21:青春の吐息
「昨夜、テティス女王と会っていたそうだな」
テティスと会って、ネレウス様から真実を教えられた次の日の朝。朝食を食べ終えた後の一服の時間になるとベリアス殿下がそう話を切り出した。
「えぇ、ちょっと用事があって」
「俺が聞いていい内容か?」
「全部は無理。神に口止めされた内容もあるから」
「……そうか。なら、話せる範囲で構わん。どんな話をしたんだ?」
「……話すのは良いけど、その内容に関わる話だから先に聞いておいていい?」
「なんだ」
「ベリアス殿下、アネーシャ様に惚れてたりする?」
ごふっ、とベリアス殿下が優雅に飲もうとしていた紅茶を吹き出した。咳き込むベリアス殿下に淀みない動作でラッセル様がハンカチを手渡す。
ラッセル様から受け取ったハンカチで口元を拭いながら、ベリアス殿下は私を睨み付けた。
「な、何故そのようなことを……!」
「昨日もそんな話が出てたけど、テティスは本気でベリアス殿下にアネーシャ様を嫁がせたいみたいよ?」
私がそう言うと、ベリアス殿下は固まってしまった。それから赤らんだ頬を隠すように手を添えながら深々と溜息を吐く。
ベリアス殿下が再起動するまで待ってから、私は言葉を続けた。
「色々と考えている事もあるみたいだけど、一番の理由はアネーシャ様を想ってのことだと思う」
「……詳しく聞かせて貰えるか?」
ベリアス殿下に問われたので、先日のテティス女王が語っていたアネーシャ様の話をする。
話を聞いている間、ベリアス殿下は神妙な表情を浮かべていた。そして私の説明が終わると深々と息を吐き出す。
「成る程……やはり聡明であるな、テティス女王は」
「気遣いも出来るし、良い子だと思うわ。ちょっと悪戯っ子なところが玉に瑕だけど。それでベリアス殿下としてはどうなの?」
「……アネーシャ殿は、素晴らしい女性だと思っている」
一息を吐いてからベリアス殿下は静かにそう言った。
「立場としても、人柄としても、その能力も、妃として迎え入れるのに十分な資質を示している。話を聞く限りではあるが」
「まぁ、王子だからそういった目線で考えなきゃいけないことはわかるんだけど、ベリアス殿下個人としてはどうなの? 男として」
「……わからん。だが、今まで様々な令嬢と顔を合わせてきたが、このように人を想うのは初めてだな」
思わず内心で甘酸っぱい! って叫びそうになってしまった。ラッセル様も含め、皆が興味津々でベリアス殿下を生暖かい目で見つめてしまう。
私たちの視線に気付いたのか、ベリアス殿下が眉間に眉を寄せて渋い表情を浮かべてしまう。私は仕切り直すように咳払いをした。
「ごほん、ごほん! それじゃあ、ベリアス殿下はアネーシャ様を婚約するとしたら前向きに話が出来るって事?」
「そうだな……しかし、アネーシャ殿次第だな」
「そうだね。正直、今のままグランアゲート王国に連れ帰ってもわだかまりを残しちゃうと思う」
「アネーシャ殿がグランアゲート王国に来ることに前向きになって貰えれば良いんだがな……」
ふぅ、と悩ましげな溜息を吐くベリアス殿下。するとシエラが小首を傾げながら言った。
「ベリアス殿下が口説けば良いのでは?」
「ぶふっ」
気を落ち着かせようとお茶を飲もうとしていたベリアス殿下が吹き出してしまう。先程受け取ったハンカチで口元を拭いながら、ベリアス殿下はジト目をシエラに向けた。
「シエラ、貴様……」
「私、何か間違ったことを言いましたか?」
「いや、それは……」
「アイオライト王国の元王族で、現女王陛下と良好な関係で、知識も能力も立ち振る舞いも問題なし。ベリアス殿下本人も好意的に思っている女性ですよ? 逆にここまで条件揃っている人が今後、出てくると思いますか?」
「それは……非常に難しいでしょうね」
ラッセル様がシエラの言葉に同意するように眼鏡を指で押し上げながら頷く。
「後はアネーシャ様の気持ち次第だと言うのなら、やはり積極的にベリアス殿下が口説けば万事解決するのでは?」
「うむ、むぅ……」
「埋めようと思えば外堀だってすぐ埋められるでしょう。何せ、テティス女王が前向きに検討している程ですから。気持ちが大事だとは言いますが、あくまで政略結婚に拘るなら難しい話ではないと思います」
「シエラ……ズバズバ行くね……?」
「ラトナラジュ王国で育てば、この手の話題は割り切らないといけなかったので。話を戻しますが、あくまで両思いになりたいというのなら、やはり惚れた側からアプローチをしていくしかないのではないでしょうか?」
「ぐ、ぐぬぅ……」
「恥ずかしがる気持ちはわからなくもないですが、ここまでお膳立てされてる状況が揃っていて恵まれているじゃないですか。後はベリアス殿下次第だと思いますが、如何でしょうか?」
シエラの指摘にベリアス殿下は口をもごもごさせながら唸り声を上げていたけれど、諦めたように溜息を吐く。
「……しかし、口説けと言われてもな」
「なら、下準備を飛ばして玉砕覚悟で思いを伝えますか? 或いは外堀を埋めて断れない状況を整えますか?」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
「思いも伝えず、気も惹こうともせずに自然と両思いになれるだなんて、そんなの余程の幸運でしかないと思いませんか?」
「むぅ……」
「うぅ……」
ん? ベリアス殿下が唸るのはわかるけれど、リルヒルテまで呻き声を上げてるのは何でだろう?
「口説くと言うのに抵抗があるなら、単純に縁を強く結ぶためと考えれば良いのです。その縁を太く切れないものに出来るのなら、それこそ大事にすべきものだとわかるでしょう。共に歩む伴侶であれば、その縁が簡単に切れてしまってはいけないのですから」
「縁、か……」
「まずは意識せず、共通の話題などでアネーシャ様とお話をしてみるのが良いのではないですか? テティス女王にご協力頂ければ幾らでも機会を作ってくれると思います。例えば、視察の案内をして頂くとか」
「……そうだな」
「ベリアス殿下は今まで声をかけられる側だったので慣れていないのかもしれませんが、相手を気遣って気をつけていれば恐らく問題はないと思いますよ」
「……忠言感謝する、シエラ。少々、耳に痛かったがな」
「えぇ、必要な忠告だと思いましたから。ベリアス殿下に限らず」
「確かに為になるお話でしたね。恋人、ひいては夫婦になるということは縁を強く結ぶということだと言うのは私も共感出来ます。恋人や夫婦に限った話ではありませんが」
ラッセル様が笑みを浮かべながら何度か頷いている。それに対してベリアス殿下は何とも言えない微妙そうな表情を浮かべていた。
リルヒルテとレノアも何か思うところがあったのか、何か考え込んでいるようだった。
「では、後はどのように口説くかですね。あくまで婚約も視野に入れてるという話をしていくのか、伏せて様子を見ていくのかで段取りが変わると思いますし。どちらにせよテティス女王に話を通しておくべきかと思いますが。最悪、外堀を埋める方向で話を持ち込むこともできますからね」
「う、うむ、そうだな……」
「それまでにベリアス殿下はアネーシャ様の褒められる点を纏めておくと良いと思います。好ましいと思うところでも良いですが、とにかく自分が関心を持っているということを意識させないと話が進みませんからね」
「わ、わかった! そのように次から次へと話を進めるな!」
淡々と話すシエラに対して、堪えかねたかのようにベリアス殿下がそう言った。
そんな珍しいベリアス殿下の様子にラッセル様が笑い声を零してしまい、ベリアス殿下に睨まれていた。そんな様子に私も思わず笑ってしまう。
「青春してるわねぇ……」
「お前に言われるとなぜだかムカつくんだが?」
「横暴でしょ!?」
 




