31:縁を結んで、輪となして
「概ね、作業の概要については以上です。後はこの作業で鍛造を完了まで行えば神器を作り上げることが出来ます」
「ふむ。確かに妾がカテナのように作業の中心を担い、他の作業を分担出来る人員を育て上げれば我が国でも神器の作製が可能になるかもしれんな」
「この手法で鍛え上げれば、神器ほどでなくても準神器級の武器を作れると思います。神器に至るかどうかはテティス女王と、作業に従事した者たちの技量に左右されると思いますが……」
「言ってくれるではないか」
小休憩を挟んだタイミングで、私はテティスへと作業の解説を行っていた。
正直、魔法の制御さえ出来ればあとは通常の鍛冶と流れはそこまで大きく変わらないと思う。その魔法制御を身につけられる人がどれだけいるか、という話だけれど。
ただ、その点はアイオライト王国は水上歩行を可能とするために繊細な魔法制御を身につけているので、ある意味有利と言えるかもしれない。
「後は試行錯誤の繰り返しになると思いますので、正直教えられることと言えばこれぐらいしかないんですけども」
「教えられても身につけられるかどうかという問題があるがの?」
流石にこればかりはテティスも呆れたようにジト目で私を見た。他の人たちも似たような眼差しで私を見ていることは敢えて気付かない振りをしておく。
「では休憩も取りましたし、新しい手法を試したいと思います。もしかしたら作業時間を短縮出来るかもしれないので」
「本当に疲れ知らずじゃな……それで? その新しい方法というのは?」
「説明するより試してみましょうか。この方法が上手くいけば、私の作業を手伝う人の負担も減るかもしれないので」
そう言ってから、私は作業の邪魔にならないように外しておいた天照を手に取った。
私が天照を手に取ったのを見て、皆揃って怪訝そうな顔をしている。
「えっと、私たちは何をすれば良いんですか?」
「発動を維持しやすい魔法……ファイアーボールとかかな? それを発動したままにして欲しいんだ。リルヒルテには風の魔法を、レノアには土の魔法を、シエラには火の魔法を、テティスには水の魔法をお願いします」
「魔法を維持するだけで良いのですか?」
「一体、何をするつもりで……?」
「んー、ちょっと成功するかどうかも私も半々だから、まずは試しても良いかな?」
皆が怪訝そうな顔をしたまま、それでも私の指示に従うように魔法を発動させて宙に浮かべた。
ファイアーボール、ウォーターボール、ロックボール、ウィンドボール。私がお手玉練習に使った魔法だ。それぞれが発動する魔法を見た後、私は天照に手を添える。
今まで、私は自分の作業に皆の魔法を合わせて貰っていた。
けれど、魔法の出力を揃えるのは途方もない制御力を求められる。だから作業の分担をしてしまうと魔力にムラが出来てしまっていた。それが神器としての完成を遅らせる原因となっている。
その結果を私は仕方ないと思っていた。
誰もが私のような技術を身につけられるとは思っていた訳ではない。シエラやテティスなら近い領域には踏み込めるかもしれないけれど、それは二人が王族だからだとも言える。
王族とは神子でもあるから。そして神子の中でも私は特別な立ち位置にいる神子だ。
そんな自分への認識が、他人との繋がりを消極的にさせていた自覚はある。
縁が結ぶのは難しいと、人と違うことで避けられても、分かり合えなくても、それは仕方ないことだと思っていた。
それを諦めだと言えば、まったくもって否定出来ない。
――でも、諦めないでくださいと言われた。
人と縁を結ぶことを。
人と共にあることを。
そして、誰かを思うことを。
願われるように、祈られるように。
ここにいて欲しいのだと、そう言われた。
その時、私はこう思えた。
一人でなくても、良いのだと。
私がどれだけ特異な存在だとしても、ここにいて欲しいと望んでくれる人がいる。
その確信を以て言えるのが、リルヒルテ、レノア、シエラ、テティスだった。
私のことが好きだと言ってくれたリルヒルテ。
私に自分たちを諦めないでと願ってくれたレノア。
どうしても喪いたくなくてその手を取ろうとしたシエラ。
居場所を見失ったら受け入れてくれると言ったテティス。
心から、この人たちとなら歩いていけそうだと思えた。
この縁が私を繋ぎ止めてくれる。私らしく振る舞うことを受け入れてくれる。
それこそがきっと、彼女たちが望んでくれた私の在り方だから。
だから、今こそ更なる一歩を踏み出そう。
「――祓い給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え」
鞘に収めたまま、天照と一体化させるように意識を集中させていく。
天照と繋がることで私の魔力の性質が置き換わっていく。この状態になると扱える魔法が身体強化ぐらいしか使えなくなるのは既に知れたこと。
天照の性質に染まった魔力は、全てを祓うための力に変換されてしまうからだ。
私はその魔力の性質をもって魔法を斬り裂き、それを魔力に変換して自分の力にしていた。
神器の力を解放させたままでは、魔法を使うことは出来ない。
でも、神器の力を解放したまま状態で魔法を扱うことが出来れば、私の神器の制作効率は上がるんじゃないかとは思ったことはある。
私のやり方で神器を作る際、必要となるのは魔力のムラを限りなく無くすこと。だから自分が扱う物に関して言えば、私一人で作業した方が良かった。
だから改めて手段を探そうという気になれなかった。それが私一人という限界であり、ミニリル様からも無謀であると匙を投げられた程だ。
『それは、それこそお前が複数人でもいなければ実現不可能な難題だろうな』
ミニリル様がそこまで言うなら諦めるしかないと私も思っていた。
でも、諦めないでとリルヒルテたちに求められた時に思ってしまった。
もう少し頼って、期待してもいいのかな、って。
触れ合うことを恐れずに、共に並ぶことを厭わずに、もっと側にあることを受け入れても良いのかなと。
そう思った時、思考に掛かっていた靄が取り払われたような気持ちになった。
――私一人で出来ないなら、皆の力を貸して貰えば良い。
「――縁結びて、集いし糸は円輪となりて廻り巡る」
私の魔力を周囲に拡散させるようにばらまいていく。すると私の魔力に接触した魔法がゆっくりと解け始める。
リルヒルテたちが維持している魔法に私の魔力が染み入り、まるで雪が溶けるように消えていく。
「これは……」
誰かが驚きの声を漏らした。
私はリルヒルテたちの魔法が解けて形を失う前に、自分の魔力で包み込むようなイメージを脳内に描きながら腕を振るう。
すると、私の腕の動きに合わせて四人が発動させていた魔法が私の周囲を渦巻くように動き出す。
私の魔力によって形が解かれようとしている影響か、白い光を帯びたように見える魔法。
それは私の魔法ではなく、けれど私の魔力と溶け合っている。それ故に〝私自身の魔法〟のように操ることが出来た。
「これは同調……? いや、そんなものではない……!」
テティスが目を見開きながら驚きの表情を浮かべている。
「でも、奪われている訳でも、支配されている訳でもない……」
シエラが落ち着いた様子で、私の手の動きに合わせて動く自分の魔法を見つめている。
「……これは、まるで」
「えぇ、そうですね」
レノアが小さく呟き、言葉にしなくてもわかっているというようにリルヒルテが僅かに笑みを浮かべて頷いた。
「繋がり……私たちの魔法が、カテナさんの魔力を通して繋がっているんですね」
侵蝕し、解体するのではなく。溶け合い、繋がりを結ぶように。
だから抵抗しようと思えば、魔法の制御は皆の下に戻るだろう。
故に、互いに許し合い、互いに望み合い、互いに結び合うからこそ成し遂げられる事象。
それはまるで、異なる糸同士を束ねて紐として輪を結ぶように。
「――借りるね、皆」
小休憩で止まっていた作業を再開する為に、そして皆の力を借りる為に、改めて宣言をしながら私は鎚を手に取った。




