06 愚鈍なる側近達
○宰相子息カミール
やっと、やっと目障りだった女達を処分できたはずだった。
その天使と、天使に出会えた幸運をかみしめ、これからは煩わされることなく、生きていく予定だった。
それのに、これはなんだ?
国は崩壊し、天使は牢に入れられ、私の主君となられるはずの御方は、あの日から部屋にこもられている。
時折部屋の外へ聞こえてくる声によると、あの目障りな女に懺悔しているようだ。泣き声と共に、神に祈る言葉までも出てくる。
何故だ!
何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ!!
私たちは間違っていない!
天使がもたらした情報はきちんと精査し、なんら問題はなかった。
私は、私怨だけであれらを滅ぼしたわけではない。
王もそれを確認し、承認した。国民だって我々が出した結論を受け入れたではないか!
それなのに、何故!
天災が我らのせいにされ、後ろ指を指されているのだ!?
私を煩わすあの女達がいなくなり、私はようやく静かで平穏な日々を手に入れたはずではなかったのか!?
『愚か者の周りには愚か者しか集わぬのだな』
突然頭の中に直接響く声。
慌てて辺りを見渡すも、人影はない。
『ふむ。お前には我の姿が見えぬか。あの愚か者よりも力がないのか』
呆れたような声。
なんだ?
何がいる?
この声はどこからきこえてくるんだ!?
部屋の隅が輝き、一人の男を象る。
『これなら見えよう』
何だ!?
誰だ、こいつは!
いつの間に部屋に!?
『我は、この国の守護神だった者。お主たちが我が愛し子を無実の罪で断罪し、殺したので、その罪により我がお主たちを断罪し、殺しておる』
は……?
む、無実の罪……?
私たちが、あの女を殺したから、私たちが殺される……?
ど、どういうことだ!?
『お主にも教えてやるとしよう』
男が右から左へと手を払う。
瞬間、景色が変わった。
部屋……?
さっきまでいた城の部屋とは違う。
どこだ、ここは……。
「あーぁあ、カミールってめんどくさーい。自分の能力が足りないからって卑屈になってる暇があれば、ちょっとは勉強でもすればいいんじゃない?」
突然聞こえた声に肩が跳ねる。
振り返れば、そこには天使がいた。
私の、天使。
何故、ここに?
確か牢にいれられたのでは?
それより、今、なんと?
「ま、あの女より能力足りてないからこの程度の細工で、私の嘘を本当だと思い込んでくれたんで、いっかー」
う、嘘?
なんの話だ?
「麻薬はそろそろ潮時だったしねー。まぁ随分儲かったから、夜会やお茶会にバンバン参加できたんだし、最期はあの女に擦り付けるだけだったから簡単だったわー」
は……?
天使が、もたらした情報が、嘘……? 本当は、天使が、あの悪魔の粉をばらまいていた……?
罪を、擦り付ける……?
「それもこれも、カミールがあの女より劣っていてくれたお蔭よね!」
わ、私が、あの女より劣っている……?
天使よ……貴女は、私には本当は誰よりも能力がある、と……あの女が及ぶものではない、と。そう、何度も励ましてくれたではないですか……。
「『カミール様、貴方は貴方で、誰かと比べられるものではありません。私は貴方様が誰よりも努力している姿を知っています。今に皆様が貴方の素晴らしさに気づきますわ』」
そ、そう!
貴方は何度も私に言ってくれた!
「ぷっきゃははは! 全く同じ言葉を言って追い払われていた婚約者さんかーわいそっ! 私が陰でその言葉を盗み聞きして、後からカミールに言うだけだもんね!」
……え?
な、何……?
「でもどうして気づかないんだろう? 私、全く同じ言葉を言ってるのに。これがゲームの強制力ってやつかな? ま、私は楽でいーけどね」
ゲーム?
何ですか、それは……?
私は、貴女の遊戯相手だったのですか……?
本当に私に声をかけていたのは、あの、私の元婚約者、だった……?
わたし、は……わた、しは……今まで、何を、聞いていた……?
響く耳障りな笑い声。
必死に耳をふさぎ、目を閉じ、うずくまる。
嫌だ!
何も、何も考えたくない!
私を救ってくれたのは、私を、愛してくれたのは、私の天使のはずなのに……!
○騎士団長子息バーナード
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!
こんなの、こんなの嘘だ!!
目の前にはマリア。
きゃらきゃらと笑っている。
「バーナードって本当に騎士なのかなぁ? 騎士って普通女子供に優しくっていうけど、婚約者は邪険に扱って、ちょぉっと嘘の情報掴ませたら、喜んで捕縛に行く? しかも無実を叫んでいる相手を殴って?」
違う違う違う違う!
こんなのは、偽りだ!
マリアはこんなことは言わない!
あの女は戦争の引き金になろうとしていた!
実際に、小競り合いがおきて、俺のいる部隊は派遣されたんだ!
あの戦闘で隊の何人かも命を落とした。その中には友もいたんだ!
「あー、でも、流石に両方の国にこっそり情報流すのは骨が折れたわね。本来ならおきない筈の小競り合いをおこす火種を作るのも苦労したわ。ま、でもちゃんと小競り合い起こせて良かったわ。あのタイミングでバーナードが一度離脱しないと起きないイベントあったし」
嘘だ!!
マリアが原因なんて、そんな!
マリアが情報を流さなければおこらなかったかもだって!?
それじゃぁ俺の友人は何のために死んだんだ! おきないはずの小競り合いで死んだなんて、無駄死にもいいところじゃないか!
マリア、マリア、マリア、嘘だと言ってくれ!
君はあの時彼の為に泣いてくれたじゃないか! 俺と一緒に!
それから、嘆く俺を慰めてくれたじゃないか!
その原因が君だなんて、そんなことがあって良いものか!
「あーそれにしても、なんだっけ? バーナードの婚約者? あいつが嗅ぎまわっててうざかったわー。もうちょっとで失敗するところだったじゃない!」
俺の、婚約者が……?
あの女が……? 顔を合わせば俺を真っ直ぐに睨み付けて、意見を言ってくるあの女が、あの戦いを回避しようとしていた、というのか……?
ではなぜあの女が犯人としてあがったんだ……?
「イラっとしたから、本当は麻薬の方だけで良かったんだけど、戦争関連の罪、全部擦り付けてやったわぁ。ギロチン前にキレたバーナードに殴られて、ザマァミロ。私の邪魔をするからよ」
あ、ああ……
そんな……
そんなそんなそんなそんなそんなそんな!!
俺は……俺は……嘘に騙されて、罪人を信じて、罪のない女を、殴って、処刑台に送った……。
俺が、アイツをちゃんと見ないで、マリアを愛したから、こんなことになったのか……。
○従者ダニエル&ダニー
僕たちは間違えた。
エスカリーテ様、エスカリーテ様、エスカリーテ様、僕たちは間違えてしまいました。
僕たちは双子。
この国で双子は忌子と言われる。
誰が言い出したのかは知らない。でも皆が信じている。
生家では虐待され、教育もされず、僕たちは言葉を喋ることさえできなかった。そんな僕たちを救ってくれたのはアーロン殿下。
殿下が僕たちに気づいたのは偶然だったのかもしれないけど、僕たちにとって殿下は命の恩人。それに、僕たちの狭い世界では神に等しい方だった。
僕たちを保護するために、従者にしてくれた。
衣食住を提供してくれた。
教育を受けさせてくれた。
それでも僕たちはなかなか声が出せず、単語でしか喋れなかったけど、でも、殿下は僕たちの単語だけで理解してくれた。
僕たちを見ても嫌悪感を見せない。普通に笑いかけてくれる。
殿下は、僕たちの世界そのものだった。
殿下の隣にはとても綺麗な女の子がいた。
エスカリーテ様。
殿下の婚約者。
殿下の事が苦手っぽそうだった。それなのに、殿下はエスカリーテ様を気にする。毎日話しかけ、手紙を送り、ドレスや宝石を贈る。
なんで?
なんでそんなことするの?
だって、その女、殿下のこと避けようとしているのに。嫌がってるのに。
ある日あの女は殿下からの贈り物を嫌がった。
殿下からの贈り物なのに!
あんなに一生懸命考えて贈られたものなのに!
どうせ普段からいろんな奴から沢山もらってるんだろう。だから殿下の好意を平気で断れるんだ!
なんて嫌な奴!
殿下はそれでも怒らない。なんて優しい人だろう。
殿下はいっぱい考えて、花束を贈った。あの女も最初は喜んだ。でもすぐに嫌がった。
我儘な女。
殿下はそれからまたいっぱい考えて、今度は一輪の花を贈った。
あの女は、真っ赤になって俯いた。でもぱっと顔を上げ、赤い顔のままへにゃりと笑った。照れたような、恥ずかしそうな、何とも言えない、可愛い顔だった。心臓が大きくはねた気がした。
やがて一輪の花は殿下の手作りの花のしおりになった。
あの女は、とてもとても喜んだ。
その時初めて気づいた。あの女は、高価な贈り物を嫌がったんだ。
変な女。でも、嫌いじゃない。
あの女は、殿下に笑いかけるようになった。そして殿下と過ごす時間を増やした。それは、必然的に僕たちと殿下の時間が減るという事。殿下はただでさえ忙しいのに。でも、殿下が嬉しそうだったから、僕たちは何も言わない。
殿下が幸せなら、僕たちも幸せ。
あの女は、殿下を待つ間、僕たちとも話すようになった。でも僕たちはうまく話せない。言葉が、出てこないんだ。それでもあの女は僕たちと話すことを望んだ。
変な女。
あの女は、僕たちの言葉をいつだってまってくれた。辛抱強く。ずっと笑顔で。
変な女。
あの女は、一度だって、僕たちの名前を呼び間違わなかった。殿下だって時折間違えたのに。
変な女……エスカリーテ、様……。
殿下と、エスカリーテ様。
大好きな二人。一緒にいる姿を見ると、時々心臓が苦しくなったけど、でも、それよりももっと、ずっと、幸せな気持ちになった。
ずっとずっと、こうして、幸せなままでいられると思ったのに。
僕たちは、間違えた。
「あーぁあ、綺麗な顔が二つあるのはいいんだけどさぁ、あの話し方、どうにかならないのかな? ゲームの選択肢以外の会話だと、何言ってんだか全っ然わかんないのよねー。さっさと喋れっての」
エスカリーテ様は、そんなこと言わなかった。
いつだって、笑って、少しずつで良いと言ってくれてた。
「だいたいさぁ、アーロンと話したいのに、アイツらすぐ邪魔するのよねー」
エスカリーテ様は、笑って許してくれた。
だって、僕たちの仕事だから。僕たちは、アーロン様の仕事がうまく回るように、時間に気を使わないといけない。
「それに、アイツら顔の違いがわからないのよ! 二個一だから適当に呼べばいいけど、別々に会うとか無理無理! 絶対呼べないわー」
エスカリーテ様は、一度も間違わなかった。
僕たちは別々の人間で、よく見れば顔もちょっと違う。間違うわけがない、と言ってくれた。
「それにしても、小さい頃助けられたからって、それからずっとアーロン一筋ってバカなの? どんだけ狭い世界で生きてんだっつーの。 ひな鳥の刷り込みってわけ? マジで人間じゃないんじゃない? あははは!」
エスカリーテ様は、認めてくれた。
辛い思いをして、そこから助けてくれた殿下を慕うのは、人として当然のことで、だからこそ貴方たちは信じられる。この綺麗に見せてるだけで、汚い現実の中、共に殿下を支え、守りましょう、と。殿下の守護者と認めてくれたんだ!
僕たちは、間違えた。
彼女を、マリアを、信じたから。
僕たちは、エスカリーテ様を一人の女性として見てしまった。でも、殿下の婚約者だから、大切な人だから、僕たちは、蓋をした。そしたらなんだが胸に穴が開いた。彼女は、マリアは、その隙間に入ってきたんだ。
僕たちを理解してくれる。
僕たちを見てくれる。
僕たちを怖がらない。気持ち悪がらない。
エスカリーテ様以外で、初めてそう思えた女性。
彼女こそ、自分たちの愛すべき人。
捕えて、閉じ込めて、僕たちだけのものにしてもいい人。
ごめんなさい、エスカリーテ様。
ごめんなさい、ごめんなさい。
僕たちは、マリアを愛した。
そして、貴女を裏切った。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
「あーそれにしても、エスカリーテってマジで嫌われてんのね。冤罪ふっかけたらみぃんな喜ぶんだもん! まぁ、聖人ぶってキモいから仕方ないかー」
違う、違う、違う違う違う!
喜んだんじゃない!
僕たちは、君を信じていたんだ! 君を、愛しているから……。そして、昔に蓋をした気持ちが、もう二度と出てこないで済むって、安堵したんだ……。
ごめん、ごめんなさい、エスカリーテ様。マリア。
僕たちが、僕たちの歪んだ気持ちが、貴女たちを壊したんだ……。
チャラ男は作者にも忘れられた。