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更新遅くなりました。
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「クリスティン皇女殿下ですね?
フランツ皇国憲兵隊です。」
その大柄の男は手帳を見せながら言った。
俺は姉を押しのけた。
「C55-12機関士、そして代表のエトムントです。えっと・・・」
「フランツ皇国軍参謀本部付、広域憲兵第2大隊所属のダナン大尉だ。はじめまして。エトムント機関士。」
俺よりも年上であろう憲兵大尉は、俺にも紳士的に対応してくれた。
俺はちらりと信号機を見る。まだ赤だ。
時計を見る。発車まであと2分。
「発車間際に申し訳ありません。ふと、敵国の皇族“らしき”人物を見かけたものですから。」
「そうですか。それは間違いでしょう。こちらにいるのはうちの車掌と見習機関士です。」
「なるほど。そういう手できますか。確かに、照会していては発車に間に合いそうにないな。」
こいつ・・・すべてお見通しってわけだ。
「まぁ、私はその件の担当でもないし、別件で行動中だ。
また後で会おう。」
そう言ってダナン大尉はC55-12から離れた。
駅員が笛を吹き、信号が青に変わる。
C55-12はゆっくり貨物駅を後にした。
「バレたかと思いました・・・」
姉がほっとする。
「私、隠れててよかった~。」
炭水車の石炭山から妹が運転台に戻ってくる。
だが、あまりにもあっさり引いたダナン大尉が不思議でならなかった。
C55-12は速度を上げて走っていく。
「くそ・・・そういうことか。」
俺は路線図を見直して、気づいた。
公営鉄道は国家から半独立状態である。世界各国に敷かれた線路が、その一国にとらわれない影響力を物語っている。あらかじめ公営鉄道から身分を保証された鉄道職の人間は、国境を超えるたびに身分証の確認を求められることはない。だがこれは何かに規定されているわけでもなく、ただの通例だ。
これは個人事業者である俺も同じで、いままで国境というものをあまり気にしなかった。
そして、今、気づいた。
あの憲兵大尉があっさり下がった理由。
「国境・・・か。」
あの姉妹に発行した鉄道職員の身分証は、オヴィヒラ駅のオランド駅長に鉄道電話をかけて脅して作ったものだ。
だが、ほぼ偽造に近いもので身元照会をかけられれば一発でバレる。
そして、どの国も馬鹿じゃなければ国境には最低でも数十人くらいの兵士を置いているだろう。
あの憲兵大尉が国境に連絡して、次の駅で兵士が大量に待っていたら・・・
「くそ!くそ!クソッ!!」
俺は地団駄をふんだ。
「あの・・・どうかしたのですか?」
姉が恐る恐る聞いてきたので俺は路線図を渡す。
「国境・・・」
「ああ。」
姉妹も状況を理解したらしい。
「ここを通らない方法は・・・」
「あると思うか?馬車じゃないんだ。おいそれとルートを変えられるか!」
営業中でなければ問題ないが、貨物列車をけん引中の営業中は最短ルートでのダイヤが定められる。大幅に遅れなければ多少、ルートを変更しようが公営鉄道は文句を言わないが、遅れた分は自力で取り戻さねばならない。
そしてそもそも、国境越えの線路がたくさんあるわけがない。
そうこうしている間にも小さい旅客駅を通過し、どんどん国境は近づいてくる。
「申し訳ありません。私たちがご迷惑を・・・」
「もう少し早くいって欲しかったな!石炭山から転がり込んできたときは幽霊かと思ったぞ!」
「その・・・すいません。」
妹も「すいましぇん・・・」としょげている。
「どこかで止めてください。そこで降りますので。」
姉は手元の荷物をまとめ始めた。
「なぁ、姫様よ。あんたの覚悟はその程度か?」
俺は加減弁を握りしめて言った。
「ですが・・・」
「とりあえず俺のことはいい。覚悟を聞いているんだ。」
姉は少し下を向いた。
その間にも列車は走る。
踏切の音が後ろに流れ、C55のドラフト音が運転台に響く。
「私は、レッチュベルグまで行かなければなりません。そこで、助力を求め、戦争を止めなければなりません!」
姉は力強く言った。
妹は、姉の震える手を握っている。
「オスト皇国皇帝が娘、クリスティン・ミラ・オストが命じ・・・いえ、願います。
国境を越えて、レッチュベルグまで連れて行ってください!」
「わ、私も!おねがいします!」
姉妹・・・いや、クリスティン皇女とミーシャ皇女は俺に頭を下げた。
「ま、まぁ、乗り掛かった舟というか、無理やり乗せられた船じゃあるけど、そこまで度胸があるのは嫌いじゃない。」
正直面くらった。
あの終始静かだったクリスティンとミーシャがここまで力強く言うとは思わなかったのだ。
「んじゃ、いっちょ走り抜けますかあ!!」
俺は景気づけに汽笛を鳴らし、加減弁を引いた。
ボォ!とC55は機嫌よさそうに汽笛を鳴らしたのであった。
・・・眠い・・・。