15話《そっと背中を》
「ねぇお兄ちゃん」
「んー、どうしたー?飯ならまだだぞ」
「蓮さんと、喧嘩したの?」
何気ない香澄問いかけ。俺は手を止めづに、そのまま夕食の準備をする。
油の中で上がっていく唐揚げを見つめながら、俺はいつもの場所を思い出した。
蓮のいない、物陰の情景……。
あの日から、蓮とは会ってない。
物陰に来なくなれば、俺たちの接点なんてない。クラスに行く用事もない。
俺たちの繋がりは、あの場所だけ。
「別に。なんでだ?」
「だって、蓮さんが一人で私のところ来たから」
「お前のところ?」
「うん。勉強のお礼。伝えてくれたんでしょ?」
律儀なやつだな。わざわざ香澄の所に行くなんて……。
なんとなく胸があったかくなって、思わず口元が緩んでしまう。
「そっか」
「んー、やっぱり喧嘩してるでしょ」
「してないって。ほら味見」
「ングっ」
プンスカ怒ってる妹の口の中に、揚げてる唐揚げを捻じ込んでやった。あ、熱々ではないから大丈夫。
「どうだ?」
「んっ……美味しい」
「だろ」
別に話をそらしたかったわけじゃない。でも、俺自身はこのままは嫌だしな。
あっちから来ないなら、こっちからいかないといけない。
蓮が逃げないように、しっかり道を塞いで。俺の方を見させるために。
「蓮は、なにが好きかな……やっぱり711のメロンパンか?」
「もぐもぐ……ングっ……蓮さん、ハンバーグ好きだって」
唐揚げを飲み込んだ香澄が、けろっとした表情でそういってきた。なぜお前が蓮の好物を知っている。俺知らないぞ……
「前の勉強会で、お兄ちゃんがお昼ご飯作ってる間に色々話した」
「色々話しすぎだろ……」
「むしろ、お兄ちゃんが話してなさすぎ。普段どんな会話してんの?」
あ……今言葉という凶器に胸を容赦なく突き刺されてる感じがする……返す言葉もないです……
俺たちの会話は、勉強だったり、何気無い事だったり、シチュボのことしか話してない。何気なことも、別にお互いのことではなく、今日の上でどんなことがあったとかの話。確かに、お互いのことはあまり話した事がない。
「その様子じゃ、普通の話はしてないみたいだね」
「返す言葉もありません」
「……蓮さんは多分だけどね、自己犠牲タイプだと思うんだよね」
「え?」
「自分が、自分がぁって。何かが壊れるかも、変わるかも。そう思ったとき、自分を犠牲するタイプ」
「……お兄ちゃんより蓮のことをよくご存知で」
「……まぁ、お兄ちゃんもちゃんと話せばわかるよ。私だって少し話しただけでわかったんだから」
少し、か……出会って数ヶ月経つ俺より、数日……いや、多分正確には数時間だとは思うけど、そんな香澄の方が蓮のことをよく知ってるのは、やっぱり心が痛む。
「そうだな。やっぱりちゃんと話さないとだよな」
「あ、いつも通りのお兄ちゃんの顔になった」
「えー……俺、そんな顔に出てた?」
「ブラコン妹をなめないで。すぐにわかったよ」
ニッと無邪気な笑みを浮かべる香澄。ホント、こいつには叶わないな。よし、お兄ちゃんが褒美をやろう。
俺はそのまま、優しく香澄の頭撫でてやった。
「ありがとな、香澄」
「……む……こういうところずるい……」
どこか恥ずかしそうな顔をしながら、俺に頭を撫でられる香澄。
妹のためにも、いや……それは言い訳か。俺のために、俺は行動に移すことにした。
決戦は、今週の土日だ。