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08 強欲な父



 クソックソッ!

 どうしてだ!

 全ては順調だったのに!

 おのれエスカリーテ!

 全てはアイツのせいだ!!

 アイツのせいで、全てはおかしくなった!




◆◇◆◇◆◇◆◇




 娘が生まれた。

 この家を継ぐ者でなかったことにがっかりしたが、王家と、他の公爵、侯爵家に、丁度年の合う子供がいたので良しとした。

 今から精査して、我が公爵家にとって、いや、私にとって、最も都合の良い家に売り払わなくてはな。

 そう考えれば娘だというのは最適だった。

 何、他の子供ならまた妻に産ませれば良い。分家から頭の良い子供を跡取りとして引き取っても良い。

 腕に抱くこともなく、眠る赤子を見下ろす。




 (これ)は所詮駒だ。

 私をより高みへと導く、道具に過ぎない。




 最高の乳母(ナニー)をつけ、すくすくと成長したアレは、実に整った顔立ちをしていた。将来を確約されたかのように。


 良い道具だ。道具として選ばれるため、見た目と言う部分を磨くのは最重要項目。しかし、こればかりは初めから持ち合わせておかねばならないところもある。アレは、妻とよく似た綺麗な顔立ちで、将来は妻よりも美しくなりそうだった。



 これは良い。

 こんなに良い道具を産んだ妻へ、大きな宝石と、この国一のデザイナーに仕立てさせたドレスを贈り、十分にねぎらった。大した出費ではない。アレが育った際の出荷先を考えれば、な。



 頭は私に似たのか、非常に出来が良い。三歳にして淑女らしい振る舞いができる。間違っても子供のように騒ぐことはなく、私の手を煩わせることはない。次から次へと教師をつけ、遊ぶ暇など与えない。


 貴族として、いや、貴族の家に生まれた娘として、何をすべきかを、どうあるべきかを教え込む。

 美しい容姿。子供でありながら、大人のように成熟した精神。王家から声がかかるのも早かった。

 アレが五歳になる直前、王家から第一王子の婚約者に、と打診が来た。


 さて、王家か。

 どうしたものか。

 あそこは今、私が力をつけたことを危惧している。この話には裏がありそうだ。しかし、アレは美しい。間違いなく、誰よりも美しく育つ。この容姿に、話術を組み合わせれば、第一王子など容易く引きずり込めそうだ。

 第一王子も神童だと言われており、一度会ったが、アレの方がよほど神童だ。あの王子よりも遥かに先を勉強しているし、大人の読むような本を次から次へと読んでいる。この前なんか、この国の法律について明記された本を読んでいた。他国に関する本も読み、教師たちから精力的に知識を吸い上げているしな。

 アレがあの王子に負けていることと言えば、武術関連だが、アレは最低限の護身術は押さえてある。女に必要以上の力は要らない。武術を身につけてしまえば、自分より強い女は嫌だ、と買い手がつかなくなる。



 王家、か。



 この世で最も力のある家。順当に行けば、間違いなく第一王子が立太子し、やがて王になる。何しろ、王妃の子で、男で、王の第一子。これだけ条件が揃って、しかも神童と言われるほどには頭もいい。


 良いではないか。

 今のうちにアレを使い、第一王子を懐柔する。そして、信頼関係を築き、アレが王になった時には私の傀儡となるようにすれば……私は貴族達の頂点に、この国の頂点に立ったも同然。

 私の時代が、来る!

 素晴らしい!

 素晴らしいじゃないか!

 妻が娘を産んだのは必然だったのだ。私を、この私を、より高い場所へ連れて行くために! 神が、私を選んだのだ! この国の王になれ、と!


 アレは初め王子を嫌がっていたようだ。けれど王子はアレの事を気に入ったようだ。毎日のように物が贈られてくる。

 子供用とはいえ、王家が贈る宝石やドレスは、どれもこれも一流品。妻が持っているものよりも高価なものも多々あった。しかし、何が気に入らないのか。アレは王子に不要だと告げた。

 王家からの溺愛の証として有効だったのに、愚か者めが。


 王子は次に花束を寄越した。

 毎日毎日贈られ、あっという間に花だらけになる。これはこれで寵愛の証として良いが、流石にむせ返りそうだった。ドライフラワーにするにしても多すぎる。アレもそうだったのだろう。またも王子に不要である旨を告げたらしい。

 王子はまたも違うものを贈りだした。


 どうやら、アレの言を、王子は真に受け、アレの為に行動するようだ。

 素晴らしい!

 きちんと王子の手綱を握っている。

 これは、間違いなく私の時代が近づいているな!

 王子が上手に贈り物をできるようになると、アレは王子への態度を軟化させた。その度に王子が喜ぶ。

 実に上手いやり方ではないか。


 簡単に手に入らぬ様を見せ、相手がドツボにはまったら、急に優しくする。王子は喜び、ますますアレにのめりこんでいた。

 初めの贈り物を断った時は愚かと断じたが、アレはあの年で女としての振る舞いを知っていたのだ。流石は私の駒だ。実に優秀だな!



 順調に二人の仲は近づいて、王子が王太子として立太子する頃には、アレを手放せないほど愛していた。



 順風満帆だった私の計画。暗雲が立ち込めたのはいつだったか。

 アレが十六の時、無視できない勢力が出てきた。


 とある男爵家。


 たかが男爵家。しかし、異様に金回りが良く、貴族たちの間に広く深く根を張り、驚くほどの伝手を持っていた。他国にさえ、その伝手は広がっている。

 無視するには、あまりに目を引く。

 どうにもそこの娘が天賦の才を持っているようだ。

 一度会い、引き込むか。それとも、秘密裏に事故死させるか。いや、手を出すには有名になりすぎていた。あの娘との伝手を求め、沢山の貴族が招待状を送る。王家の目に留まるのも時間の問題だった。



 あの娘が、我が娘ならば良かったものを!



 聖女と呼ばれ、綺麗ごとを重ねるアレも重要だが、我が公爵家に、いや、私に巨万の富をもたらすのはあの娘の方だ。

 途端にアレの存在が霞む。

 あれほどできた駒だと思ったが、多少知恵が回る程度の、平凡な駒にしか見えなくなった。場合によっては、アレを排除し、あの娘を男爵家から養子にとってもいいな。いや、引き取った跡取り候補と結婚させ、我が公爵家に組み込む、という方法もいいかもしれない。


 あの娘を引き込むため、色々と水面下で動き始める。

 あちこちの貴族に根回しをしていたせいで気づくのが遅れた。



 あの娘が、アレを嵌めた。



 それはそれは見事な腕だった。

 手始めに王子とその取り巻きを籠絡した。そしてアレの味方を剥ぎ取り、孤立させ、罪を擦り付ける。アレも対抗して証拠を集めておったが、披露できる場がなければ無意味。そんなものを後生大事に抱えている暇があれば、逆にそれを使い、あの娘を嵌めるくらいすれば良かったのだ。


 アレには、貴族としての薄汚さが決定的に足りていなかったようだ。


 即座にアレとの縁を切る。

 そうしなければ連座で私の首が飛ぶからな。

 王太子の婚約者を失うのは痛手だが、問題ない。既にあの娘を養子に引き取る手筈は整っていた。男爵も乗り気だ。何しろ、あの娘が男爵のままでは、いかに王太子の寵愛を得ていようとも、寵姫止まり。しかし、公爵家に入れば正妃になれる。

 私たちの利害は、一致していた。

 何の問題もない。

 アレが断頭台に送られる様を眺めながら、これからを思い描く。


 悪くない。


 アレのせいで多少傷がついたが、あの娘のおかげで手に入るものの大きさを考えれば、笑いがこみあげてくる。

 アレの最後の仕事はさっさと死ぬことだ。私のために、な。



 薄ら笑いを浮かべ、アレの首が落ちるの眺めていた。

 腹を痛めた子だったのに、妻でさえ、アレが死ぬのを笑って見ていた。不快そうに、沈痛そうに、眉をしかめ、扇子で隠した口元は弧を描く。


 いつ見ても、女と言うものは不思議な生き物だ。こうも容易く相反した表情を浮かべられるのだからな。


 王太子の号令で、アレの首が落ちた。





 そして、崩壊が始まった。





 私の、夢をかなえる土壌たる王国が、あっという間に水に飲まれ、消えた。

 這う這うの体で領地へと帰った私が見たのは、同じく崩壊した領地。

 屋敷さえも瓦礫と化していた。

 山奥に立てた城だけが残っていた。

 何とかそこに転がり込むも、何もない。

 何しろ建てたは良いが、夏の避暑地程度にしか使っていない。管理していた老夫婦は生きていたが、私たちに残った使用人が、その二人だけだという現実。食料も僅か。城の地下のワイナリーには多少のワインがあるが、ワインだけでは満たされるわけがない。


 どうしろというのだ。


 瓦礫の中から、濁流に流された食料を探す? そんなもの、食えるわけがない。

 山に入って獣を狩る?

 道具もなく、人もなく、猟犬もいないのに?

 私たちにできることは、ただただ、死へ向かうだけ。


 己の不幸を嘆き、どうにかしてこの現実から逃れる夢を見る。

 その事実が許せなくて、僅かな食料は一日で食べつくした。おかげで地下のワインで空腹をしのぐ日々。



 老夫婦は早々に倒れた。


 死体を埋めるのは手間だが、そうしなければあっという間に腐ってしまう。

 誰かにやらせようにも誰もいない。妻くらいか。だがアレがするとは思えない。仕方がないから自分でやった。

 妻は私と共に食料を食い尽くしたくせに、私の考えが足りない、とののしる事しかしない。それでいてこの城に居座って、地下で浴びるようにワインを飲んでいる。

 日照りで喉が渇くのだと言って。


 どうせ顔を合わせればいがみ合う事しかしない。私は、妻が地下にこもってから、地下へ行くことを止めた。

 水と食料を求め、城の近くをさまよう。


 クソッ!

 何故私がこんなメに!

 全てアレが悪いのだ!

『愚かな……』

 呆れたような声。

 老夫婦が死んでから、久しぶりに聞いた人の声。

 驚いて顔を向けた先、一人の男が立っていた。

 男は眩しいほどの光をまとい、顔が見えない。けれども、私が知る限り、類を見ないような布で作られた服を着ていることだけはわかる。

「なんだ、きさまは……!」

 声が掠れる。

 クソがっ!

 それもこれも妻が地下にこもったせいだ!

 せめてワインが飲めれば……!

『誰が悪いわけではない。誰もが悪いのだ。つまり、お前も悪いのだよ、強欲な者よ』

 そんなこともわからんのか、と男が呆れたような声を上げた。


 なんだと!?

 私を誰だと思っている!

 公爵だ!

 この国で最も歴史ある公爵家の当主だぞ!


『関わるのすら、愚かしいな。だが、愛し子の為だ。仕方あるまい』

 男は、ただひたすらに嫌そうにつぶやいた。

『我はこの国の守護神だったもの。この度は、我が愛し子に、この国の者が牙をむいた。故に、この国は滅ぶ。それは、この国に生まれた者全ての運命(さだめ)である』

「愛し子……? なんの、話だ……?」

『お主は、折角我が愛し子を授かり、道を正す機会を得たのに棒に振り、我が愛し子を助ける事さえしなかった。それどころか、自らの過ちさえ、愛し子に押し付けた』



 神の、愛し子を、授かった……?



 ま、さか……



 まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか、まさか!!!



 アレが……アレが、神の、愛し子、だと!?

 そんな馬鹿な!?


『故に、渇きの罰を与える。このまま、死ぬまでかつえ、渇き、じわじわと死んでいくが良い』

 ま、待て!

 待ってくれ、いや、待ってください!

 神よ!!

 私は知らなかった! 知らなかったのです! アレが神の愛し子だなんて! 知っていたらあんなことはしなかった! 何を置いても守った!

 何故アレが生まれたときに言わなかったのだ!

 言ってくれれば、違った道もあったのに!


 男は言うだけ言うと、追いすがろうとする私へは目もくれず、消えた。


 あ、あああ、そんな!

 神の宣言は絶対。私に残された道はない。ただ、じわじわと近づいてくる死に怯えながら、乾いていくだけ……。

 こんな、こんなはずではなかったのに!

 エスカリーテ!

 エスカリーテ、エスカリーテ、エスカリィイテェエエエ!!

 ああああ、どこまでも私を追いつめる!

 あの小娘なんぞ、この手で殺せばよかった……!


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