7話《無色な空間》
「蓮、起きてるか?」
軽く扉をノックして声をかける。
返事はなかったけど、扉を開いて部屋に入った。
薄暗い部屋の中、ベットの上で眠っている蓮はぐっすり寝てる。ちょっと安心した。
額に汗がにじんでいたから拭いてやろうと思ったけど、タオルの場所がわからない。
「聞いておけばよかったなぁ……」
「……は、やと?」
「え……あぁ起きたのか」
眠気まなこの蓮の声が聞こえて振り返れば、ぼんやりとしながら俺の顔を見ていた。
そういえば、メガネはずしてるところ初めて見たな……
少しだけ顔を寄せて蓮の顔をじっと見る。うん。メガネ外すとオヤジさんそっくりだ。遺伝子すげーな。
「飯できたから持ってきた。あ、タオルどこだ?お前汗かいてるし」
「ん……あそこ……」
ゆっくりと体を起こしながら、タオルがある方を指差した。俺はすぐに蓮の指差す方のクローゼット?の扉を開いた。中には数着の服と、タンスがいくつかあった。どこにあるんだ?
「蓮、どれ?」
「えっと……いちばん右のタンスの、上から二番目」
「オッケー」
言われた引き出しを開ければ、真っ白なタオルがたくさんあった。
柄も、色もない。本当に真っ白なタオルしかない。
取り合いず二枚引っ張って、蓮の側に行く。
「ちょっと動くなよ」
「あ、自分でするから大丈夫だよ」
「病人なんだから大人しくしてろ」
「……う、うん」
少しだけ身構えながらも、蓮は大人しくなった。軽く額や頬、首筋の汗を拭いてやる。そのまま背中も拭いてやろうと思ったけど、そこは抵抗された。
「一応うどん作ったけど、食えそうか?」
「うん、ありがとう」
「柔らかめに作ったから、食いやすいとは思う。ただなぁ、こんな事ならなんか買ってくればよかったな。もっといいもの作ってやりたかった」
「気にしなくてもいいよ。僕には十分すぎるほどの食事だから」
そう言いながら、蓮は一口食べた。ふんわりと笑みを浮かべて「美味しい」って言ってくれて、なんだか嬉しかった。
「あ、家のご飯大丈夫?というか颯音の分……」
「ん?俺は大丈夫だよ。帰りに適当に食うから。両親には事情はちゃんと報告してるしな」
「……ごめん」
「謝んなくていいって。ただそうだな……今後は、こういうことがあっても困るし……」
んーっと考えながら、俺はスマホを取り出して蓮にニッと笑みを浮かべた。
「なんだかんだ、連絡先交換してなかったよな。だからさ、蓮の連絡先教えて」
「あ、そういえばそうだった……」
「連絡先交換してれば、宿題でわかんないところがあったらお前に教えてもらえるしな」
「はは。それが目的か」
「……まぁそれだけじゃないけど」
蓮に聞こえないぐらいの声で、俺はそう呟いた。
電話をすれば、スマホからお前の声が聴ける。結局連絡手段は建前で、全部下心。ホント、俺は最低だな。
「早く風邪治して、また一緒に昼飯食おうな。もちろん勉強も」
「うん。そうだね。早く風邪治さないと」
笑みを浮かべる蓮がなんだか愛おしくて、俺は思わず頭を撫でてしまった。
「え……颯音?」
「あ、悪りぃ、つい……」
「う、ううん。大丈夫……あの、できればもう少し……撫でて……」
「え……」
「な、なんか落ち着く……」
思いもよらない言葉に驚いてしまった。
風邪の時は、どんな相手でも弱っているというが、蓮の場合、この弱り方はやばい。女子だったら失神するんじゃないか?
「だ、だめ?」
「いや、だめではないけど……いいのか?」
「うん……」
「じゃ、じゃあ……」
改めて「やって」なんて言われると身構えてしまい、撫でる手が少しだけぎこちなくなってしまう。
ただ、指や手のひらに感じる蓮の髪の感触はすごく心地いい。
(そういえば、蓮に触るのって初めてかもな)
距離が近くても、触れるなんてことはなかった。
別に男同士だし、触れてもなんとも思わないけど、なんていうか……蓮の場合だと顔面美がやばいから、優しく触らないと壊したり汚してしまいそうで少しだけ怖かった。
(男相手に俺は何考えてるんだ……)
そんな俺の心情とは反対に、蓮はとても気持ちよさそうにしていた。
まぁ、こいつがいいならいいか。
とりあえず、蓮が満足するまで俺は頭を撫で続けた。
犬のように頭を重点的に撫でるが、途中で手を滑らせて横髪も撫でた。
その時、わずかに手が耳をかすめた。
「んぁ」
「っ!……お、おい!へ、変な声出すなよ!」
「ご、ごめん」
気まずい雰囲気が漂い、その後はお互い無言になった。
いやだって、びっくりするじゃん。いきなりあんな……。