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18:水と叡智の神

2021/06/16 更新(1/2)

「私が現れたから……?」

「これまで魔族との争いは一進一退、現状維持が長らく続いていた。そんな中で現れたのが其方じゃ。妾は時代が動くと感じておる。その中でアイオライト王国も在り方を変えなければならない時が来るだろう。伝統を守り続けるのではなく、革新の世の中に適応していく力がいる。その先導を担えるとするならアネーシャ姉様が適任だ」

「だからアネーシャ様をグランアゲート王国に嫁がせようとしたの?」

「外と関わる立場であるなら、正直何でもいいがな。しかし、アイオライト王国は今まで他国との繋がりが密接ではなかった。何も支えがない新天地で生きていくのは難しいだろう。このアトランティアで育てば、その思いも更に深まるというもの。だからアネーシャ姉様も踏み出せないままでいるのだろうがな……」


 ふぅ、と溜息を吐きながらテティスは言葉を続ける。


「ここは変わらぬことを美徳とする土地だ。先祖代々から受け継いできた使命を守ることが何よりも大事だ。そんな中で革新的な思想を持てば、やはり水が合わぬのだ。それはアネーシャ姉様の才能を潰す」

「……だから外に、か」

「アネーシャ姉様とて考えなかった訳ではなかろうが、下手にアイオライト王国の王族が外に出れば面倒にもなりかねん。しかし、今は違う。顔を合わせて思ったが、グランアゲート王国には次代に期待出来るベリアス王子がいる。更にはカテナまでいるなら、グランアゲート王国は未来を切り開く力を得るだろうと妾は確信しておる」


 そこまで言い切って、テティスは表情を崩して苦笑を浮かべた。少しだけ困ったように笑った姿は、やっぱりアネーシャ様とよく似ていた。


「……正直に告白するとな、妾とてこのまま生涯、ここで過ごすのが望みとは言えぬよ。好き好んで出たいとまでは言わぬが、選択肢すらもないのはな」

「テティス……」

「妾が誰よりも上手く女王をやれる。だからやる。それを誰かが背負わなければならぬのなら妾で良い。そう決めたのだ。そして、そう決められたのはアネーシャ姉様がいて、カテナが現れてくれたからだ。アネーシャ姉様も其方たちと一緒なら、魔族との長き戦いに変化をもたらし、より良い未来をもたらしてくれるのではないかと思ったのだ」


 流石にここで謙遜しても仕方ないし、神器を作り出すことが出来る私が世界のバランスを変えてしまうのは納得出来るし、自覚だってないことはない。

 だけど、改めて他人から言われてしまうと気が滅入るのは何故なんだろう。


「責任が重いか?」

「……そうだね」


 テティスが労るような声で告げてきた。それに私は誤魔化そうとして、でも止めた。

 同じ神の声を聞けるテティスになら、神子としてあらなければならない立場にいる苦悩を打ち明けても良いと思えたからだ。


「妾はカテナに期待をしておる。しかし、それが一方的な願いの押し付けなのは重々承知している。……だから、もし辛くなったらアイオライト王国に来ると良い」

「え?」

「カテナには神器を生み出し続けて貰うだけでも世界の為になるからな。現世に身を置くことが煩わしくなればアトランティアで其方の身柄を預かり、現世から隔てることも出来るだろう」

「……匿ってくれるってこと?」

「神子であるというだけで、妾たちは人とは隔てられるからな。その隔たりを理解してくれる人は多くはなかろう。辛くなる瞬間があるのは妾とて同じだ」


 ……すとん、と何かが嵌まるように納得出来た。

 私はテティスに居心地の良さを感じていた。それは同じ立場だから。神子として神の声を聞くことが出来る代弁者、それだけで普通の人たちとは一線を画してしまう。


 投げ出したいと思ったことがある訳じゃない。だけど、何も辛くないかと言えばそうでもない。

 どうしようもなく、その隔たりに疲れを感じてしまうことがあるだけで。


「アイオライト王国は人類最後の要だ。だから妾はこのアトランティアを守り抜く。いずれ人がこの地を必要とした時のために、いつか人が再び歩み出せるようになるまで、未来に繋ぐために。ここは揺り籠なのだ。妾はその責任を全うすることを誓う」

「……うん」

「身構えることはない。きっと、其方は其方らしくあるだけで世界に波紋を齎せる。好きに生きてくれ。風の噂で其方の活躍を聞かせてくれれば嬉しく思う。そして世界が変わる日が来たのなら、あの母なる大陸で再会を望もう」


 いつかアイオライト王国の女王でも外に出ても良い未来。それはアトランティアがその使命を果たす必要がなくなった時だ。

 その為には魔族との戦いを終わらせなければならない。魔族の背後にいる魔神との因縁も含めて。


「……さて。妾の伝えたいことも伝えたし、もう一つの本題に入ろう」

「もう一つの本題……あ、そういえば神託があるとか聞いたけど」

「そうだ。ネレウス様より、カテナへの言付けを預かっておる」

「ネレウス様から……」


 一体、私に言付けって何だろう? その内容が予想出来ずに首を傾げていると、テティスが教えてくれた。



「ネレウス様よりお伝えしろと言われた内容はこうだ。――〝過保護な女神が隠す真実を知りたくはないかい?〟と」



 テティスが告げた瞬間、神器からミニリル様が実体化して地に降り立った。

 ミニリル様は不機嫌の極みと言わんばかりに表情を歪めていて、ちょっと引いてしまう。


「……あの腹黒陰険ヒョロ男め……! 誰が過保護だと言うのだ!」

「……これは、これは。女神ヴィズリル様、お姿を拝見出来たこと、真に嬉しく思います」

「ネレウスの神子よ。奴に伝えておけ、余計なお世話だとな」


 テティスは一瞬、目を丸くしていたけれども、すぐに恭しく頭を下げる。

 テティスの態度に幾らか溜飲が下がったのか、舌打ちをしながらもミニリル様はテティスに伝えた。


「失礼ながら、恐らくこう言えばヴィズリル様も出てこられるだろう、と。詳しい話は貴方様を交えてして欲しいとネレウス様よりお聞きしておりまして……それに真実を知りたいとカテナが望むなら、答えるのが我らが務めだとも」

「……チッ、小賢しい真似を。だから粘着質だと言うのだ。やる事がいちいちねちっこいのだ、あやつは」


 ブツブツと文句を言いながらミニリル様は腕を組んだ。

 それにしても真実か。確かにミニリル様は聞かないと答えてくれないし、聞いても答えてくれないほど、色々と隠しているみたいだけど。


「その、ネレウス様が言ってる真実って?」

「真実を望むなら、ここに顕現すると言っておられるが」

「……良いんですか? ミニリル様」

「……」


 ミニリル様は何も言わず、そっぽ向くだけだった。でも、咎めないってことはどちらでも良いってことだと思おう。

 真実は語りたくはないけど、止めるのも筋が通らないとか思ってるのかな。他の神様からの提案だし、そうなのかもしれない。


「では、早速呼び出しても?」

「え、今すぐ?」

「むしろ今が好都合だからな。暫し、待て」


 テティスは立ち上がると、懐から何かを取り出す。

 それは扇子だ。手慣れた手付きで扇子を開いて、テティスは構えを取る。

 目を閉じて、ゆっくりと息を吐く。次の瞬間、テティスから魔力が流れるようにして溢れ出してきた。


「――我が神に捧げ申し上げます」


 そして、テティスの歌声が響き渡った。足取りは軽く、大胆にかつ繊細にテティスは舞い踊る。その扇子によって空気が打ち払われ、元から満たされていた神気が更に研ぎ澄まされていくようだった。

 これは私がラトナラジュ王国でやったことと同じだ。感覚を研ぎ澄ませば、繊細な魔力の制御の腕前を感じ取ることが出来る。私やシエラには劣るけれど、年齢を考えれば驚異的とも言える。


(これ、テティスにやり方を教えたらテティスでも神器を量産出来そうかも……?)


 そんな事を考えていると、テティスが胸の前に手を交差させて跪く。

 頭を垂れて祈りを捧げる姿勢を取り、テティスの歌が最後の一節を紡ぐ。


「――おいでませ、我らが始祖。大いなる水と叡智を司る神よ」


 最初の変化は、水滴だった。

 空中の水分が一点に集まっていき、無数の水滴が渦を巻いていく。集まった水は光を伴いながら人型を象っていく。


 最初に抱いた印象は、穏やかな美形。柔らかく微笑む表情は多くの女性を虜に出来るだろうと思う程だ。

 髪の色は澄んだ水色であり、瞳はマリンブルー。どこか線の細さを感じる体つきは中性的とも取れる。


『やぁ、初めまして。会うことが出来て嬉しく思うよ、ヴィズリルの神子。僕は――』

「――ふんッ!」

『うごぉぁっ!?』


 挨拶をしようとしたネレウス様。そんな彼にミニリル様が本来の姿へと一瞬にして変わり、蹴りを放った。

 その蹴りを腹に受けたネレウス様がお腹を押さえながらよろめく。神様恒例の半透明の姿だけど、蹴りが通じるんだ……。


「いや、何やってるんです、ヴィズリル様!?」


 何が起きたのかと言わんばかりに目を丸くしているテティスに変わって、私は思わずツッコミを入れてしまう。

 私の訴えを無視するかのようにヴィズリル様はネレウス様を睨み付けている。


『いたた……酷いじゃないか、ヴィズリル』

「戯けが、この腹黒。わざわざ痛がったフリをしおって。これで我の溜飲が下がるとでも思ったか?」

『ははは、本当は痛くとも何ともないからね! おっと待った、力の行使は良くない。折角顕現したのに意味がなくなっちゃうよ?』

「相変わらずよく回る口だ! だから貴様とは顔を合わせたくないのだ……!」

『しくしく、お兄ちゃん、悲しいなぁ……昔はヴィズリルもお兄様ー、と僕の背を追いかけてくれた時期が……』

「流れるように嘘をつくな! 貴様を慕ったこともなければ、兄と呼んだこともない!」

『そうだったね。ところで、その口調、アーリエにめちゃくちゃ笑われてたけどまだ続けるの?』

「……本気で消し飛ばされたいか?」

『おぉ、怖い怖い』


 青筋を浮かべ始めたヴィズリル様に対して、ネレウス様は飄々と肩を竦めている。

 なんというか、ヴィズリル様と相性が悪そうな人だな、ネレウス様。二人の様子を見て、ついそんな事を思ってしまうのだった。

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