6話《風邪》
「風邪?」
翌日のことだった。
昼休みになっても蓮が来なくて、どうしたんだろうと思いながら教室に戻ってる最中で、Sクラスの担任に呼び止められた。
正直Sクラス担任とは話したことがない。数学教師だが、うちのクラスの担当は別の先生だから、めっちゃくちゃびっくりしてる。
なんでも、最近昼休み終わりに一緒にいるところを何度も見かけたらしく、仲良しだと思っていたらしい。
「そう。だから、海雨にプリントとかを渡してきて欲しいんだよ。あ、住所とかは後で教えるから帰りに職員室にきてくれ」
「は、はぁ……まぁいいっすけど」
別に断る理由もないし、引き受けることにした。
ただ、晩御飯はどうしたものかと。帰り遅くなるだろうし、冷蔵庫にあるカレーでどうにかしてもらうか。
「とりあえず連絡して」
家族グループにメッセージを送り、特に確認せずに午後の授業を受けた。
風邪って言ってたけど、大丈夫かな。やっぱり昨日のこと、精神的にきたのかな……それならしっかり謝らないとだな。
そう意気込みながら、なんとか午後の授業を乗り切った俺は、Sクラスの担任からプリントと家の住所を教えてもらい、いざ、蓮の家へ。
「本当にここに住んでたのか……」
母さんもびっくりしてた高級マンション。マジ話だったんだぁとか思いながら、俺は部屋番号を押してインターホンを鳴らす。なんかすげー緊張してきた。
《ハイ》
若い男性の声が聞こえて、びくりと体が跳ね上がった。めちゃくちゃイケボ。やべー、なんだいい声すぎんだけど。でも……蓮の声ではなかった。話で聞いた、親父さんかな?え、親子でいい声なの?詐欺じゃね?
「えっと、海雨さんのお宅で間違えないですか?」
《そうですけど?》
「俺、同じ学校の岸部颯音っていいます。先生に頼まれてプリントを持ってきたんですが……」
《岸部……?あぁ、蓮の友達の。今開けるから家まできてくれ》
「あ、はい。わかりました」
オートロックの扉が開き、俺はそのままエレベーターを上がって、蓮の家のインターホンを鳴らす。
(廊下もすげー広いし綺麗……やっぱり高級マンションはすげーな)
なんて、辺りをキョロキョロしていると扉が開いた。
顔を出したのは、これまた顔面偏差値がめちゃ高めのイケメン。うわー、マジで同じ人間ですかー?って思うぐらいのかっこよさ。というか、ファンタジー世界の王子様みたいにイケメンだ。トリップしてきたって言ってもおかしくない気がする。
「岸部君?」
「あ、はい!」
というか、あいつ兄弟いたんだな。てっきり親父さんが出たのかと思ったけど……知らなかった。兄貴もイケメンとか、遺伝子どうなってんだよ海雨家。
「さぁさぁ上がって上がって」
「え、いや俺は……」
「気にすんなって。蓮の顔見て行ってくれよ」
「は、はぁ……」
随分グイグイ系の兄貴だな。なんか、うちの母さん思い出す。
「蓮ー、友達きたぞー。岸部、颯音君」
そう蓮の兄貴が、蓮の部屋らしき扉に向かって声をかける。最初はしんと静まりかえっていたけど、すぐにドタドタと騒がしい音がなり、勢いよく扉が開いた。
「は、颯音!?」
「お、おう……体調どうだ?」
「う、うん。大丈夫。朝よりはマシになったかな」
「そいつは良かった。あ、担任からプリント預かってきたから」
「あ、ありがとう」
「蓮ー、飯食えそうなら、せっかく岸部君がきてくれたんだし作ってもらえー」
遠く、部屋の片付けをせっせとしている蓮の兄貴がそう声をかけてきた。蓮は申し訳なさそうな顔をしていた。まぁ俺は別にかまわないけど。
「冷蔵庫漁っていいか?」
「お好きにどうぞー」
「父さんはちょっと黙ってて!」
……ん?
「え、と、父さん?」
「え、あぁうん。そうだよ」
「あぁ、そういえば自己紹介してなかったな。蓮の父の、海雨紫音です。息子がいつもお世話になってます。あと、ご飯ありがとね」
え、わっか!マジかよ。見た目二十代後半だぞ。マジどうなってんだ海雨家。
「お、俺……てっきり蓮の兄貴かと……」
「え、まじで。嬉しいねぇ。そんなに若く見える?」
「これでも40歳だよ……」
「え、何それ怖い。お前の家系どうなんってんの?不老?」
「あはは、岸部君は面白いね。残念ながら立派な人間だよ。まぁ仕事柄肌の手入れはしっかりしてるんだよ。接客業だし」
「そうなんですか」
「そうそう。まだまだ現役バリバリのホスト。今度遊びに来るかい?」
「え、ホスト?」
「もういいから、父さんは仕事に行ってきなよ!大丈夫だから」
恥ずかしそうに顔を覆う蓮。こんな姿の蓮、初めて見たな……ちょっと新鮮だ。
「店には息子が風邪引いたから1時間遅れて出社するって言ってるから問題ない。そんな邪険にするなよ」
「はぁ、はぁ……父さんのせいだろ……はぁはぁ」
「ちょっ、蓮落ちつけって。興奮しすぎるとまた熱上がるぞ。俺は平気だから、お前はベットに休んでろ」
「……うん、ごめん」
俺は蓮に肩を貸して、そのままベットに運んで寝かせた。
部屋の中はシンプルで、ベットと机があるだけ。片付いてるようにも見えるけど、単純に物がないって感じ。
「ちょっと、寂しいな」
ポツリとそんな言葉をこぼして、俺は海雨家の台所に向かう。
「失礼します」
よそ様の冷蔵庫なので、一応手を合わせて一声かけてから開けた。
俺が作り置きした料理となぜか一通り揃ってる調味料。賞味期限大丈夫か?
「あ、冷凍うどんあるな。んー、まぁ風邪だしシンプルでいいか」
料理の内容を決めて、俺は早速料理を始めた。ただまぁ、一つ気になることがあるとすれば……
「えっと、なんですか?」
「ん?あぁ俺のことは気にしなくていいから」
にっこりと笑みを浮かべながら、蓮の父親……紫音さんがじっと俺の作業を見てくる。なんか変に視線感じて集中できないなぁ……。
「蓮と仲良くしてくれてありがとな」
「え?」
「あいつが友達を連れてくるの、凄い久しぶりなんだよな。基本的に一人が好きだし、気がつくと勉強ばっかり。趣味も、あんまりお金をかけるようなことじゃないしな。俺的には、もっと友達と外に出かけたりして遊んで欲しいんだけどな」
確かに、部屋を見ても収集するような趣味はないように見えた。
実際、あいつはスマホさえあれば十分っていう感じだった。
「でも最近は、楽しそうに君の話をするんだ。料理が上手で、勉強を教えるときも一つ一つ一生懸命に聞いてくれてって。あの顔は、初めてだったかもしれない」
父親に、よく俺のことを話してくれているとは聞いていたけど、蓮がどんな表情で話していたかまでは想像していなかった。
(そっか、下心での提案だったけど、迷惑じゃなかったみたいでよかった)
「さて、俺がいたら息子はちょっと落ち着かないみたいだし、仕事に行ってくるよ。岸部君。時間が許す限り、蓮のそばにいてくれ」
「あ、はい。わかりました」
「それと、いつでもうちに遊びにきてくれ。勉強でも飯を作りにくるでも、理由はなんでもいいからさ」
ニッと笑みを浮かべ、紫音さんは家を出て行った。
なんというか嵐のような人だけど、やっぱり我が子のことは心配だよな。
「理由か……まぁ勉強と飯ぐらいしかないな。ゲームとかあんまり興味なさそうだし」
そんなこんなで、無事に料理が完成。本当なら、もっといいものを作ってやりたかったが仕方ない。
というか、今更だけど俺、蓮の連絡先知らないし……もしもの時のために、後で聞いておくか。
「って、もしもの時ってなんだよ……まぁ、こういう時なんだろうけど……俺、蓮の中で一番の友達って思っていいのかな……」