11 閑話5 神様と愛し子
愛し子からの希望で、揺り籠の中に沢山のクッションを置く。そのクッションに背もたれ、ゆったりと半身を起して我を見る愛し子。
うむ、信じられないほど愛らしいな。
「あの、守護神様って、お名前はあるんですか?」
「ないな。いつも愛し子の好きに呼んで良いと言うが、皆、神様か守護神様、と呼ぶな」
「ふーん? じゃぁ私がつけてもいいんですか?」
なんと!? 我の名をつけてくれるのか!
我々神にとって、愛し子が名をつける、というのは、一種のステータスよ。愛し子と想いを通じ合せている証でもある。
今までの愛し子たちは、我を愛してはいたが、どちらかというと崇拝だったからな。名をつけるなど恐れ多い、とかしこまり、誰も名をつけてくれなんだ。敬われるのも悪くはないが、少し寂しくもあった。
我が名づけを許すのも、名を呼ぶことを許すのも、全ては愛し子にだけ。
「勿論だとも」
「じゃぁ……んー……ディオス。ディオス様。ってどうですか? 愛称はデュー様かなぁ……」
「ディオス? デュー?」
「ええと、名前はディオス。で、親しい人が呼ぶのがデュー……」
「では我の名はデューだ。我の名を呼ぶのは愛し子だけ。我が許すのは愛し子だけなのだから、デューでいいのだろう?」
「はぇ!? あ、わ、私、だけ?」
真っ赤になる愛し子。
……この、頬が赤らんだ顔も、実に可愛いな。
「そなただけだ。我は愛し子以外に我が名を呼ばれることを望まぬ。故に、そなたにも望んでほしくない。この名は、愛し子と、我だけのものでありたい。良いか?」
ますます真っ赤になって、揺り籠の中に潜っていく愛し子。
うむ、折角の可愛い顔が見えなくなった。少し残念だが、あのような態度も悪くない。いや、むしろ良いな。可愛い。
潜った先から、くぐもった声が、諾の返事を返す。
なんと愛らしい事か!
なんだ、この生き物は! 我の心をこのように踊らせて、どうするのだ!?
よし、わかったぞ! このように愛らしいそなたを傷つけた世界なんぞ、きっちりと真っ新にしてくるからな!
しかしこれで新たな誓約ができる。
『愛し子が名づけた我が名は、愛し子以外に呼ばれてはならない』
これは素晴らしいな。
ふふふ。たとえ愛し子にその気がなかったとしても、愛し子が諾の返事を返したのだ。最早覆せぬ。
ああ、今日はなんと気分の良い日なのだろうか。
「ところで、我は主のことを何と呼べば良い? 前世の名か? それとも、そなたに混じった者の名か?」
「はぇ!? え? わ、私、え!?」
がばっと顔を出し、目を丸くする愛し子。
ん? 何を驚いている?
我がそなたのことを知らぬわけがなかろう?
「お主は我が創った愛し子だが、前回転生する際に、愛し子自身が別の世界の魂から、記憶の一部を引きずって、取り込んでおる。正直、転生の時に気づいておったが、愛し子自らが行ったこと。そのまま放置した。希望があれば、分離もできるぞ」
「あ、待って、待ってください! 私、その混ざった方の意思が強いってか、まんまなので、私が消えちゃいそうで怖いから、嫌です!」
それは違う、と我は思うのだがな。
愛し子の魂は愛し子のまま。
愛し子が『自分』だと思っているのは、あくまでも『記憶』なのだ。だがまぁ、人とは不思議なもので、『記憶』があると、それが『自分』だと認識する。記憶の『過去の自分』と、新しく生まれ変わった『今の自分』は別物だ、と認識できない者が多いのだろうな。我は我以外の何者にもなれぬからわからぬ感覚だが……しかし、だからこそ、歴代の愛し子は転生の際、己の記憶を引き継ぎたがらない。『新しい自分』になるために。
何故愛し子がそんなことをしたかは、我にはわからぬが、想像するに、愛し子も偶には変化を求めたのだろう。初めから決まった性格。その中で送る人生、というものを楽しんでみたかったのかもしれない。いや、もしかしたら違うのかもな。あの転生先は愛し子の希望だしな。
それにしても、なかなか面白い記憶を引きずってきたが、結局愛し子の本質はなにも変わっておらなんだ。我の愛しい子でしかない。
まぁ、愛し子が嫌だというのなら、我は何もせぬ。
「安心せよ。我は愛し子が望まぬことはせぬ」
「うわ、何それ、この人スパダリか何かかなぁ……? 何このイケメン、なんですけど……いや、イケ……メン……? イケ……? んん?」
何やらぼそぼそと呟いて、首も傾げているな。
「どうした?」
「あっいえっナンデモナイデス!」
ふるふると首を左右に振る。
よくわからぬが、愛し子が良いなら良いだろう。
ぽすぽすと頭を撫でる。
「あの、ここなら守護……デュー様って普通に触れるんですか?」
「うん?」
「あ、えっと、ほら! 小さい頃デュー様に触ろうとしたら、すり抜けたじゃないですか。それ以外で触れた場所って牢の中で、デュー様からだけだったんで……」
「ああ、なるほど。ここなら触れることができるぞ。下にいるときは、我が力で造り出した分身体故、基本的に触れることはできない。あのときも、触れてはいない。主がそのように感じただけだ」
「? 本体は下に行かないんですか?」
「行かんな。降臨したら木端共に我の姿が見えてしまう。この姿を何故木端共に見せねばならぬのだ。そもそも、我には姿などない。これは愛し子が、姿のない者とは会話がしづらい、と言ったから、『愛し子が思い描く我の姿』が反映されている状態なのだ」
「ええええ……?」
なんだ? 何やら不服そうだな?
何故だ?
この姿を望んだのは愛し子だろう?
何が悪いのか、全くわからぬのだが……どうすれば良い? 折角愛し子が傍にいるのに、がっかりされるのは嫌だぞ。
「ちょっ……なんでもっとちゃんと好みのイケメン想像しなかった……!」
何やら打ちひしがれておるな。
どうやら我の見た目に不服があるようだ。
さてどうしたものか。
「今から変えるか?」
「い、いえ、えーっと、大丈夫。大丈夫です。うん、はい。今から急に変わっても慣れないと思いますし」
「そうか? 別に我はかまわぬぞ? 今までだって、人ではなく、獣の姿を思い浮かべた者もいたし、我の領域が内陸地のせいか、海への強い憧れから、巨大な魚を想像した者もおった」
「それは……ちょっと見てみたいかも」
ふにゃり、とふやけたように笑う顔。
うむ。
可愛らしいことだ。
希望とあらば今度、歴代の姿でも見せてみようか。それで愛し子が喜ぶのなら、いくらでも見せよう。
少しずつ、少しずつ、ここで癒されていくが良い。