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Vox-ウォックス-  作者: 暁紅桜
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2話《物陰の彼》

世間一般的な性癖というもの。

俺は所謂”声フェチ”というやつだ。男女関係なく声にひどく惹かれて、周りの声をぼんやりと聴きながら「あいつの声は好みだなぁ」とか「あぁちょっとあの声は好みじゃないなぁ」とか、何様だという感じで人の声を聴いている。最近はシチュエーションボイス。所謂ASMRにはまっていて、男性向けのものを聴いていた。


「よし、今日の授業は終わりだ」


その日、四時間目の授業が終わって、さぁお昼ダァという時間。俺は好きなシチュ主さんの新作を聴くために、静かな場所でお昼食べるつもりだった。


颯音はやとー、飯行かね?」

「悪い。今日は1人で食いたい気分なんだわ」

「んだよ。お前の飯にありつけると思ったのに」

「俺の昼飯なくなるだろ」


友人に自分の性癖の話は当然してない。だからいつも、シチュボを聴く時は軽くあしらって、穴場スポットに行く。

誰もいない静かな場所。最近の俺の穴場スポットは立ち入り禁止になっている屋上扉横の物陰。


「ん?」


だけどそこ日は運悪く、先約がいた。

学校指定の制服をきっちりと着た眼鏡男子。メロンパンを食べながら、イヤホンをつけてスマホで何かを聴いていた。


(うわぁ、すげーイケメン)


優等生っぽい感じだけど、顔がすげー整ってて、まさにイケメン。女子が好きそうな顔だった。


「ん?」


ぼんやりそいつの顔を見ていると、相手も俺のことに気づいて振り返った。

目があって、「やば、見すぎた!」と思って慌てて顔をそらした。

先約がいたなら仕方がない。そう思って、俺はそのままその場を後にしようと背中を向けた。すると……


「あぁもしかして、ここよく来てるの?」


そう声をかけられた瞬間、俺は振り返ってそいつの顔を見た。

口元にメロンパンの屑をつけながら首をかしげるそいつは、じっと俺のことを見つめる。

まじで顔がすげーいい。心臓がどくどくと脈打って、背筋がぞわぞわする。

別にこいつの顔にドキドキしているんじゃない。俺がこんなにも動揺するのはこいつの“声”だ。

柔らかい口調に、やや高めの声。俺の直球ドストライクの声だった。


「え、えっと……まぁ……」

「ごめん。僕のことは気にしなくていいから」

「……そ、そうかよ……」


少しだけ上ずった声を出しながら、俺は距離をとってそいつの隣に座った。

当然顔見知りじゃないから会話があるわけでもない。お互い自分のことをやっている。こいつの声が聴きたいがために居座ったが、結局それからそいつの声は聴けなかった。


(もう一回、声聴きたいなぁ……)


ぼんやりとそんなことを考えながら、俺は黙々と弁当を食った。

シチュボも、なんとなく人がいると聴けないし、ほぼ無音状態の空間で自分で作った弁当を口にした。

不意に、なんとなく視線を感じて横をみると、そいつがチラチラ俺の方を見ていた。


「何?」

「え、いや……お弁当美味しそうだなって……」

「……まぁ今日のはよくできてるな。特に卵焼きは自信作だ。今日は完璧!」

「え!それ君が作ったの!?」

「まぁ俺が料理担当だからな」

「へぇ、すごいね」


笑顔で、そいつはそう言ってきた。当然自分の特技を褒められて悪い気はしなかった。それに、またこいつの声が聞けたからちょっと嬉しかった。


「そんなに食いたいなら一個やるよ。卵焼き」

「え、いいの?」

「お前の好みかわわかんねぇーけど。ほら、口開けろ」


弁当箱の中にある二つの卵焼きのうち、一つを箸で掴んで差し出した。

すると、なぜかこいつは驚いた表情をした。


「あぁ、もしかして気にする感じだったか?こういうの」

「い、いや。大丈夫。いただきます」


パクッと。一口で卵焼きを食べ、もぐもぐと数度噛んで飲み込むと、そいつの目が少し輝いたような気がした。


「美味しい」

「そりゃよかった。お口にあったみたいで」


それがきっかけはわかんないけど、その後は不思議と会話が弾んだというか、少し話が増えた。なんていうか、久々に楽しかった気がする。

気がつけば、あっという間に昼休みは終わって、予鈴がなると少しだけ慌てて片付けをした。


「卵焼きありがとう。えっと……」

岸部きしべ颯音。2年Bクラス」

「そっか。僕は海雨かいうれん。2年Sクラスだよ」


その名前に聞き覚えがあって、俺は少し驚いた。

1年の時の上位成績優秀者でも見かけたし、先月行われた中間テストでも、上位5位内に入っている、まさに秀才。


軽くお互いに手を振った後は、お互いの教室に戻った。

午後の授業はぼんやりと外を眺めながら海雨のことを考えていた。

Sクラスに当然知り合いなんていないし、きっとあいつと関わるのは今日が最初で最後だろう。そう、思っていた。



「あ、よかった。いた」


次の日。なんとなく足を運んだ屋上横の物陰には海雨の姿はなかった。

少しだけいるんじゃないかと期待はしていたけど、実際いないと何と無くバカバカしい気がした。

飯を食いながら、昨日上がった別のシチュ主のシチュボを聴いていた。

そしたら、不意に聞こえた物音で顔をあげると、そこに何故か海雨の姿があった。


「おまっ……なんで……」

「えっと、ここに来たら岸部君に会えるかなぁーって」


少し気恥ずかしそうにこいつはいう。

きっと他意はないと思う。だけど、どうしてこんなに俺は嬉しいと思ってしまうのか。


「……で、いい」

「え?」

「名前でいい……異性ならともかく、同性で苗字呼びはあんまり好きじゃないから」

「……じゃあ、僕のことも名前で呼んで、颯音」

「っ!……れ、蓮」

「うん」


名前を呼ばれた瞬間、体がゾワってした。

それを感じると、ほんとこいつの声好みだなぁと思ってしまう。

もっともっとこいつの声が聴きたい。だけど、クラスも違うし、こいつがまたここにくるかもわからない。


(どうしたら、こいつはまた来てくれるかな?)


出会ってまだ二日だけど、俺はすっかりこいつの声に惹かれてしまってる。

俺って、好みの声に対してこんなにちょろかったか?


「今日のお弁当も颯音が作ったの?」

「おう。今日の自信作は煮物だ。妹には不評だけど」

「へぇー、妹いるんだ」

「まぁな。というか、お前はまた菓子パンか?」

「甘いの好きだから」

「じゃなくて、弁当は?」

「あー……俺も父さんも料理苦手だから。どうしてもこういうのになるんだよね」

「へぇー、母親とかは?」

「あぁ……うち母さんいないんだ。僕が小学生の時に病気で」


俺は思わず自分の口を手で塞いだ。

触れてはいけないことに触れてしまったと、すぐに判断し、俺は勢い良く頭を下げる。


「すまん!」

「気にしなくていいよ。確かに寂しいけど、父さんが頑張ってくれてるし。まぁ頑張った結果、僕も父さんも料理スキルはないことがわかってね。掃除とかはできるんだけど」


苦笑いを浮かべる蓮を見て、やっぱり申し訳ない気持ちになってしまう。


「将来は、颯音みたいな料理上手の奥さんをもらわないとだなって、父さんとも話してた」

「それだ!」

「え?」


思わず出てしまった言葉に、俺は慌てて口を塞いだ。

不謹慎だとは思うが、さっきのこと。どうしたら、こいつはまた来てくれるかという考え。

その答えがこれだ。


「あのさ蓮。物は相談なんだけど……」

「え、あぁうん。何?」

「昼飯、明日から俺が作って来てやろうか?」

「え?」

「その代わり、ここに来て俺に勉強教えてくれ。お前、Sクラスで成績上位だろ?残念ながら俺は平々凡々でな。だから、お前の体のことも考えて俺がお前に弁当を作る。その代わり、俺の成績上昇のために勉強を教える。どうだ?」


正直ちょっと無理やりだったかとも思う。だけど、現状こいつがここにくるために俺が提供できるのは、こいつが褒めてくれる飯ぐらいだ。


「いいよ」

「え?」

「なんで驚いてるの?颯音のいった条件でいいよ。実は、これじゃちょっと足りなくてね。やっぱりがっつりしたの食べたいよね」

「お、おぁ……結構あっさりOK出すんだな」

「まぁ教えるのがうまいかはわからないけど、僕は勉強しか特技ないから。実は、運動苦手なんだよね、僕」

「まじか。そこはちょっと意外。見た目的に文武両道かと……」

「かいかぶりすぎだよ。あはは」


こうして、俺たちはクラスは違えど、ここでお昼に会い、弁当を貢物に勉強を教えてもらう日々を送った。

でも、それはあくまで表面上。

何度も言うようだが、これはあくまで下心。俺がこいつの声を聴くための、卑しい行動だ。


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