本末転倒
ここは、とある国のとある街。
普段は夜風を耳で感じることができるこの街は、移動式のサーカスが来たことで僅かながらに騒がしくなっていた。
この非日常的な出来事に子供達ははしゃぎ、大人はそれを見守りながら童心に返る。
真新しい外観によって、近年創設されたかの様に思わせるこのサーカス団は、何世代にも渡り水面下で活動し続け、それなりに知名度を上げてきた。
観客を魅了するショーを繰り広げるのは、鍛錬を積んだ団員達であるが、これは、そんなサーカス団の舞台裏の物語である。
「世の中には、知らなくていいことなんてたくさんあるのよ。例えば、知りもしないサーカス団の舞台裏とかね。」
アイリーンは、そう言うと腕を組み歩き出した。
「表を知っているからこそ裏が映えると思うのよ。映画のメイキング然り、著名人の密着然り。つまり、これは知らなくてもいいことで、もっと他に頭に入れて置くべきものはたくさんあるのよ。」
彼女が弟であるルイスに自分の考えを諭すのは日常的なことである。
正直、どうでもいいとも思ってしまう論説は、姉から多くを学ぼうとする弟の純真な心により加速する。
「例えば、姉さんにとって知って置くべきことって何ですか?」
「そうね、例えば、スポンジケーキは普通のスポンジが材料ではないとか、暴露って漢字の読みはぼうろではないとか、はたまたチューするだけじゃ赤ちゃんはできないとか。」
「つまり、姉さんが全部やらかしたことですね。」
「とにかく、私達のサーカス団が繰り広げる会話劇、或いは、それに満たない世の中の全てのことは知らなくてもいい。そんなお話になればいいわね。」
「つまり知って欲しいってことですね。」
そして、いつものようにショーが始まる。