4話《岸部家》
「上がっていいぞ」
「お邪魔します」
誰もいない家。妹は多分部活だろうし、両親もまだ仕事。
俺は晩御飯の準備もあるから部活には入っていない。特に入りたい部活もなかったしな。
「適当に座ってくれ」
「あ、うん」
なんだかすごいキョロキョロしてる蓮。そんなに物珍しいのだろうか?
「うちマンションだから、一軒家ってちょっと新鮮」
「へぇー、そうなんだ。俺は生まれた時からこの家に住んでるし、逆にマンションは物珍しいかもな」
晩御飯の支度と同時進行しながら蓮に渡す料理も作る。
事前に両親には事情を話してある。実際、蓮に渡すという提案をしたのは両親だった。日頃の息子へのお礼だそうだ。本当、俺どんだけ成績の心配されてるんだろう……。
不意に隣に気配を感じて振り返ると、そばに蓮が立っていた。
「びびったぁ」
「あ、ごめん」
「いや、別に謝んなくていいって。どうした、暇か?」
「ちょっと落ち着かなくて……邪魔しないから見てていい?」
「いいぞ。とは言っても、特に面白み無いけど」
「僕が見てたいの。いつも、颯音がどんな風に料理してるか気になってるし」
ニコッと笑みを浮かべる姿は、正直女子だったらイチコロだろうなと思った。ホント、こいつの顔面は凶器すぎてやばい……まぁ、俺は顔より声なんだけどな……正直ちょっと落ち着かない。声を聴きたいけど、聴いたら料理に集中できなさそうだ。
「颯音は、将来いいお嫁さんになるね」
「嫁かよ!せめていいお婿さんになれるって言ってくれよ。まぁそれもあんまり良く無いけど」
「あはは、そうだね。ちょっと変だよね」
本当に、こいつの声は好きだ。どんな声よりも落ち着いて、どんな声よりもドキドキする。
「颯音?」
「え……あ、ごめん。つい」
無意識に、蓮の服を掴んでしまった。俺は今何をしようとした?え、なに?
「……ごめん、やっぱり僕座って待ってるね。邪魔しちゃ悪いし」
「あ、そっか。わかった」
なんか変な空気になったな……というかホント、俺なんであんなことしたんだろ……
そんなことをぼんやり考えてると、玄関の扉が開く音がした。
「ただいまぁ」
「あ、母さんおかえり」
一番に帰ってきたのは母さんだった。
疲れているようで、小さくため息をこぼす。だけど、蓮の姿を目にすると表情が一気に笑顔なった。
「もしかして、海雨君」
「あ、はい。お邪魔します」
「まぁ、すごいイケメンじゃない。うちの息子がいつもお世話になってます」
「いえ、こちらこそ。いつも美味しいお弁当をいただいて。今回も……」
「気にしなくていいのよ。息子の成績が上がるならお弁当の一つや二つ」
母さんのテンションがいつもより高い。まぁ身内にないタイプだよな。しかも顔がめっちゃいいしな。
「母さん、テンション上がるのはいいけど、メイク落として、着替えてきなよ」
「あぁそうね。ごめんなさいね」
「いえ」
母さんはそのままリビングを後にした。嵐がさったように、部屋の中は静かになる。
「悪いな、テンション高い母さんで」
「ううん。なんかかっこいいね、颯音の母さん」
「そうそう。仕事の時と家では全然違うんだよな。でも、めっちゃ尊敬してる」
だからこそ、そんな母さんの、もちろん父さんもだけど、手助けがしたいと思って料理を覚えて、結果が現状だ。
「あ、そうだ蓮君」
また扉が開いて、メイクを落とした母さんが顔を覗かせた。
「せっかくだし晩御飯食べていかない?今日カレーでしょ?」
「多めに作ってるから、母さんがいいなら俺は問題ない」
「どう?」
「えっと、いいんですか?」
「いいわよ。あ、食費とかは気にしないで、息子の勉強を見てくれてるお礼だから」
軽く手を振りながら、母さんはリビングの扉を閉めた。
ほぼ拒否権ない状態で決定した。申し訳ない気持ちもあるが、俺も元々蓮を晩御飯に誘うつもりだったため、母さんが直接言ってくれてよかった。
「ん?また落ち着かなくなったか?」
蓮がまた側まで来て、少し恥ずかしそうに頷いた。
「なんだか、ちょっとくすぐったくて……お母さんって、みんなあんな感じなのかな?」
「うちの母さんは特殊だよ。誰にもあんな感じだし」
「そう、なんだ……」
「もう少しで晩御飯できるし、そろそろ父さんも帰ってくるだろうし座って待ってろ」
「う、うん」
あぁ本当になんだこいつは。顔がいいせいか、表情の一つ一つになんだか胸がモヤモヤする。思わず頭を撫でたい衝動に駆られてしまった。
そんなことを考えてれば、次に父さんが帰って来た。
母さんの時同様、蓮は父さんに挨拶をする。そのままなんだか話し込んでいたが、着替えを済ませて戻って来た母さんに着替えるように言われて、渋々部屋を出て行く。
「え、蓮君ってあの高級マンションに住んでるの!」
「あ、はい」
「近所でも有名よ、あのマンション」
気がつけば、母さんが蓮と話をしてる。というか、ちゃっかり名前呼び出し。ホント、母さんのコミュ力の高さよ。
少しだけ会話に耳を傾けながら、晩御飯の準備を進める。
どうも蓮は都心部にある高級マンションに住んでるらしい。そういえば、蓮の父さんがなんの仕事してるか知らないな……そんなマンションに住んでるし、実はどこかの社長の息子だったり?
「よし……飯できたぞー」
そのタイミングで着替えを済ませた父さんが戻って来て、同時に玄関の扉が開いて香澄が帰って来た。
「ただいまぁ……ん?」
「あ、お邪魔してます」
「え、あ……こんばんは……どちら様?」
「颯音の友達の蓮君よ。ほら、例の颯音に勉強を教えてる」
「あぁ……お弁当の……」
「香澄、もう晩御飯できてるから手荒って着替えてこい」
「はーい」
うわぁ、明らかに不機嫌なご様子。
まぁ気にしてもしょうがないし、さっさとテーブルに並べるか。
カレーの具材は王道。肉とジャガイモと人参と玉ねぎだけ。ルーも市販のだから、特に特別美味しいというわけでもない。
「蓮、これぐらいで大丈夫か?」
「うん」
「お友達さんも、食べるんですか?」
「わ!びびったぁ」
にゅっと後ろから現れた香澄が、不機嫌そうにそう尋ねて来た。
俺が「そうだよ」といえば「ふーん」と言いながら席についた。
「僕、嫌われてる?」
「気にすんな。身内以外にはいつもあんなんだから」
家族はいつもの席に座るが、当然蓮の席はないため、普段テレビを見るソファーのところに俺も一緒になって座った。1人で座らせるわけにもいかないしな。
声を揃えて「いただきます」をして、晩御飯を食べていく
「美味しい」
「それは良かった。とは言っても特別美味しいわけでもないだろ」
「そんなことないよ。本当に、颯音は料理上手だね」
「お前、ホントすげー俺のこと褒めるよな」
悪い気はしないけど、そんなに褒められても特別すごいわけじゃないからな。
ただ、料理ができる男ってだけだ。
「あぁ蓮に渡す料理は、後でタッパーに詰めて渡すな。紙袋あったっけ?」
「お中元の紙袋がいくつかあるわよ。後で出しといてあげる」
「助かる」
「ありがとうございます」
「いいのよ、気にしなくて」
ニコッと笑みを浮かべる母に反して、香澄はむすっとした表情を浮かべる。まだ不機嫌かよ、この妹は。
「こーら香澄ちゃん。むすっとしない。スマイルスマイル」
「ングっ!お母さんやめてよぉ」
晩御飯を終え、片付けを済ませると、家にあるタッパーに蓮に渡す料理を一つ一つ入れていく。んで、いつまでに食べるかの日付もしっかりつけて、母さんの準備してくれた紙袋に入れていく。破れたらいけないし、袋は二重にしておくか。
「重いから気をつけろよ」
「うん、ありがとう。ご飯も美味しかった」
「満足してもらったようで良かった」
家族総出で玄関でお見送り。俺はこの後、蓮を送って行くつもりだ。
蓮は遠慮したけど、正直蓮と2人っきりになりたいのが本音だ。今日は両親の声もあって、なかなか蓮の声を堪能できなかったからな。
「海雨さんは、本当にお兄ちゃんのお友達なんですか?」
「え?」
今まで黙ってた香澄が突然口を開いてとんでもないことをぶっ込んで来た。
こいつは、何を言い出してるんだ?
「だって、こんなにかっこいい人が、お兄ちゃんの友達なはずない……それに、お兄ちゃんは”声フェチ”の変態なのに!!」
「ちょっ、おい!香澄!」
いやね、別に家族の前で言われる分にはいいですよ。だって、なぜか俺の性癖を父さんも母さんも知ってるし、なんか暖かい目で「まぁ男の子だもんね」「むしろ安心した」とか言われたし。でも、蓮は……蓮は知らない。もちろん性癖だからってのもあるけど、俺は蓮の声がどストライクだから、下心がバレたくなかった。
バレたら、もう一緒にいられないと思って。
「そう、なんだ……」
「引きますよね!だったらもう、お兄ちゃんに近づかないほうがいいです!」
嬉々とした表情浮かべる香澄。知ってる、こいつがすげーブラコンで、俺の友達を同姓だろうと異性だろう毛嫌いしてることを。あーあ、もう終わりだ……そりゃあ引くよな。うん、俺と蓮の関係はこれで終わり。しゅーりょー。
「どうして?」
「え?」
「別に、引いたりしないよ?」
「ん?」
驚く香澄。俺ももちろん驚いた。今、蓮は確かに「引かない」と言ったのだ。え、まじですか蓮さん。
「颯音が声フェチで変態なら、僕も一緒だよ。僕も声フェチだから。しかも僕の場合は、同姓の声だけが好きだから、多分颯音より酷いと思う」
「え、あ……」
「だから、颯音が変態なら僕も変態だね」
ニコッと笑みを浮かべる蓮。あたふたする香澄は顔面蒼白だった。いや、香澄じゃなくてもそんな表情になりますよ。
「香澄ちゃーん」
「ひっ!」
「ちょーっとあっちでお話ししましょうね」
「あ、ご、御免なさい!ああああああああ!!」
香澄はそのまま母さんに連れられてリビングへ。父さんもその後を追って行くが「もう暗いから、気をつけるんだぞ」と言って、リビングに入って行った。
取り残された俺と蓮。とりあえず香澄の事は父さんと母さんに任せるか。
「じゃ、じゃあ行くか」
「うん」
ちょっとだけ、お互いに気まづかった……




