23:あくまで私、刀鍛冶ですので
「神器の製法をだと……?」
私の発言にテティスは目を丸くして呆気取られて、キュルケ大公も目を見開かせた後、鋭い視線を私へと向けた。
「カテナよ、それはどういう意味だ?」
「文字通りですよ。ベリアス殿下とも話し合いましたが、神器の量産について慎重になっていたのは、現時点で神器の量産が可能なのが私だけな点にありました」
「うむ、それは理解出来るが……」
「私の技法をなんとかして再現出来ないか研究しているのが私の研究室ではありますが、私と同じ製法を身につけられる可能性があるのは現段階でこちらのシエラだけになります」
私に名前を呼ばれたシエラは恭しく頭を下げてみせた。ちらりとシエラを見た後、テティスは私へと視線を戻す。
「ふむ……それだけ難しいのか? 神器を作り出すのは」
「私であれば不眠不休で数日間、作業に没頭すれば」
「不眠不休で数日間……」
ごくり、とテティスが唾を飲み込み、キュルケ大公が重い息を吐き出した。
「……不眠不休で作業させなければならない点に驚くべきか、それでも数日で完成させられるという点に驚けば良いのか。感覚が麻痺しそうになりますな」
「まったくだ」
「理解を得られたようで何よりだ」
「……苦労しているようですな、ベリアス王子」
「痛み入る」
なんで私と関わった人たちってすぐそういうやり取りしちゃうの? 私は厄物か何かなの?
私は話の流れを戻すべく、わざとらしい咳払いをしてみせる。
「話を続けても良いですか?」
「うむ、失礼した。……それでカテナよ、妾にも神器の製法を指導するというのは?」
「神器の制作を単独で行う場合、必要なのは魔法における四属性に適性を持っていなければならないからです」
「ふむ、だから妾の適性を確認したのか」
「四属性の魔法を使えるのは前提で、神器を作る際には神域の構築も欠かせないと私は考えています」
「神域……聞けば聞く程、妾に都合の良い条件が揃っているの」
「昨夜、個人的な面談の場を設けて頂いて確信を抱いたのです。ですので、テティス女王に神器の製法を身につけて頂いた方が今後の為になるのではないかと。勿論、その指導の際に完成した神器はそのままテティス女王が所持して頂いて構いません」
「しかし、それではまた話が異なってきますな」
私が言い終わるのと同時に声を上げたのはキュルケ大公だった。彼は腕を組み、真剣な表情で私を見つめている。
「神器の提供だけでもこちらとしては破格の条件。更に製法ともなれば、アイオライト王国としては恩を受けすぎている事になりますの」
「キュルケ大公がそう考えるのも無理もない。……しかし、こちらにも利はあっての提案なのだ」
「と、言いますと?」
「テティス女王は、神器を作れるようになったらどのような神器を作る?」
「ふむ……? どのような、と言われてもな。正直に言って想像がつかんの」
「では、国の利益になるのであれば作るものは拘らない、という訳だな?」
「まぁ、そうであろうな」
「……それこそがこちらが利を見出した理由だ」
「???」
訳がわからぬ、と言わんばかりにテティスが首を傾げている。キュルケ大公もちょっと困惑した様子でベリアス殿下を見る。
ベリアス殿下は深々と溜息を吐きながら私を見た。
「そもそも、カテナは自分の拘りの武器しか作らない。我が父上が望んだところで首を縦に振らぬ頑固者だ」
「はぁ……?」
「それも既存にない武器だからな、グランアゲート王国の気風に合致しているとも言えない。不用意に神器を量産させると危険だという考えもあったが、そもそもの話としてこいつは我々の要請を断る程に自分の手がける作品には拘りがあると言うのだ」
「拘り……」
「だって、私はあくまで刀鍛冶ですし」
「……このように宣う頑固者だ。つまり、こいつはカテナ以外の武器を打つ気が一切ない」
キュルケ大公は困惑の視線をベリアス殿下から私へと移した。テティスに至ってはぽかん、と口を開けている。
「カテナ以外の神器を作り出すつもりもなく、国王からの要請であっても頑なに断る。かといって神器の量産を安易にされても困れば、武器の扱いに習熟が必要となる神器を量産されても困る。その上で欲に駆られた者がカテナを操ろうと考え、万が一にでも身近な者を盾にでもされたら制御不能になりかねない。こいつは自分や身近な人間に不利益になることがあれば容赦なく国を切り捨てることが出来る人間だ」
「……言われれば納得するが、納得してしまうだけに国を治める者としては悩ましい存在であろうな。我が国ではまた扱いが異なるので、あくまで想像ではあるが……」
テティスが気を取り直したように言って、イタズラを思い付いた悪ガキのような笑みでクスクスを笑っている。
キュルケ大公はまだ飲み込めてないのか、私をジッと見つめた後に重苦しい息を吐き出していた。
「それでは、我が国に神器の製法を教えようというのは……」
「最悪、神器そのものの量産はアイオライト王国に委ねることが出来るからだ。無論、我々も独自に神器の量産については手をつけているし、アイオライト王国に頼むということは考えてはいない。しかし、これから先の事を考えると研究している者が多い方が良い」
「それにアイオライト王国の国力を底上げするのに新しいものを取り入れるのが抵抗があると言っても、それが女王陛下から賜った一品だったら話は変わるんじゃないかと思いまして」
「それは確かに……しかし、先程も言ったようにそれでは我が国が恩を受けすぎていると思うのだが……?」
「それは、私の他に神器を作れる人がいるなら私に頼む人は減りますよね?」
私の問いかけにキュルケ大公は片眉と唇の端を上げて固まってしまった。
「私はあくまで刀鍛冶で、刀以外の武器も神器も作る気はないんです。刀を作るために生きていければそれで良いんです。それを邪魔するなら、相手が国だろうと魔族だろうと許せませんから。その為に他の人が神器を作れるようになるための援助はしますし、それで世界が良い方向に行ってくれたら私は万々歳です」
私が笑みを浮かべながら言った言葉にキュルケ大公は暫し固まっていたけれど、何か言いたげに唇を動かそうとする。しかし、それは言葉にならないまま溜息へと変わってしまった。
「……成る程、これが最新の神子。神に最も近き神子であるという事ですか。それは人の傲慢と言うよりは、神の振る舞いにも等しい。かの女神ヴィズリルの神子と言うのも更に納得を深めるばかりだ」
「……何か含みがあったりします?」
「はははっ! まさか、そんな! カテナ嬢が国には縛られぬ御方だというのはよくわかりました。あくまでグランアゲート王国に身を置いているだけであって、彼女の意思はグランアゲート王国に沿った物ではないのですな……」
「そういう事だ。あくまで我が王家とは対等の客人として、そして彼女が我が国の国民であることを望んでくれている限りは王家の責任として庇護するという立場に過ぎない。だから必要以上にアイオライト王国に援助を望むという話でもないのだ。むしろ、カテナがこれからも人のためにあれる存在でいさせるためにも協力して欲しい」
「そういう事であれば、あくまでグランアゲート王国への見返りではなく、カテナ嬢個人への見返りと考えれば良いと?」
「万が一、カテナが害意に晒されそうになった時に受け入れる先があるなら多い方が良いからな。カテナは国という枠には縛られぬ、これからの人々には必要な存在だと私は確信している」
ベリアス殿下がそう言ってくれるけれど、私は落ち着かないように肩を揺すってしまった。
そんな大層な存在だと言われても、何とも上手く飲み込めない話だと思ってしまう。
「ふむ……であれば、我が国もカテナ嬢の後見として名乗りを挙げるべきでしょうかな?」
「そうして貰えると助かるな。両国の後見がある上で、カテナがグランアゲート王国に身を置いていると広まればよからぬ事を考える貴族を牽制することが出来る」
「アイオライト王国としても利点がありますからな。それについては異存はありません。それでもこちらが恩を受けすぎているというのは否めませんが……ベリアス王子、やはりここはアネーシャを娶るということでどうでしょうか?」
「待て、いきなりどうしてそのような話になった!?」
「ははは、元々どのようにお考えかと問うたのはベリアス王子ではございませんか。反対する理由がこうも消えてしまっては、私としては諸手を挙げて歓迎するのですが。如何でしょうか?」
「いや、その、それについてはだな……」
「うむ! 妾もベリアス王子がアネーシャ姉上を娶ることには大賛成だ!」
「ま、待っていただきたい……!」
掌を返したようにぐいぐいとアネーシャ様を推そうとしてくるテティスとキュルケ大公にベリアス殿下はしどろもどろに返している。
真面目だった会合の空気は一気に霧散して、すっかり姉を義娘を推してくる妹と義父に早変わりした二人に追い詰められるベリアス殿下。
それを見て、私は微笑ましそうにベリアス殿下を見てしまうのだった。視線に気付かれて思いっきり睨まれたけどね!
 




