているような感覚があったから。
それは私だけではなくて、多分作業に参加していた皆が同じような感覚を味わっていたのじゃないかと思う。
ある意味で心をそのまま晒すような行為だ。余程の信頼関係がなければ私でも遠慮したい。
「結局、染めの手間を惜しむか、この手法で神器の完成度をひたすら求めるかという話になると思う」
「難しい話だな……検証しようにも、これは明らかにカテナにしか出来ないことだからな」
「うん。でも、それは一から神器を作ろうとした場合ではあるんだよね。他の目的に使うのだったら、もうちょっと実現可能な話に出来るかもしれないけど」
「他の目的だと? それは一体……?」
「――元々の完成品に手を加える。神器の鍛え直しとか、神器の継承に必要な染めの作業を私が代行して行う、ってことになるのかな?」
私がそう言った瞬間、皆の目が大きく見開かれることになった。




