1話《下心》
俺が海雨蓮と会ったのは、たまたまだった。
名前だけは知っていて、姿は見たことがなかった。
成績上位にいつもあいつの名前があって、顔も見たことなんてなかったからきっと女子もキャーキャーいうようなイケメンなんだろうなぁとか思っていた。まぁ実際に顔見て「うわぁ、めっちゃイケメン」なんて心の中で思った。
生徒の立ち入りが禁止されている屋上。その扉横の物陰。そこで蓮は菓子パンを食べながらスマホで何かを聴いていた。
そう、今まさに同じ光景が目の前に広がっている。
「あ、颯音」
「……また菓子パンか?」
「711のメロンパン大好きだから。学校くる前に買っちゃった」
「折角弁当作ってきてやったのに……」
「もちろん颯音のお弁当も食べるよ。だから、メロンパン一つしか買ってないし」
蓮の隣に腰掛けて、俺は手にしている二つの弁当箱のうち、青緑色の包みの弁当箱を渡した。こいつのメガネと、同じ色。
「ありがとう。卵焼き入ってる?」
「リクエストだったからな。そういえば、お前の好みに合わせて甘く作ったら、妹に「お兄ちゃん、最近の卵焼き甘いんだけど」って言われた」
「え、妹ちゃんに怒られた?」
「いや、元々あいつは甘い方が好みだから文句は言わなかったけど、ちょっと不思議に思われたぐらい」
両親が共働きで、家事は妹と俺で交代でやっているのだが、思った以上に俺には料理スキルがあったようで、今では俺が食事当番。代わりに妹が掃除。洗濯とか風呂、トイレの掃除なんかを担当してくれる。たまに文句を言ってくるがその時は「じゃあお前が飯作れよ」と言ってやる。まぁ俺の料理のうまさを知っている妹は、ムッとした顔をしながらいつも掃除をしてくれるのだが。
なんだかんだ兄妹仲はいい方。喧嘩はするけど、そんな派手に殴り合ったりなんてしない。そうなれば、怒られるのは男の俺だし。
「うん。やっぱり颯音のお弁当は美味しいよ。最近、お昼休みが待ち遠しくて仕方ない」
「そりゃどうも。あ、そうだ。今日さ、数学でわかんないところがあってさ」
「ん?どこ?」
「えっと……ココなんだけどさ」
「あぁここはね」
俺たちはクラスも違う。会ったのだって偶然で、もしここで会わなかったら一生関わり合いなんてなかった。いや、本当ならあの日もこいつと会ったからといって関係を持つ必要だってなかった。だけど今、俺がどうしてこいつと一緒にいるのか。それは言うなれば下心だ。
俺は、こいつの”声”が好きだ。