01 神の愛し子
目には目を、歯には歯を。なら、理不尽には理不尽を、で良いと思わない?
処刑を前に、私は一人、笑みを浮かべていた。
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私の名はエスカリーテ。日本人だった記憶を持つ、いわゆる転生者ってやつ。で、私が生きるこの世界は、日本人だった頃大好きだったシナリオライターさんの作品の一つ、『奪って攫って恋戦 ~待ってるだけがヒロインじゃない~』なんて不穏なタイトルの乙女ゲームの世界。
いやぁ、びっくりしたわ。
異世界転生とか、普通に自分の身に起きるとか思わないよね?
思ってる奴がいたら、そいつは中二だと思うよ、うん。
まぁ悪かないけど、現実的じゃないってことだけは理解してほしい。なんて遠い目で語ってみる。
いや、だってね? そうなるよね?
現実逃避したくなるよね!?
あたしゃ必死ですよ!
だって、私が転生したのはライバル役だもん。普通にプレイしたら確実に婚約破棄されて、ルートによっちゃ死亡確定の!
といっても、実はそこまで悲嘆していない。だって、この作品、恵美さんの作品だもん。
末永恵美。
数多くの乙女ゲームを世に送り出し、そのことごとくが世界中で支持されている、凄腕シナリオライターさん。
彼女の作品には、実は一貫して一つのルールがある。乙女ゲームでありながら、攻略対象と結ばれたヒロインに幸せな未来がない、という裏設定。
なんだそりゃ! だよねぇ。乙女ゲームなのにさぁ。ま、知らない人には、普通に幸せな乙女ゲームだから結構騙されている人いると思う。私は裏設定まできっちり把握するほどのファンなので、この作品の裏設定も知っている。
ライバル役のエスカリーテ。彼女はメインヒーローである王太子の婚約者。そして、神の愛し子。攻略対象の誰か一人でも婚約破棄をすると、なぜか『取り巻きを管理できなかったから』という謎の理由で婚約破棄される。
意味わからんわ。
確かに、攻略対象達の婚約者である令嬢達はエスカリーテの友人だが、関係なくない?
そもそも、婚約者が居ながら浮気しといて、注意しただけの婚約者と婚約破棄する攻略対象者の方が悪くない? ヒロインがする言動、各婚約者達がやってる事なのに、婚約者の事は嫌ってて、ヒロインは崇拝の勢いでデレる男ってどうよ?
ま、結局のところ、本当はエスカリーテの実家である公爵家の力を削ぎたいって本音があったんじゃない? その辺は説明も設定もなかったから知らんけど。
でもざーんねん!
エスカリーテは神の愛し子。エスカリーテと婚約破棄をすると、王国の守り神が激怒し、王国への守護を消してしまう。殺してしまうと王国が滅ぶ。
エスカリーテの親は、実の娘であるエスカリーテの事を駒だとしか思っていないので、破棄されたら修道院へ送る。断罪成功ならあっさり絶縁する。これによって平民になって後ろ盾のなくなったエスカリーテは、さくっと殺されるわけだ。
控えめに言ってもクズな親だな!?
まぁ、彼らの末路は残念です。
修道院なら領地が大飢饉に瀕し、平民以下の生活しかできなくなる。でもそんなこと納得できず、増税に増税を重ね、領民による反乱勃発。最後は見下していた平民に磔にされて殺される。絶縁なら、その後に起きる大災害で干からびて死ぬ。
ちなみに、難しいと表現するのも烏滸がましいほど難しい、エスカリーテが王太子と無事結ばれるルートだと、両親は王太子に悪事の証拠を握られ、脅され、力を削がれる。で、王太子はエスカリーテを手放す気がないので、そのまま結婚して、溺愛される。エスカリーテだけが幸せなルートである。
はっはっは、そんな好きな相手なのに、ヒロインに落とされると殺すとか、アホか、王太子。
攻略対象の中では一番人気があるけど、私の中では他の攻略対象者同様、ただのクズ男扱いです(笑)
そんなわけで、五歳の頃から婚約者として交流をしているけど、あまり好感は持てない。
とはいえ、この世界で私は貴族の娘。洗脳教育により、政略結婚の意味は理解しているし、何か言うことはない。私を大事にしてくれている間は、私も友愛くらいなら返す。……なんて言ってたけど、いや、無理。ごめん。先がわかってても、二人きりの時、あれだけデレられたら落ちずにはいられなかったよ……!
くっそぅっ! 無駄に顔良し声良し男めっ!
だってアイツ、ヒロインに落ちるまではマジで完璧な貴公子で、完璧な恋人なんだよ!?
王子妃教育のために毎日毎日お城に通っては、裸足で逃げたくなる辛い授業をこなす私に、自分だって王子教育で忙しいのに必ず会いに来る。たとえ一言でもいいから会話をしていく。
いやもう、その時点で感心するよね。あと、そんなんされたらこっちも手なんか抜けなくなるよ。最初はこいつに負けるとか嫌だって理由だったけど、最終的にはこの人のために頑張ろうって思えたよ。
それと、すごいプレゼント魔。
毎日毎日何かしらプレゼントされた。あんまり物を寄越すんで、元庶民としては気持ち悪くて、要らないって言ったら、今度は花束が贈られるようになった。
いやぁ、花とか転生前含めて初めてもらったんで、最初はドキドキしたけど、これも毎日だと、ねぇ? いい加減屋敷が花で埋まりそうで、やっぱり要らない、と言ってしまった。そしたら今度は一輪の花が贈られるようになった。
キザ!!
本物の王子様だから許されるんじゃないかな!?
一輪の花はやがて花のしおりにかわった。
しおりは手作りで、しかも必ず一言が添えてあった。それは愛の言葉や、励ましの言葉。
クッキザいっ!! キッザいけど……惚れてまうやろ!?
辛いときに栞を眺めて元気出してたわ!!
私めっちゃ乙女やってたわ!!
あ、勿論、私もせっせとお礼状を書いてたし、ちまちま刺繍したハンカチとか贈ってましたよ?
そして落とされた私は王子様との関係を前向きに考えるようになった。
いやさ、ほら、ヒロインとかいないかもしれないじゃん?
ヒロイン居ても誰ともフラグたたないかもしれないじゃん?
そう思って頑張ってきたさ。
王子様が恥をかかなくていいよう、教師の方が根を上げるほど努力したわ!
国民が聖女と持ち上げるほどあれこれと尽くしたさ!
すごいね私!
すごいね恋する乙女!
自分でびっくりだよ!
で、その結果が裏切りですよー。
はー、ありえなくなーい?
ありえなくなーい?
大事なことだから二度言ったわー。三度目も言ってやるわー。
ありえなくなーい?
私と王子様が出会ったのが五歳の時。
ヒロインと王子様が出会ったのが十五歳の時。でもヒロインが実際に王子様に接近するのは十七歳になってから。
あのゲームはプレイ期間が三年ある。
王国での公式的なデビュタントは十五歳。物語はヒロインのデビュタントから始まる。で、三年間のお茶会夜会等々で少しずつ交友を広げ、攻略対象キャラ達と出会っていく。
デビュタントの際、国王陛下に挨拶ができる。その時王太子と出会うけど、そこで王太子にアピールをしてはいけない。そんなことしたら速攻で上位貴族に叩き潰されてバッドエンドだ。無難にカーテシーして立ち去るだけ。
王太子とヒロインが初めて会話できるのは、チョロ男以外の取り巻きの愛情度を、全員友達以上恋人未満で婚約破棄していない状態にして、十七歳を迎えた後の夜会。ここから一年以内に王太子との信頼度をマックスにしないといけない。
これがめちゃくちゃ難しい。
何が難しいかって、一番はチョロ男だ。
チョロ男は目が合っただけでヒロインに恋する残念男。二度会ったら婚約破棄する。
こいつ頭大丈夫?
貴族として今まで何学んできたの?
まぁ、いろんな意味でお笑いキャラ。
で、攻略対象者の婚約破棄が起きるとどうなるかと言うと、私ことエスカリーテが即座に『監督不行き』で婚約破棄されてしまう。こうなるとライバルキャラがいなくなるせいか、王太子は隣国の姫と結婚。ストーリーに登場しなくなる。
チョロ男は上位下位関係なく、夜会と聞けば参加してるんかお前! という確率で参加しているので、夜会は鬼門。なのに王太子に会いたければ夜会に参加しないといけない、というジレンマ。
そのうえあの王太子、友好度は微量ずつしか上がらないくせに、下がるときは一瞬ときた。
選択肢とかないリアルな人生の最中だと、転生ヒロインでも人生賭けるくらいやりこんでないと難しいと思う。
王太子一人だけでこの難易度。逆ハーがどれだけかなんて、もう語る必要なんてないよね?
で、運がない事にヒロイン、確実に人生賭けてやりこんだ転生ヒロインだった。おそらく全キャラのセリフを諳んじれるんじゃない?
まぁ驚くほどスムーズに、完璧に、なぁーんの迷いもなく逆ハーレム達成したわ。そんであっさり私を嵌めた。
容赦のかけらもない!
てか王太子も王太子です!
十年以上も付き合いに差があって、それなりにお互いに理解もしあってるはずなのに、あっさり裏切るとかどう思います、奥さん!
こっちがいくら無実だと声を上げようとしても、全て無視。
証拠だって用意してあったのに、一切無視!
てか、喋らせてもくれませんでした! 理不尽にもほどがある!
クソが!
もう幻滅も幻滅!
百年の恋も冷めるってもんですよ!
あーっ腹立つ!!
あと、色々勉強して、新しい政策とか試行して、ちょっとでも暮らしを良くしようと頑張ってきた国民の皆さん、あっさり手のひら返しすぎ!
私聖女様じゃなかったんですかー?
本当に信じられないんですけど!
私の十八年間ってなんだったのかな?
ゲームの中に転生したけど、結構本気で生きてきたんだよ?
恋だって、本気だったんだよ?
あんまりだと思う。
涙も出ないわ。
「良いのか、我が愛し子よ?」
「何がでしょうか、守護神様?」
牢の中で膝を抱えていたら、この国の神様が声をかけてきた。
いや、てか、アンタも人の事『愛し子』とか呼ぶのなら、こうなる前に私のこと助けてくれてもいいんじゃない??
何でいつも隣でリアルに見守ってますよ、してて今さら声かけてくるのかなぁ? マジで意味わかんないんだけど。
「我に請えば、我が力を以て、ここからそなたを救うこともできよう」
何ですか、この人。
言われなきゃやんないんですか?
アホなの?
ああ、アホなの。
自主性ってやつが存在しないんですか。
くっそ役に立ちませんね!
「もう、諦めました」
腹が立つのに、するんと口から出てきたのは諦め。
あー、そっかそっか。私は諦めてるんだ。
生まれた時から駒扱い。いかに高値がつくか、ただそれだけに重点を置いた教育。ささくれ立った心のよりどころは、ぽっと出のクソ女に取られ、守ってきた民には石を投げられ、なーんにもなくなったわけだ、私。
そりゃぁ、諦めるよね。
諦めたくもなるよね。
エスカリーテの人生ってなんだったのかなぁ?
結構頑張ったんだよ?
ざまぁされたら逆ざまぁしようと思って、色々証拠集めたり。でも、披露もできずに撃沈。
あーぁあ。私が今までやってきていたのって全部ぜーんぶ、無駄だったんだなぁ。
神様の手が頭に乗る。
私にしか見えない神様。普段は触ることもできないのに、自分からだと私に触れることができるんですね。知りませんでした。
「我が愛し子よ」
「もう、いいんです。疲れました」
口からは勝手に言葉が零れる。
これはゲームの強制力ってやつかな?
それとも私の本心?
もう、それもわからない。
疲れた。
疲れたよ。
もう、何も考えたくない。
「愛し子。主が良くても我は良くない。我の加護を忘れ、我の愛し子を傷つけるだけの世界なら、全て壊して棄ててしまおうぞ」
ははは、それもいーね。
全部ぶち壊そうか?
私を要らないというのなら、私も全部要らない。
そっちが棄てたんだから、私が棄ててもいいよね。
「主は器を棄て、我が下にて安寧に暮らせ」
「主の、御心のままに」
口角が上がる。
久しぶりに笑っている気がする。
そうか。それで亡ぶんだね、この国。
いいじゃない。
私の今までをぶち壊したヒロインさん。これが私から貴女へ贈る、最期の悪足掻き。
貴女は、これを乗り越えられる?
もしも乗り越えたのなら、認めてあげる。そうじゃないなら、くっそ笑ってやる!!!
指差して、ざまぁってね!
◆◇◆◇◆◇◆◇
終わりを告げる残酷な鐘が鳴る。
地下牢に繋がれた少女の下までその音は聞こえてきた。
少女はゆっくりと立ち上がる。裾を払い、ほつれた髪を手櫛で丁寧に整える。
最後の舞台へと案内する兵士がやってくる。
少女は一度目を閉じ、口元に笑み浮かべ、覚悟を決めた。
私はエスカリーテ。
これから上がるは私の最後の晴れ舞台。
滑稽な舞台に無理矢理上がらされ、理不尽に降ろされる。その瞬間まで、輝いて見せよう。
さぁ、私を無理矢理舞台に乗せた貴女。私と最後のダンスを踊ろう。醜く、滑稽なダンスを――。